【閲覧注意】トイレの花子さんと行くダンジョン配信珍道中 #36 よくわからないけど異常事態のようだから俺が対処した
八尺様パワーのおかげか、バールの硬度も向上しているらしい。手首に叩き込んだ一撃は、見事ホブゴブリンの手首の骨を砕き、棍棒を手放させることに成功する。武器さえなくなれば、後は大きいだけの的。俺は片膝をついているホブゴブリンの身体を駆け上がり、とどめの一撃を脳天にお見舞いした。
その場に倒れ伏す、ホブゴブリンの巨体。しばらく待ってみたが再び動き出す様子はない。どうやら無事とどめは刺せたようである。
「とりあえず倒すことは出来たけど、このダンジョンにホブゴブリンはいないはずなんだよな~」
俺は再度メンバーを招集して、事態の異様さを共有した。
「ぽぽぽ、ぽぽぽぽぽぽ(私の方でも調べたけど、確かにこのダンジョンでホブゴブリンが発見されたって言う記録はないみたい)」
「どういうこと? ここって攻略済みダンジョンなんでしょ? 情報は全部開示されてるんじゃ」
「つまり、今までにない事態が、このダンジョン内で起こっているってことじゃろ」
三人の視線が俺に向く。異常事態が起こっているのは明らかだが、これからどうするかを決めるのは、あくまでリーダーである俺次第。彼女達は待っているのだ。俺が意思を示すのを。
「どうすべきかで言ったら、一度引いて行政に報告するのが筋だけど……」
もしこの異常が他のダンジョンにも出ているのなら、下手をしたら免許なしはダンジョン探索出来なくなるかも知れないし、そうなったら俺等みたいな新米配信者はおしまいだ。
こんなところで、せっかく上がって来たチャンネルの発信力を失いたくない。波に乗った今こそが、チャンネル登録者を増やす好機だし、花子さん達怪異を布教するチャンス。その機会を自ら捨てると言う選択肢は、俺に中にはなかった。
「先に進もう。報告するにしても、詳細がわかっていた方が行政も対応しやすいだろうし」
「そうよね! やっぱそうこなくっちゃ!」
「ぽぽぽ? ぽぽぽぽ(無理はしないでくださいね? 命が一番大事ですから)」
「まぁ、お前さんが行くって言うなら、面倒見てやるさね」
3人の返答はそれぞれだが、概ね賛成と捉えていいだろう。怪異化の能力があれば、一般人よりは安全に戦えるはずだし、もしかしたら免許持ちよりも確実に対応出来るかも知れない。
そうとなれば、善は急げだ。俺達は、静かになったゴブリンの拠点らしき広場を抜けて、その先へと足を進める。
少し狭くなったトンネル状の道を進むと、その先にはゴブリンの集落のようなものが存在していた。いや。《《集落だった》》と言うべきか。そこは随分と荒らされ、いたるところにゴブリンの死骸が転がっている。
「どういうことだ?」
見たところ、ここに倒れているゴブリン達は武器を持っていない。それに、死体も今さっき死んだと言うよりは、死んでから時間が経っているように見える。これが意味することというと――。
「ゴブリン同士の抗争があった?」
元々ここに住んでいた非武装のゴブリンが、突如現れた武装したゴブリンの襲撃を受けて全滅。その後、この辺りの陣を敷いた彼等の下に、俺達がやって来た。
そう仮定すれば、この惨状も説明がつく。今までにそのようなことが起こったと言う情報はないが、今はそもそもが非常事態なのだから、可能性を捨てるべきではないだろう。
だとすれば、次に考えるべきは「武装したゴブリンはどこから来たのか」だ。多少入り組んでいるとは言え、無限にスペースがある訳ではないダンジョン内。入り口から真っ直ぐやって来た俺達と鉢合わせした以上、向こうはむしろダンジョンの奥からやって来たということになるのではないか。
「……何か雲行きが怪しくなって来たな」
あくまで直感。俺はダンジョン攻略に関してはまだ初心者だし、大した知識を持っているとは言えない。しかし、状況を整理すればするほどに、一つの仮説が脳裏を過《よ》ぎる。すなわち、ダンジョンボスの復活だ。
ダンジョンの成り立ちについてはまだ研究段階だが、始めにダンジョンマスターとも言うべきボスが出現し、そこから他のモンスターが生まれるというのが、今のところ有力な説である。前例はないが、もしダンジョンボスが新しく生まれ、そこからより強力なモンスターが生まれ出たとするのなら、元の気危険度を越えるモンスターがいる状況にも説明がつく。
ダンジョンの浅い階層にはまだ影響が出ておらず、発見が遅れたというのであれば、これまでの流れとしても不自然ではない。俺達は、今まさに中身が入れ替わろうとしているダンジョンに、突入してしまったのである。