「ハードボイルド小説」にまつわるあれこれ
・はじめに
みなさんは、「ハードボイルド」と言われたときに、何をイメージするでしょうか。
例えば、「渋いおじさんがバーで煙草をくゆらせながらバーボンを飲んでいる」というシーンを思い浮かべる方もいらっしゃるでしょうし、「やせがまん」や「男の美学」などといった言葉を思い浮かべる方もいらっしゃるかもしれません。また、『カウボーイ・ビバップ』や『スペースコブラ』などの作品を思い浮かべる方もおられるでしょう。
しかし、ハードボイルド小説とはどんなものなのでしょうか?
実際のところ、私にもよくわかっていませんが、上記のようなものだけではない、とは思っています。
大したことが書けるわけでもありませんが、ちょっとだけ思っていることを書こうと思います。
・「ハードボイルド」って?
「ハードボイルド」とは、もともと心情描写を排し、客観描写に基づいて書かれた文体の総称です。例えばヘミングウェイの文体を思い出していただければいいかと思います。
ダシール・ハメットは、その文体を用いて探偵小説を書きました。ただ、ハメットの書き方は、容易に他の作家が真似できるものではありませんでした。
レイモンド・チャンドラーはその書き方に影響を受け、フィリップ・マーロウという私立探偵を生み出しました。「ハードボイルド小説の私立探偵」と言われて人がイメージするような探偵の元祖でしょう。
また、ロス・マクドナルドは両者の影響から、リュウ・アーチャーという私立探偵をこれまた生み出しました。「アーチャー」という名前は、ダシール・ハメット『マルタの鷹』の主人公・サム・スペードの相棒から取られています。
この三者の作風はどれも違っていて、ハメットの作品はばりばりのハードボイルド文体で難しいところがあり、チャンドラーの作品には独特のウェットさとリリシズムがあり、ロスマクの作品は「家庭の悲劇」を描かれ、アーチャーは紙のようにどこにでも入っていける存在です。
以降のハードボイルド小説は、この三者の少なくともひとりの影響下にある、と言ってもいいかもしれません。
ハードボイルド小説も書き継がれるうちに変化や進化を遂げていますので、今では「いち個人の観点から、犯罪を通して社会(共同体)のいち側面を切り取り、そのなかで社会(共同体)秩序と、職業倫理や個人の倫理の相剋がみられる作品」の総称なのではないか、と思っています。
・「ネオ・ハードボイルド」以降
ミステリ評論家・翻訳者の小鷹信光は、ある時期以降のハードボイルド小説のことを「ネオ・ハードボイルド」と呼びました。大体60年代以降の(ロスマク以外の)作品です。嚆矢はマイクル・コリンズのダン・フォーチューン・シリーズあたりでしょうか。
「ネオ・ハードボイルド」の特徴として、探偵のキャラクター性の重視がより進んだこと、マチズモの弱化が見られること、探偵自身が事件と深い関係を持つようになること、などがあげられます。現代ミステリのキャラクター性を重視する側面は、もともとここからきているのではないか、という評論家もいます。もちろん、この時期にも前述の三者を範に取った作品は書かれています。
「ネオ・ハードボイルド」は、探偵のキャラクター性が奇特になりすぎてしまったり、「探偵小説の私小説化」が進んだりして、人気が減っていきました。アンドリュー・ヴァクスやジョナサン・ケラーマンなどの作家は、「ポスト・ネオ・ハードボイルド」と呼ばれることもありましたが、「ネオ・ハードボイルド」という呼び名ほど定着していないように思われます。
現代では、S・J・ローザンやハーラン・コーベン、ジョージ・P・ペレケーノスと言った作家が活躍しています。
現代のハードボイルド小説は、最広義に取れば犯罪小説、最狭義に取れば一人称私立探偵小説、と言う方もいます。
・「ハードボイルド小説」の楽しみ
色々書いてきましたが、結局楽しみどころは? と言えば、もともとの部分である文体を楽しんだり、その性質上、都市小説として機能することが多いのでそこを楽しんだり、探偵自身の個性やそれに付随する物語を楽しんだり、ワイズクラックを楽しんだり、と様々でしょう。もちろん、物語自体が純粋に楽しめる・読み味が深いものであることは最重要です。
なぜ「ハードボイルド」という概念は浸透と拡散しているのに、「ハードボイルド小説」は流行らなくなってしまったのか、は考えていかないといけないな、と思っています。
ひとつには、「形式の不徹底」があったのでは、という評論家もいます。また、「いち個人の観点」だけでは、社会のいち側面すらとらえにくくなった、ということもあるかもしれません。
自分の中でもまとまっていないので、なかなか書いていくのが難しいですが、何かの参考になりましたら幸いです。
※いわゆる「通俗ハードボイルド」については触れていません。すみません。
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