【閲覧注意】トイレの花子さんと行くダンジョン配信珍道中 #24 恐ろしく速いハチミツ採取←ターボばあちゃんでも見逃しちゃうね
高速で流れて行く景色。普通に生きていたら、生身で体験するはずのない速度でダンジョン内を進んで行く。途中で先ほどの連中を追い抜いたような気もするが、一瞬のことだったので定かではない。ダンジョン内を進むことしばし。芳恵さんの案内のおかげで、一切迷うことのないまま、キラービーの巣にたどり着くことが出来た。
「ほれ、ここじゃ」
確かにある。ネットの画像で見た通りの巨大な蜂の巣が、ダンジョンの壁面に構築されていた。辺りを飛び回っているキラービーも、大体人間の子どもくらいのサイズ。今のところこちらの接近に気付いていないようで静かなものだが、一度テリトリーに入り込めば、瞬く間に攻撃性を剥き出しにして襲ってくるだろう。
「……到着したなら、とりあえず下ろしてくれない?」
腕の中に納まっている花子さんが、小さく呟いた。すぐさま周りの様子を窺いにかかっていたが、そう言えば花子さんをお姫様抱っこしたままだ。俺は急に恥ずかしくなって、ゆっくりと花子さんをその場に下ろす。
ふと見ると、花子さんの方も頬が赤くなっているように見えた。人のことを言えた義理ではないが、花子さんはどうやらこういった異性との触れ合いをしたことがないらしい。俺が初めての相手かと思うと、どうにもむず痒い気分になる。
「何を2人で顔を赤くしとるんじゃ。早うせんと、連中に先を越されるぞい?」
これは芳恵さんの言う通り。確かに、こんなところで都市伝説相手に青春をしている場合ではない。今はチャンネル存続の瀬戸際。さっさとハチミツをゲットして、ゴールである最深部を目指さなくては。
「けど、どうやってハチミツを採ろう……」
真っ向から立ち向かっても、キラービーの群れに囲まれるだけ。とてもハチミツ採取どころではない。はてさてどうしたものか。
「今のお前さんの速さなら、蜂達をかいくぐってハチミツだけ取ってくることも出来るんじゃないかい?」
「え、そんなこと出来ます?」
俺が知っているターボばあちゃんの移動速度は時速140キロメートル。確かに速いが、その速度で移動したところで、ハチミツを素早く採取出来るかどうかは別の話だと思うのだが。
「言ったじゃろう。儂の能力は高速化。あらゆる動作を素早く出来る。走るだけじゃない。手の動きだって含まれるんじゃ」
言われて見れば、ただ速く走る能力でないことは、入り口の時点で確認済みだった。カメラの録画スピードを早く出来るのだから、それ以外の動きだって速く出来るはずなのだ。
「ちなみに、走る速度だって、何も上限がある訳じゃない。車でどんな速度を出しても振り切れないと言うだけ。逆に言えば、どんな速度で追われても逃げ切れるだけの速度が出せるのが、儂の能力じゃ」
何と言う破格の能力か。それならばキラービーに気付かれないよう素早く近づき、ハチミツだけ採取して、さっさと離脱することも可能かも知れない。
俺は巨大なキラービーの巣に目をやり、覚悟を決めた。
「じゃあ、俺一人で行ってハチミツを取ってくるから、2人はここで待ってて。芳恵さんは、俺がハチミツ採取をしているところを撮影しててくれればいいから」
俺がそう言うと、二人はそれぞれ違う反応を見せる。
「まぁ、儂はそれで構わんよ。不利な条件でも負けまいという気概が気に入った」
「……本当に大丈夫なの? もしあの蜂に襲われたりしたら」
芳恵さんは肯定的だが、花子さんの方は消極的だ。どうやら、俺のことを心配してくれているらしい。
「下手に巣を刺激してキラービーがたくさん出て来ても対処に困るし、花子さんは待機しててよ。もし何かあっても、芳恵さんの能力があれば、俺一人なら何とか逃げ切れるはずだし」
「確かにターボのおばあちゃんの能力は信用してるけど、あんたがちゃんと使いこなせるかは別でしょ?」
「大丈夫だって。ここに来るまでに何となく力の使い方はわかったし、採る蜂蜜の量までは指定されてないからね。ほんのちょっと巣を壊すことにはなるだろうけど、ハチミツを採ったらすぐに引き返すよ」
不満げな花子さんを何とかなだめて、俺は巣に向き直る。ここから巣までの距離は百メートルほど。芳恵さんの高速化があれば、この程度の距離は一瞬だし、何となくハチミツがありそうなポイントにも当たりをつけてある。何となくだが、予定を立て終えたところで、俺はキラービーの巣に向って駆け出した。
まるで空間が縮んだかのような視界の中、一瞬でキラービーの巣に辿り着くと、俺は持っていたナイフで巣の一部に穴を開ける。ここまで巣を大きく育て上げたキラービーには悪いが、これも俺のチャンネルを存続させるためだ。
当然、巣の中には無数のキラービーがいたが、動きは止まって見える。どうやら高速化によって、体感時間も引き延ばされているらしい。俺は穴越しに巣の中を見渡し、ハチミツの詰まっていそうな箇所を発見した。
手早くその箇所をナイフで切り取って、巣から手を引き抜く。もちろんキラービー達に動きは見られない。彼等の中では、まだ俺の行動が認識されていないのだ。一応、切り取った部分にハチミツが溜まっていることを確認し、俺は素早く巣から距離を取る。この間、大体一秒弱。キラービー達が俺の接近に気付く前に、ハチミツをゲットし、元の位置に戻ることに成功した。
「ふぅ。これでひとまずハチミツの入手は完了だな」
残して来た2人に駆け寄ると、彼女達は驚いた様子で俺のことをまじまじと眺めだす。その様子に得心が行かない俺は、2人にその理由を尋ねてみた。
「えっと、どうかした?」
「どうかした? じゃないわよ。あんた、今何したの?」
「何って、芳恵さんの高速化を使って、普通にハチミツを採って来ただけだけど?」
「馬鹿言うんじゃないよ。お前さんの動き、儂の目でも追えんかったぞ?」
「え?」
どうやら2人には俺が何をしたのかわからなかったらしい。花子さんはともかく、芳恵さんにも見えなかったとはどういうことなのだろうか。
この時の俺は気付いていなかったのだ。俺の怪異化の能力が、ただ能力をコピーするだけではないということを。