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SDGs goal.6 『安全な水とトイレを世界中に』水、トイレ、衛生・・・遠いですか?

CTN×SDGs友の会 もっちー(田中)と申します。

10月上旬、SDGs未来都市である石巻を訪れました。
コロナの緊急事態宣言が解除になって一週間、
川沿いの海鮮レストランにも、
まん丸い宇宙船のような漫画館にも、
ここ1年は見なかった賑わいがありました。

素朴に嬉しかったですし、
同時に、新しい時間がやって来たことを感じました。

オンラインコミュニケーションの体験を経たわたしたちがリアルとオンラインのハイブリッドで生きる
「アフターコロナ」時代が
いよいよ始まるんだなあ。

Goal6は「安全な水とトイレを世界中に」です。

改めてこのGoalを読み、これは果てしない。。。。と、絶句してしまいました。

1日何時間もかけて(4時間とか、8時間とか)アフリカの小さな子供や特に女性が、水を汲みにいく毎日を過ごしている。

そんな動画も複数のサイトでみつけました。

なんとかした方がいい。
ですが、
2030年までにホントにこれがなくなるのだろうか?

物理的な工数。
文化上の現実。
各国の為政者がどうとらえているのか。

前途多難、道筋自体が遠い、そんな思考がいっぱい湧いてきます。

17の目標の中でも、この「安全な水とトイレ」は、特に遠い・・・・と感じました。

それから、これとは別種の「違和感」も浮かんできます。

「20億人が基本的なトイレすらなく、6億人は野外排泄を行っている状況」というけれど、

これを否定してしまったら、今実際にそうである人たちはどうなるの・・・です。

「アフリカのサハラ以南では人口の75%(7億6700万人)が基本的な手洗いの設備を持たない」という分析も、
本当に「あってはならないもの」と断じてよいものなのでしょうか。

手洗い設備がなく生きてきて、生きている現実もある。

それだけ、生命としての強さもある。
そこを否定しているような気持になります。


この違和感は、「どっちかが正しい」とわたしが言い切ろうとすることから起こるのかもしれません。

どっちかが正しいとするとき、現実の中で比較がなされ「遠さ」を観ることにつながり、2030の姿に無理を感じる。

今を否定しているのが、ブレーキになっていないか。
そうだとしたら、「どちらもある」からスタートしたら、身近になるのかも。

今の水の現実も承認して、一緒に考えていくのはどうかしら。

日本に住み、現場に遠いわたしであっても、

「どうしていきたいのか」についての会話をしたいな、があります。

日本にいると珍しくはない、きれいな水やきれいなトイレを普通に使える生活、衛生的なあり方。

それを世界中の人がそれを使えても、いいかもしれない。2030年に。

それはそうですよね、にも立てます。

すると、なにより、水を毎日汲んで生活している方々と、そのことについて話してみたい、
が湧いてきます。

話し方にも工夫は要るのだとしても、
現地のその人たちとの会話が生まれたら、現地のコミュニティでその会話が生まれたら、
その人たちも、わたしたちも、どこに向かっていきたいのかがくっきりして、
現実が動く、
そうなったら、これはほんとに楽しいし、嬉しいのでは。

「2030年までに、集水、海水から真水を作る技術や、水の効率的な利用、
排水の処理、リサイクル・再利用技術など、水やトイレに関する活動への国際協力を増やし、
開発途上国がそれらに対応できる力を高める。」

「水やトイレをよりよく管理できるように、コミュニティの参加をすすめ、強化する。」

これらはGoal6の達成手段(6-a、6-b)ですが、このあたりは、まさに、

会話がつくること!

という気がしています。
技術開発もさることながら、資金援助も必要だけれども、
ここはあらゆるフェーズでコミュニケーションの出番のような気がしてなりません。

11/28 CTNとSDGsの両方を探究する特別体験講座を開きます。

https://ctnsdgs20211128.peatix.com/

ご一緒にSDGsとコミュニケーションの未来を探ってみませんか。

CTN×SDGs友の会

もっちー
田中 基寛

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