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【短編小説】ここは天国ですか?

「ここは… 天国ですか…? 地獄ですか…?」

死者は皆、ここに来るとそう口を開く。

わたしは死者が集まる、言うなれば、死の手続きを行う番人である。人間社会の様に名などない。毎日多くの死者が集まるこの世界には、わたしの様な門番が何人もいる。もちろん、わたし1人で対応できるものでもない。わたしは毎日訪れる死者を死へと導く者の1人なのである。

毎日毎日やってくる死者に説明する事は1つ。

「ここに来たという事は、人間界では命を落としたという事実。人間は生まれた瞬間から生きられる最大寿命が定められているという事実。その寿命を最大限に過ごした者、残念だが途中でその寿命を終わらせる事になった者の2種類がいるという事実」

もちろん、淡々と説明して、さっさと片付けなければ次から次へとやってくる死者を処理する事はできないし、そもそも人間界の都合など、わたしには興味がない。感情が追いつかず取り乱す者、暴言や暴力に走る者、納得する者、様々な人間がいるが、すでに死んでいるため何ものにも触れられず、ただ時間を使うだけ。そのため、次の処理に支障が出てしまうので、さらに伝える。

「寿命によって死んだ者は、この奥の扉へ案内するのみ。しかし、そうではなく途中で命を落とした者には本来、生きられるであろう寿命を人間界に戻って過ごす事ができるという事実」

多くの人間の死は不本意なものだ。寿命を全うしてここへ来る者は意外と少ない。少ない、と言っても寿命のほとんどを全うしてやってくる者もいる、という事だ。100歳まで生きれる者が98歳で死ぬ者もいるし、あと50秒生きれたはず、という者もいる。そうやって死んだ者を導くのがこの機関の役割なのである。

「ここへ来たからにはこれからおまえに伝える事は2つ。1つはこのまま門へと歩みを進めるか。もう1つは人間界へ戻るか。その2つの選択肢を考える時間を168時間、約7日間与える。その間に考えるがよい。168時間を経過した時点で門へ進む、という決定をしたと判断する。では、考えるがよい。決まればまたわたしへ話しかけるがいい」

先ほども説明したが、寿命を全うした者についてはこの説明はなく、門へ案内する。この話をしている最中に必ずと言っていいほど、冒頭の質問が飛んでくる。重複するが、ここは天国でも地獄でもない。ただの通過点だ。


『門へと進む』

これを選択したものは実に簡単である。その意向を聞いた上でわたしの部下達である【案内人】により門へと導かれ、その奥へと誘導する。それで終わりだ。わたしにとっても、人間にとっても。

『人間界へ戻る』

これを選んだ者には多少の説明をする必要がある。

「人間界へ戻るにあたって伝えなければいけない事があるため、覚えておくがいい。まず、誰か1人に対してのみ対象を絞り戻れるものとする。その対象者はおまえの姿が見え、会話もできる。あくまで、人間界で言う幽霊、というものだ。他人からは見えないしもちろん、会話もできない。何度も言う様だが、対象となった1人のみだ。人間界に戻れる時間は、残された寿命の分だけ戻れる。本来、あと5年生きられるはずであったならば、5年間人間界へ戻れる。また、これは特別な方法だが、10年以上の寿命があった場合、その寿命を消費して時間限定で肉体のある人間に戻れる。1時間の肉体具現化に10年の寿命を消費する。すなわち、60年の寿命が残っていた場合、6時間の具現化が可能だ。」

人間界という現実から、この導きの世界へ誘われ、非現実を受け止められない上に、早々とこの様な説明を受けているのだから、人間にとっては理解しがたい話だろう。この説明を受けた後でも168時間の中であれば悩み直す事も可能だ。168時間以内であれば、の話になるが。


さて、ここまで説明してきたが、わたしがこの世界にきてからどれほどの時間を過ごして来たかは言うまでもないが、全く人間という生き物は面白い。その中でも何例かを紹介していきたいと思う。

『死んだ人間が対象に見える様になってしまったが故に、対象者も後追い自殺してここへ来るケース』

『対象者に、余っていた寿命を使い果たすまでまとわりつき、対象者の人生にまで影響を及ぼしてしまったケース』

『特例を使って肉体の具現化はしたが、第3者に見つかり、記憶を消されるケース』


そう、最後のケースは先ほども説明した補足になるが、『肉体の具現化をした者は、具現化した後は幽霊状態に戻れない事、そして対象者以外の者に見られた場合、即座にこの世界へ戻される事、さらに戻された瞬間、人々の記憶からはもちろん、対象者の記憶からも「人間界に戻った」という事実が消え去る』という事だ。よくある話だが、具現化して写真に写ってしまい、心霊写真という形で人間界に残るケースもあるようだが。なお、この補足は死者には説明しない。なぜなら、説明する義務がないからだ。我々は親切サービス提供者ではない。

これによって戻って来た者はもちろん、扉へ行く以外、残された道はない。

ずいぶん話しすぎたが、これがこの世界の一連の流れだ。だが、死者にこの一連の流れ全てを話した事があるケースもある。なぜだろうな。そこがわたしの悪いところだ。

「審判18号さま」

1人の案内人がわたしに話しかける。この案内人はわたしの直属の案内人として活躍してもらっている。元人間だった者だ。特別に扉の先へ行かず、この世界に留まってもらった。この元人間は、わたしを『審判18号』と呼ぶ。

「あなたは死者を人間界に戻した後、楽しんでいる様に見えます。まるで、わたしを人間界に戻した時の様に…。なぜなのですか?」

不思議な質問をしてくる奴だ。別に死者が人間界に戻った後、監視しているわけでもないし、そんな暇もない。

「とくに深い意味はない。…だが、強いて言えば、生きている時こそ、生きているからこそ【天国】や【地獄】を感じる事ができる。ここへ来れば【無】以外ない。ここが天国か地獄かの問いの答えは、どちらでもない。何も感じる事のできない【無】こそ、地獄だとは思わないかね」

お互い、うっすら笑みを浮かべながら、案内人はそっと口を開く。

「あなたが、1番、人間らしいのかもしれませんね」

わたしはまた1人、扉への案内の手続きを説明する。


※この物語はフィクションです。登場する人物名・地域・団体名は関係ありません。






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