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【突撃!隣のCTO】 起業で失敗したからこそ気付けた「持続的にビジョンを持って進めていく」ことの重要性 株式会社Hakali 取締役CTO・池内 孝啓さん Vol.1

様々なCTOにキャリアや原体験、これからの野望などをインタビューする、techcareer magazine(テックキャリアマガジン)とのコラボレーション企画「突撃!隣のCTO」。

今回は株式会社Hakaliの取締役CTO池内孝啓さんにお話を伺いました。アプリの事業責任者 兼 開発責任者としても活躍されている池内さんは、著書も数多く出版し、起業経験もある方です。多くの苦悩を乗り越え挑戦し続ける、その原動力とは。お話を伺いました。

※お話内容や経歴等は全て取材時のものです。


■プロフィール:池内 孝啓さん

ITベンチャー数社を経て株式会社ALBERTへ入社。2014年同社技術担当執行役員(CTO)に就任。機械学習を用いた推薦システムの開発やビッグデータ活用プラットフォーム事業の立ち上げなどに従事。2015年に同社にてIPO(東証マザーズ)を経験。2015年に独立・起業。株式会社catabira代表取締役CEO。スタートアップやエンジニア向けのクラウドサービスを展開。2019年6月より株式会社Hakali 取締役CTO。Go や React などによるWebアプリケーション開発のほか、Flutterによるネイティブアプリ開発、データ分析基盤の構築、Webデザインなど幅広い領域を手がける。

■池内さんがCTOとして活躍するまでの、スキルと経験の掛け算「キャリアジャーニー」

ーまずはエンジニアを志した原体験を教えてください

高校生の頃、文章を書くことが好きで、自分の文章を世の中に発信したいと思い、インターネットに関心を持ちました。当時は今と違って細かな職種の選択肢は少なく、自分で技術を覚えて仕組みを作るところから始めました。そうしたら仕組みづくりの方が「楽しい!」となりまして。それが原体験になり、技術を学ぶようになりました。その頃は「これで飯を食べて行く」とまでは思っていませんでしたが、結局、職業としてエンジニアの道を選ぶことになりました。

ーキャリアの出発点を教えてください

社会人としての最初のキャリアはインフラエンジニアです。バリバリのプログラマーではなく、Perlとサーバー管理のスクリプトを担当していました。次の転換点はデータ分析の株式会社ALBERTに入社したこと。当時、上場を目指すベンチャーだったので、従業員としてはもちろん、経営側としての視点も学べ「エンジニアリングに加えて、もっと面白いことがしたい」と考えるようになりました。

また人員が入れ替わるタイミングで、採用やチーム作りを主導する機会があり、採用やマネジメントについても学ぶこととなりました。データサイエンティストやデータ分析は、現在では花形のポジションですが、当時(2011年頃)は「統計学をビジネスにしているマニアックな人たち」という先入観を持たれていたので、採用には苦労しました。そうした経験がCTOになるきっかけになったと思います。

ーALBERTを卒業し、その後に起業されたんですよね?

ALBERTではIPOを果たすことができたのですが、嬉しい反面、「これが僕の人生での成功体験なのか?」と自問自答するようになったんです。CTO以外のポジションにも興味がありましたし、組織やカルチャーを「ゼロから自分で作ってみたい」とも思いました。経営陣からも「自分で挑戦した方が良い」と薦めてもらい、起業することにしました。

ー起業された会社について教えてください

プロダクト視点で「何か面白いことをしよう」と思ったときに、アニメが好きだったので「アニメ業界特有のブロード環境や、お金が回らない問題を解決したらいいんじゃないか」と、アニメのクラウドファンディングサービスを始めました。しかし元々アニメ業界は複雑な構造で、素人が「やるぞ!」と拳を上げても太刀打ちできるものではなく「気持ちだけじゃ通用しない」ということを学びました。

そこで自分の得意分野に引き寄せようと、BtoBのカスタマーサポート領域でSaaSを立ち上げました。前職で培ったビジネス部分での強みを活かし、スタイリッシュで小綺麗なツールを作れば「戦えるだろう」と思ったんです。しかし現実はそうではなく、モノが良くても思い入れがあっても、マーケティングをしないと売れません。今思うと当たり前なのですが、当時はなかなか売り上げが上がらなくて辛かったですね。

また、チーム編成にも課題がありました。今では「売り手」と「作り手」を組織の中で役割分担することが大切だと思うのですが、当時は一体化させてしまう部分があって。そうすると「リーンが良い、アジャイルが良い」と思いつつも、「自分が作ったものは良いものである、良いものであってほしい」という願望や思い入れのせいで、正確な検証や顧客視点が疎か(おろそか)になってしまうんです。「自分が作ったものが売れないのは自分がダメなのか?」と思ってしまわないためにも、きちんと「個人が客観性を持てる」組織作りをすることが重要だと思います。

その後、ブロックチェーンビジネスの運用企業向けにモニタリングツールを作りました。しかし当時はブロックチェーン自体、ビジネスとして成り立つプレイヤーが少なく、ニーズがないという状況で、タイミングが早すぎました。早いことは悪いことではありませんが「気が熟するまで待つ忍耐力」や「会社の資本力」が課題となり、組織体を維持してメンバー達をその事業ドメインに固定することは「もったいない」と思うようになり、解散を決意しました。

ーそこからHakaliに入られたんですね。きっかけは何ですか?

代表の小川とはALBERT時代から縁があり、会社を閉じるタイミングで誘われました。現在、力を入れているのがAwarefy(「毎日の気づきを増やす」をコンセプトとした、心のセルフケアを気軽に行えるアプリ)というサービスなのですが、当時はまだ構想段階。。小川の「科学的に再現性を持って悟りを開く」「人間の精神や認知の領域でイノベーションを起こしたい」という想いに共感し、一緒に実現したいと入社を決めました。

■池内さんが考える、イノベーティブなプロダクト開発を実現するためのアクションについて

ー技術責任者として今取り組んでること、これから取り組みたいことを教えてください

Awarefyで実現したいのはメンタルヘルス領域のヘルスケアを「もっと気軽に」することです。背景は全世界の課題である精神疾患の拡大と、日本におけるカウンセリング文化の希薄さ。文化がない理由は1つ目に、「鬱=ダメな人間」という昔ながらの先入観があり「恥ずかしい」「失敗が許されない」と思われる側面があることです。2つ目は医療の構造として保険が適用されにくいこと。精神科に行ってお薬が出れば保険の点数になりますが、カウンセリングだけでは保険の適用外となります。そこを課題として捉え、限界まで我慢してしまう手前で、スマホを使って「自分の心を整える」習慣をつけてもらおうというのがAwarefyの取り組みです。

セルフケアの手法のひとつに「セルフコンパッション(自分を労わる、共感する)」というアプローチがあります。僕も起業中にそれを知っていたら、もっとポジティブに向き合えたと思います。この実体験が今の事業に携わるモチベーションの源泉ですね。アプリには心理療法の「アクセプタンス&コミットメント・セラピー 」という認知行動療法のエッセンスを取り入れています。「自分を傷付ける思い込みと現実をどう切り離すか」というエクササイズです。「あなたが思っていたことは現実じゃないですよ、あなたの想像です、ただの思い込みですよ」と心を解きほぐしていく心理的なアプローチですね。

ー経営陣の一員として今取り組んでること、これから取り組みたいことを教えてください

弊社はスタートアップですが、現段階ではエクイティファイナンスのような前のめりな資金調達ではなく、コンサルティング事業でのマネタイズや銀行から融資など、自己投資ができる体制を整えています。その理由は、メンタル領域はマネタイズが難しいからです。プロダクト以外でのマネタイズの芽を育てながら、プロダクトをしっかり温めて開発する…これが経営的なテーマとなります。

先のコロナによって、これからは「事業を持続的に展開していく」ことが世界的なテーマとなると思います。これまではユニコーンの功罪で「赤字をいくら垂れ流してもビジョンが正しいので良い」とされる側面がありましたが、今後はこういった考え方は否定される流れになると思います。こうした状況と、僕自身が起業して学んだ実体験を踏まえて「持続的にビジョンを持って進めていく」ことを第一に取り組んでいきます。

■池内さんが考える理想的な世界観について

ー池内さんが考える、これからあるべき技術者(エンジニア)像とは?

ひとくちにソフトウェアエンジニアといっても、「技術的課題を技術で解決する」タイプのエンジニアと、「現実の課題を技術で解決する」タイプのエンジニアがいると思っており、両方を兼ね備えている方は少ない印象です。そのため、エンジニア界ではスターだけれど、ビジネス界では「よくわからないことをしている人」と分断されてしまうケースを多く目にします。IT業界の中で、どちらかに偏るのではなく、両方の視点を持ったエンジニアが生まれてくることが健全だと思います。

ー池内さんの「信念」「価値観」「大切にしていること」とは?

「幸福度の総量を増やす」ということです。僕の価値基準はベンサムの功利主義にある「最大多数の最大幸福」です。具体的な例で言うと、採用の時に優秀なエンジニアを割安な年収で雇えると、その企業の幸せ度は少し上がります。しかしその人がより高い年収で自分の価値を更に発揮できる他の企業があるならば、採用せず他の企業で活躍した方が人類全体の幸福度が上がるんじゃないかと考える。これが僕の行動の規範ですね。

もう一つ大切にしていることは「死ぬ間際に後悔しないよう、考え続けること」です。これは起業中に自分が苦労したこともあるのですが、自分が死ぬ時に「資金調達できなくて恥ずかしかった」とは考えないと思います。失敗や成功の大きさは大したことではないからです。それよりも死ぬ間際に「やって良かった」と思えるであろうことに時間を割いていきたいです。

ー死ぬ間際に何を持って達成したと感じるのでしょうか

僕は「記録」を残したいですね。つまり本や文章、あるいはプロダクトという製品なのかもしれません。書き綴ったものがプログラミングコードなのか文章なのかはわかりません。自分の中で納得できたものができたら「悔いがない」ですね。記録を残すということは自分のテーマでもあります。その辺を大事にしています。

ー実際にいくつも著書を出されていますよね。その中でも池内さんがお気に入りなのはどれですか?

自分のお気に入りはSQLの本(参照1)です。残念ながらあまり売れていませんし、そんなに良い評価を受けているわけでもありません。しかし、僕の中で「執筆者満足度」が一番高い本です。この本をそのまま寝かせていくのかマーケティングを頑張るのか悶々としています(笑)。良かったら手に取ってみてください。

参照1:「これからはじめる SQL入門

ーこれからの目標や野望を教えてください

今は経営視点で「事業を継続していく」ということを目標にしています。メンタルヘルスやヘルスケアは、みなさん口を揃えて「良い」と言ってくれます。「やるかやらないかなら、やった方が良い」とも言われます。しかしながらマネタイズを考えると途端に難しくなります。マネタイズを考えず清く貧しくやっていくことは美しいかもしれませんが、やはり持続性を考え黒字化することに事業としての挑戦があります。そこを両立させるのが目下のミッションです。

ー最後にお知らせしたいことがあったら、教えてください。

今年の5月からプロダクト「Awarefy」を本格的にリリースし、組織を拡大するフェーズに入りました。「心の領域」や「認知」に興味がある方がいたら是非一緒にやりましょう。

■取材を終えて

インフラエンジニアのチーミングがきっかけでマネジメントに関心を持つこととなり、IPOを経験、そしてご自身で起業されるといった、ジェットコースターのような池内さんのキャリアジャーニーはいかがだったでしょうか?「何か面白いことをしたい」「イノベーションを起こしたい」と思い続けることこそが、エンジニアとしての幸福度の総量が増える最短距離なのかもしれませんね。

また、お話しいただいた起業から撤退までの道のりは、池内さんの「note」でも詳しく知ることができます。(参照2)。一緒に読むことで、池内さんの挑戦し続ける力強い姿勢を、感情移入しながら追想できますのでぜひご覧ください。

参照2:https://note.com/iktakahiro/n/n6ca00c5136b2

(取材・執筆:techcareer magazine