【閲覧注意】トイレの花子さんと行くダンジョン配信珍道中 #27 花子さんは乙女頃
さて、残された俺達だが、このまま帰るにはあまりに利益が少ない。道中手に入れたのはキラービーの巣が一欠けらのみ。これでは完全に赤字である。来る時は駆け足で配信の撮れ高も少ないし、帰り道ではそれなりの配信にしたい。
そこで俺は、一緒にいる女性とカメラマンに、こう提案する。
「帰り道の安全は保障するので、少しだけ俺達の小遣い稼ぎに付き合ってくれませんか?」
2人は顔を見合わせてから、コクリと首を縦に振った。男性に協力していたカメラマンはともかく、女性の方は最初からあまり気乗りしていない様子だったし、恐らく今回はその整った容姿を客寄せに使われたのだろう。自身のチャンネルのことも気がかりだろうし、同じ配信初心者としては、可能な範囲で手を貸してやりたいところだ。
そういう訳で、今度は来た道を歩いて折り返す。帰りは前衛を花子さんに任せているので、俺はカメラ係。芳恵さんが遊撃といった配置だ。女性とカメラマンは俺の傍にいてもらい、何かあった時は俺が怪異化で対応することになっている。
「あの、本当に何もしなくていいんでしょうか……」
女性が申し訳なさそうに言ってきた。それ自体は予測済み。なので、俺は用意しておいた返答をそのまま述べる。
「いいんですよ。むしろ、ちゃんと見ておいて、後でその見たことを出来るだけ沢山の人に伝えてください。花子さん達に怪異とっては、それが一番の報酬なので」
そう。元より花子さんという怪異を布教するために始めたのが、このダンジョン配信なのだ。視聴者だけでなく、配信者からも話が広まれば、その分噂は深く、広く伝わり、怪異の存在を強くこの世界に刻み付けるだろう。そうなれば、花子さん達は消えずに済むし、怪異好きの俺は、また新しい怪異を探求することが出来る。みんなが得をする、一番ハッピーな未来だ。
「誰かのためにがんばれるなんて、孝志さんはすごいですね」
「あれ? 俺、自己紹介しましたっけ?」
話の流れ上、行動を共にすることにはなったが、そういえば自己紹介はしていなかったはず。どうして彼女は俺の名前を知っているのか。
「花子さんが名前呼んでましたから」
「ああ~、それで……」
確かに簡易トイレの受け渡しをする際に名前を呼ばれた。女性はその時のことを覚えていたらしい。
「何、いちゃついてるのよ」
突然、前を歩いていたはずの花子さんが、俺と女性の間に割って入った。
「別にいちゃついてないよ」
「そう? その割には鼻の下が伸びてるように見えたけど?」
何が気に入らないのか。花子さんは少しご機嫌斜めの様子。男性に呪いをかけた後はそこそこすっきりした顔をしていたので、その時は機嫌は悪くなかったはずだが。
「伸びてない伸びてない。普通に話してただけだよ」
俺が否定しても、花子さんは納得してくれない。むしろよりヒートアップして、俺に詰め寄ってきた。
「あ~あ、これだから男って嫌ね。美人を見つければすぐに尻尾振っちゃってさ」
どうしてそんなに意固地になって食いついてくるのか、俺には今一理解が出来ない。下手な返答は返って花子さんを怒らせるだけだと判断した俺は、助けを求めて芳恵さんの方に視線を送る。すると、芳恵さんは小さくため息をついて、こう言った。
「……これくらい自分で何とかしな」
どうやら助け舟は出してくれないらしい。そうなると、後は花子さんの気持ちをトレースしてみるしかないか。相手の気持ちになって考えてみる、と言うやつだ。
花子さんが怒り出したのは、俺が女性と喋り始めてから。それほど長く女性と喋っていた訳ではないので、花子さんは最初から聞き耳を立てていたと見るべきか。とは言え、会話の内容は色気のあるような内容ではなかったし、むしろ花子さん達にとって有益な内容だったはず。そこに花子さんが怒るような理由は見受けられない。
となると、《《問題は会話をした》》と言うこと自体か。何が問題なのかはわからないが、それが原因なら、一応この状況に説明がつく。俺と女性が話をすること自体が問題。と言うことはつまり――。
「もしかして、嫉妬?」
「――っ!?」
花子さんが急に俺から距離を取った。それはもうものすごい勢いで、だ。
「何であたしが嫉妬しないといけないのよ! ばっかじゃないの!」
この過剰反応振り。もしかして図星だったのか。確かに帰り道では花子さんよりも女性との距離が近かったが、花子さんがそれに対して嫉妬した。それが事実だとしたら、俺としても反応に困るところ。どう対処すればいいかわからなくなる。
「あの……。すいません。私のせいで……」
女性の申し訳なさそうな顔が、俺を更に追い込んだ。これではまるで、俺と花子さんの間に何かあるみたいではないか。しかしここで安易に否定でもしようものなら、更に花子さんの怒りを買いそうだし、かと言って認めてしまうのも違う気がする。
これまでにない窮地に追いやられた俺は、赤くなっているであろう顔を片手で覆うことくらいしか出来なかった。