好きな音楽 ジョン・ダウランド
こういう機会こそジャンル開拓のチャンス。今回はクラシック裏口入学、つまりちょっとマイナーな愛すべきイロモノたちから聞き始めよう!というコンセプトで、おすすめ曲まとめることにしました。
選考基準
・ふだん聴かない人ほど興味持てそう
(いわゆるザ・クラシック的な響きでない)
・知ってるとちょっと通ぶれる
(すこしマイナー)
僕もそうだったので誤解をおそれずいえば、ベートーヴェンとかモーツァルトのようなレジェンドの曲ってじつは上級者向けで、馴染みない人がいきなり聴いてもああ、クラシックだねえぐらいの感想しか出てこないんですよね。
この外出自粛の機会に、あえてイロモノから興味を持ってもらって、徐々に王道にアクセスしていってほしいと思っています。
第一弾は、”音楽の父”以前の作曲家の一人、ジョン・ダウランドです!
”音楽の父”以前?
え、”音楽の父”っていうぐらいだからバッハが最初の作曲家なんじゃないの?
いえいえ、とんでもない。バッハはバロック時代の作曲家。他の芸術分野と同じく、当然音楽にもバロックの前にルネサンスがあったわけです。(さらにいえば、遡れば音楽の誕生はもっと、もーーーっと前です。)
バッハの曲は数学的ではあるとはいえ、音楽の歴史の中では装飾的で技巧的な部類に入ります。
ルネサンスはもっとシンプルで、素朴な音楽世界です。
ジョン・ダウランドのリュート曲
特にジョン・ダウランドはシンプル・イズ・ベスト、レス・イズ・モアという言葉がぴったりの素晴らしい歌もの、リュートものをたくさん書いたイギリスの作曲家です。
リュートという楽器は、ギターの前身といわれるビワ型の古楽器です。乾いた美しい音色を持っています。ギターみたいに音が”泣かない”んです。僕は、枕元で誰かが落ち着いた声で読み聞かせしてくれるような感覚になります。(なのでダウランドには申し訳ないですが作業用BGMにもおすすめです。)
愛、悲しみ、ダンス、他になにか必要?
彼の曲のほとんどはあとになって「通俗曲」と呼ばれるジャンルに属します。
通俗曲とは宗教曲以外のことで、今でいえばポップスみたいなものです。
このどちらでもない、自律的な芸術作品としての音楽が盛んになって来るのはもっとあとのことです。(例えば「交響曲」や「ソナタ」といったものは当然宗教曲ではないですが、通俗曲とも呼ばれません。)
ダウランドの曲には、説教じみたメッセージ性はありません。ただそこにはポロポロこぼれる感情の機微や、人体の動き(舞踏)と密接に関わるリズムがあるだけです。なのにそれらが500年の時を越えてもなお、ふしぎと僕らの心や体に共鳴するのです。
科学の分野では解剖学が始まり、文学の分野では人文研究(Studia Humanitatis)が起こり、人類が初めて自分たちの体に、気持ちに、学問的好奇心を抱いた時代、ルネサンス。ダウランドの楽曲も、自分の感情や身体性を見つめ直す音楽だからこそ、現代を生きる僕たちにもフィットするのではないでしょうか。
余談1 流れよわが涙と警官は言った
ブレードランナー原作(アンドロイドは電気羊の夢を見るか)で有名な小説家フィリップ.K.ディックの「流れよわが涙と警官は言った(Flow My Tears, the Policeman Said)」というサイバーパンクSFサスペンス小説があります。この題も、ダウランドの曲「Flow My Tears」という声楽曲の題に由来しています。歌詞も暗く、非常に物悲しい曲です。
未来社会における人間という存在の意味について問い直す小説だからこそ、はじめて人間が人間自信の内面を芸術に消化しようと試みた時代の、この音楽が選ばれたのだと邪推しております。
SFの世界ではSNSやパラレルワールド(≒VR)、デザイナーベイビーといった現代的問題について改めて考え直す契機を与えてくれる小説でもあるので、まだの方は読んで見てください。
乾いたリュートの伴奏と、みんなが想像するようなオペラボイスとは似ても似つかない、さらっとしたルネサンス流の歌声が、不思議とディックの世界にバッチリハマることに、気づいていただけると思います。
余談2 Stingがつなげたルネサンスとポップス
イングランドのポップス大御所スティングによるアルバム、Songs from the Labyrinthも、ダウランドの響きがいかに現代においても共鳴するかを証明してくれています。彼の落葉を愛でるような乾いた声で聞くと、500年前の音楽もスティング節に聞こえるので不思議です。
まとめ 小文字の音楽史
レジェンドが様々な苦悩や発明とともに重厚な「大文字の音楽史」を積み上げる傍ら、人間のそばでささやかになり続けていた通俗曲やポップスなどのが紡ぐ「小文字の音楽史」も、同じぐらいパワフルなものだと思います。
更に面白いのは、そのふたつの音楽史がところどころふれあっているところです。
バッハはイタリアのダンスソングに多大な影響を受け、宗教曲にさえ応用しましたし、バルトークやコダーイは東欧の民俗音楽を採集分析し、西洋の正道の楽典を相対化するという途轍もない仕事をやってのけました。
ですからバカにできないのです。小文字の音楽史。
そんなクラシックへのおすすめの「裏口」の一つとして、ダウランドを紹介させていただきました。
今後はより派手な問題作や、巨匠の知られざる傑作などにも触れていきたいと思います。ご期待ください!