Spandau Balletの曲の中で一番ヒットした「True」よりも評価が高いバラードがある。「Through The Barricades」バンドのギタリスト ゲイリー・ケンプの作品で、1986年、UKチャートで6位を記録している。当時多くの問題を抱えていた北アイルランドを舞台にしたロミオとジュリエット風のラブストーリー。背景には"北アイルランド紛争"があったようだが・・・
この曲に大きな影響を与えたのは、北アイルランドのベルファストで起きた23歳の青年トーマス・ライリーの事件だった。
トーマスはバンドのツアークルーで、コンサート会場でグッズを売っていた。トーマスは、“トゥルー・ツアー”の後、故郷のベルファストに戻り、イギリス軍のパトロール隊をからかっていたグループと一緒にいたとき、トラブルに巻き込まれたのだった。
1983年8月9日、暑い晴れた日の夕方だった。トーマスはウエスト・ベルファストの通りを上半身裸で自宅に向っていた。トーマスは数人の友人とともにイギリス軍のパトロール隊に呼び止められ、職務質問を受けた。名前と詳細を告げるとトーマスは立ち去った、片手にはテイクアウト、もう片方の手にはTシャツ・・・数秒後、トーマスは若い二等兵に背中から撃たれて死んだ。この二等兵は後に、北アイルランドでの従軍中に殺人罪で有罪判決を受けた最初のイギリス兵となった。
ローマ・カトリック教徒であったトーマスがイギリス兵に撃たれたことで、緊張が高まり、さらなる暴動が起こり、その他の地域にもテロが拡大していった。
1983年12月、ロンドンの高級デパート「ハロッズ」で爆発があり、客や警官ら6人が死亡、英捜査当局はIRA(アイルランド共和軍)暫定派の爆破テロと断定。
1984年10月、IRA暫定派が英・ブライトンでサッチャー首相を狙い、保守党の年次総会会場であるグランドホテルを爆破。閣僚ら5人が死亡、31人負傷・・・
ゲイリーがその舞台を曲の背景として使うきっかけとなった出来事は、1985年のことだった。前年スタートした“パレード・ツアー”の途中のベルファスト、トーマスの兄、ジム・ライリーがトーマスの墓参りにフォールズ・ロードまで連れて行ってくれたのだ。ミルタウン墓地へ向かう途中でゲイリーが見たものは、街をカトリック側とプロテスタント側にバリケードで分断している光景だった。そのとき彼は大きなショックを受けたという。
その後ゲイリーはアイルランドに移り住み、ある日の深夜、歌詞が頭の中に浮かんできて、ギターでこの曲を作ったという。
歌詞は、カトリックとプロテスタントの少年と少女が、それぞれの家族や生い立ちに背いて、爆弾の処理場や分断されたコミュニティ間の無人地帯で会う。その舞台“wasteland:不毛の地”とは何か、途中から入る兵士のパレードを彷彿とさせるマーチング・ドラムでわかるだろう。
別れてしまうのか、心中してしまうのか、まさにシェイクスピア戯曲のように、歌詞は悲劇の結末を迎えるのだが、北アイルランド紛争の方は、強硬派であったサッチャー首相退任後、1998年に包括和平合意が成立している。60年代後半に始まった衝突、テロなどの犠牲者は3200人を超えていた。
米ローリングストーン誌で「史上最高のプロテストソング TOP100」が発表されたので、この曲が頭に浮かんだのだが、ゲイリーのコメントを見ると少し色合いが違ったようだ。
北アイルランド紛争
1937年にアイルランドが独立、英国に残った北アイルランドの領有を巡るイギリスとアイルランドの領土問題、地域紛争の総称である。英国からの分離とアイルランドへの併合を求める少数派のカトリック系住民と、英国の統治を望む多数派のプロテスタント系住民が対立した。1960年代後半に始まり、解釈によっては1997年から2007年の間に終了したと考えられている。
北アイルランド問題を取り上げている曲は、Simple Mindsの「Belfast Child」、U2の「Sunday Bloody Sunday」、The Policeの「Invisible Sun」などがある。