ありがとうの行方
日曜日の午後、洗濯物を取り込んでいたら、家の前の歩道でじいさんが地面に座っていた。
隣には自転車が倒れている。
じいさんは立ち上がろうとしていたが、うまく立ち上がれない。
家を出てじいさんに声をかけた。
自転車で転んで、肩が痛いと言っている。
自力で動けないと判断し、じいさんに家はどこかと聞いた。
じいさんは番地のみを答えた。
番地のみ言われても知らんがなと思いつつ、家に誰かいるのか聞いたら、いないと言うので救急車を読んだ。
消防の方は電話でじいさんの情報を色々聞いてきた。
僕はそれを伝言ゲームのようにじいさんに聞き、またそれを伝える。
直接聞けよ…という言葉を飲み込み、緊急事態につき、じいさんの個人情報をやり取りした。
じいさんの名前を間違って伝えて、違うよ!とじいさんに言われた。
救急車を待つまでの間、じいさんはめっちゃ話しかけてきた。
じいさんは僕の事を知っていた。
あんた○○さん(僕の母)の息子だろう?
オレはお母さんとカラオケ教室でいっしょなんだよ。あんた○○(僕の勤務先)行ってるんだろ?などなど。
お前、その前にありがとうは?と心でつぶやいていると、救急車のサイレンが聞こえてきた。
救急車が去ると、現場にはじいさんの自転車が残されていた。
近所に住む母にじいさんの家を聞き、自転車を持って行った。
帰り道にもう一度思った。
まずありがとうだろ。
数時間後、じいさんの奥さんが礼を言いに来た。
じいさんは奥さんが留守だったため、自転車でラーメンを食べに行き、帰りにコケたそうだ。
鎖骨を骨折していたそうで、そのまま入院したとのこと。
じいさんは確か89歳と言っていた。
もうそろそろ自転車もやめ…と言ってる最中に食い気味で禁止しています!と言われた。
お礼に柿の種をくれた。
それから数週間が経ち、じいさんが亡くなったことを母が告げに来た。
じいさんはもうすぐ退院という時に意識を失い、そのまま亡くなったそうだ。
人の命はあっけない。
メメント・モリ
おわり。