異邦人 カミュ

「きょう、ママンが死んだ。もしかすると、昨日かもしれないが、私には分からない。」

 主人公・ムルソーのこのめちゃめちゃ有名な台詞で始まる「異邦人」。母の死に対して涙ひとつ流さず、葬儀の翌日には海水浴に行きそこで再開した元同僚・マリイと関係を結ぶ。そして隣人である女衒の男の肩を持つためだけに人を殺害し、その動機については「太陽のせい」と答える。そんな彼は世間の人々、そして司祭から心無い最低な人間だと判断され、斬首刑を言い渡される。

しかし読みながら、私はムルソーの人としての魅力とその知的な語り口に引きつけられてしまった。読んだ人なら分かると思うが、彼は世間の人々から思われているような非情な人間には思えない。

自分にとって大切な人の死を受け止めきれずに事務的に処理しようとしてしまうことが、そんなに「非情な」態度なんだろうか。彼は無意識のうちに、母の死を無かったことにしたがっていた。世間はそれを許さなかった。

 彼は何の偏見も持たず、誰よりも純粋な目を通して世界を見ていたように思う。また人並みには社交性もあり、細かな気配りもでき、隣人達の相談に親身に乗ってやるような人でもあった。そして理知的だった。

ムルソーと恋人のマリイとのやり取りの中に、私が一番印象に残った箇所がある。彼が社会の慣習や規定に縛られていない、純粋な心を持っていることがうかがえると思う

あなたは私を愛しているか、と聞いて来た。前にもいっぺん言った通り、それには何の意味もないが、恐らくは君を愛していないだろう、と答えた。「じゃあ、なぜあたしと結婚するの?」というから、そんなことは何の重要性もないのだが、君の方が望むのなら、一緒になっても構わないのだ、と説明した。(略)
あなたは変わっている、きっと自分はそのためにあなたを愛しているのだろうが、いつかはまた、その同じ理由からあなたが嫌いになるかも知れない、と彼女は言った。

これを読んだら彼が冷たい人間だと感じるかも知れない。世の中にあふれる社会的な慣習、定式的な会話とはかけ離れていて、たしかに「変わっている」答えだから、冷たく感じてしまうかもしれない。でも、冷たいのではなく素直で正直な答えなのではないか。彼らのような男女関係の中で、永遠の愛…とかそういうのが往々にして幻影だということくらい本当はみんな分かっているはずだから。適当に優しい言葉を並べ立てられるより何倍もマシなのかもしれないと思う。

また、あとがきにムルソーの「愛」に対する考え方について面白いことが書かれていた。

ムルソーは、サルトルが巧みに指摘するように、たとえば「愛」と呼ばれるような一般的感情とは無縁の存在である。人は、つねに相手のことを考えているわけではなくとも、きれぎれの感情に抽象的統一を与えて、それを愛と呼ぶ。ムルソーは、このような意味づけをいっさい認めない。彼にとって重要なのは、現在のものであり、具体的なものだけだ。現在の欲望だけが彼を揺り動かす。

 ところで、Mersault(ムルソー)と言う名前はmer(海)とsol(太陽)から成っているとも言われているように、じりじり焼けつくような太陽、また美しい海の開放感を感じさせる描写が多いのもこの本の特徴だと思う。(海は女の象徴として書かれることが多いが、この本の中でも海と女/セックスはいつもセットである。)

空には既に陽の光が満ちていた。それは大地にのしかかって来て、暑さは急激に増した。・・・太陽が空にのぼるその速さには驚かされた。
空から降って来るきらめくような光の雨にうたれて、ここにじっとしていても、やはり堪えられぬほどの暑さだった。
私は待った。陽の光で、頬が焼けるようだった。眉毛に汗の滴がたまるのを感じた。それはママンを埋葬した日と同じ太陽であった。

ムルソーは内向的で家にこもりがちな人間として描かれていたので、太陽や海といった自然の移り行きに敏感だと言うことが読んでいて少し意外だった。

しかし、著者のカミュはアルジェリアの貧しい家庭で生まれ育ったそうだ。アフリカでは太陽と海とはみんな平等に与えられた。彼にとって、自然は少年時代から生活の一部だったのだろう。

 また、この本が発表された1942年、アルジェリアはまだフランス領で、戦争の只中であった。そんな中でムルソーは多くの人の死を目の当たりにし、どんな人にも平等に死が訪れるということを、日々の暮らしの中で静かに受け止めていたのではないか。

処刑前夜の監獄の中で、ムルソーは司祭に対して初めて激しい怒りをあらわにする。その中に、彼の死に対する考え方、人間に対する思いの全てが詰まっていると思う。

カミュは初めて読んだけどすんごく惹きつけられた、読んでるうちにムルソー君が好きになっちゃったから彼に寄り添った感想になっちゃったかもしれない。今話題の『ペスト』とか『転落』とか、あとは引き合いに出されることが多いサルトルの本も読んでみたいと思った。そしたらもう少し深みのある感想が言えるかも〜

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