【別の人の彼女になったよ】/wacci を妄想してみた
わたしの名前は夏美(なつみ)。
社会人になって6年目の27歳。仕事も順調で彼もいるし、周りから見れば何の不満もなさそうに見えるかもしれない。
でも、わたしは今、携帯を眺めながら泣いている。
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去年の年明け、その当時付き合ってた彼氏と別れた。
わたしから別れを切り出したわけだけど、ケンカ別れでもなければキライになったわけでもない。
マンネリというか、毎日が何も変わらなくて「楽しい」とか「好き」とかそういう感情を抱かなくなってただけ。
野外フェスに行って2人で大はしゃぎもしたし、映画を見ていても彼の方が大泣きしてる、なんてこともすごく楽しかった。
彼の名前は陽介(ようすけ)。
同い年でバイト先の飲食店で出会って付き合ってきたから6年間も同じ時間を過ごしてきた。
「陽介はさー、将来、何になりたいのー?」なんて唐突な質問にも
「んー、やっぱり自分の店を持ってシェフになることかなー。夢はバンドマンだけどな(笑)」
「そんなうまくないじゃん、バンド(笑)」と言って返しても
「うるっさいな(笑)」
なんて、居心地は良かった。
夜遅くにコンビニに行こうって言われても
「えっ?すっぴんだから嫌だよ…」と言っても
「別にコンビニの店員のために化粧するわけでもないじゃん、行こ行こ」
とキスをしてきて、嫌々ながらも笑いながら買い物に出かけてまたキスをしたこともあったっけ。
それからしばらくして陽介もわたしも社会人1年目を迎えた。彼はイタリア料理店で修行することになって、わたしは出版社へ就職した。
よくある話だけれど、最初の1年目はすごく大変でお互いに「疲れたー」なんて言葉しか出てこなかった。
毎日が本当に忙しかったのだけれど、2年目には彼の方が少し余裕が出てきたのか、よく愚痴や話を聞いてくれた。その度にキスしてくれてたっけ。
わたしはというと、職業柄なのかわたしにセンスがないのか、締め切りと上司からのプレッシャー、会議やイベントなんかで毎日、毎年が忙しかった。
ある日、いつものように陽介に愚痴を言った。
何の愚痴を言ったか覚えてないけれど、少しエスカレートしてしまって陽介に強く言いすぎてしまったかもしれない。
「わたしは陽介の仕事みたいに、毎日毎日同じものを作ったり、たまに違うもの作ったりとか、そういう仕事じゃないの!」と、怒鳴りつけたのを覚えてる。
陽介も同じだった。
「おれだって毎日同じものを作ってるわけじゃない!それに毎日同じものを作り続けるように、毎日同じ味を作れるように追求してるんだ!」
って言ってた事も覚えてる。
それまでは愚痴を言ったり文句を言ったりしても、陽介は怒り返してくる事なんてなかったからビックリしたけど、こんなに怒鳴られたのは初めてだったし、これをきっかけにわたしはたまに陽介に怒鳴ったりしてた。陽介はというと、その時以来、わたしに怒鳴ってきた覚えはない。もちろん、怒り返してきた事はあるけど。
そして迎えた去年の年明け。
年末年始はほとんど休みもかぶってたから2人でいる時間がたくさんあった。
久しぶりにゆっくり過ごした気がするし、映画も借りてきてお酒を飲んだり昼までダラダラ寝てたり、こんなにだらしなく過ごしたのは何年ぶりだっただろう。
休みもあと2日間というところでわたしは陽介に問いかけた。
「どうなの?お仕事は」
「副料理長になるかもしれない」
陽介は笑顔でわたしの顔を見た。
「副料理長?すごいじゃん!」
初めてそんなこと聞いた。わたしは自分の愚痴や自分の事しか陽介に言ってこなかったから、少し胸の奥がズキっとした。
「なつは?少しは仕事に慣れてきた?」
「うん… でもまだまだかなぁ…」
そう言って返したけれど、陽介の顔を見たら涙が出てきた。陽介は笑顔だ。わたしは陽介に愚痴を言ったり怒鳴ってきたのに、本当は仕事に慣れてきたわけじゃなくてまだまだ余裕なんてなかったのに、もう今の職場で働き始めて5年も経つのに陽介とは違う。
「え?ど、どうした?何で泣いて…」
陽介がそれを言い終わるのを待たずにわたしはもう口に出していた。
「陽介… 別れよう… わたし、もう無理だ…」
涙がボロボロ出てきたわたしに陽介はビックリしたような顔をして言った。
「え…?どうした? どうして…?」
「わたしは… 陽介みたいに強くないし、仕事にも慣れてない… 陽介に辛く当たったり毎日毎日が辛い…!」
わたしは陽介がキライなわけじゃない。わたしから話題を振っておいてこんな話になったのに、わたしは今の自分が、陽介に八つ当たりしてるわたしがキライなんだ。
そのあとは、何を話したか覚えてないけれど、陽介が言った言葉は覚えてる。
「ごめんな… ごめん…」
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陽介、わたし、別の人の彼女になったよ。
今の新しい彼氏は少し年上だけど、職場も職種も違うのに彼にアドバイスを受けてから、仕事がすごく順調になったの。
本当に優しくて、どんなことにも詳しくて、すごく尊敬してるの。
陽介みたいに不意をついたキスなんてしないし、夜中に突然コンビニに行くなんて事もない。
「好きだよ、夏美ちゃん」
って『好き』という言葉もくれる。
ちゃんと現実をきちんと見つめていて、夢や希望なんか語らないし、愚痴を言うと少し叱られてしまうから、すっぴんでいる事もないし、仕事以上に一生懸命オシャレして、なるべくちゃんとしてるの。
携帯を眺めながら、あの時みたいに涙が止まらないの。
何気ないあの頃が本当に幸せだったのかもって、失ってから気付くってよく言うもんね…。
自分勝手だと思うよね…。わたし、陽介が好き…。
だから、もう、会いたいや、ごめんね…。
だから、もう、会いたいな、ズルイね…。
あなたも早くなってね、違う人の彼氏に。
わたしが電話をしちゃう前に。
※この物語はフィクションであり、人物名・団体名は実物ではありません。
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