【閲覧注意】トイレの花子さんと行くダンジョン配信珍道中 #26 迷惑系配信者を1人成敗した
それでも、男性は信じようとしない。いや、信じたくないと言ったところか。こちらの発言に対し、すごい剣幕で迫って来た。
「バカを言うな! その2人が都市伝説の怪異? 冗談もほどほどにしろ!」
怪異であることを否定された花子さんは、再び怒り心頭。制服の袖をまくりながら、抗議の体勢に入る。
「はぁ!? バカはどっちだっつ~の! 人が大人しくしてればずけずけと言いたい放題言いやがって! あんまり生意気言ってると痛い目見るわよ!?」
一方の芳恵さんは、やれやれと首を横に振るだけ。恐らく言い争うのが面倒なのだろう。花子さんを窘《たしな》めにかかる。
「花子。あんまり騒ぐんじゃないよ。こういう手合いは、何を言ってもケチをつけるものじゃ」
「いいえ、黙らないわ! こう言う奴にこそ、私達の恐ろしさを知らしめてやらないと気が済まないもの!」
芳恵さんが言っても、ヒートアップした花子さんは止まらない。男性の前に立つと、ふわりと浮かび上がって、どす黒いオーラを放ち始める。
「あんたには特別上等の呪いをくれてやるわ! 覚悟しなさい!」
これには男性もただならぬ気配を感じ取ったのだろう。慌てて周囲を見渡した。花子さんが浮かび上がったように見える仕掛けを探していると思われる。もちろん、そんな仕掛けは一切存在しない訳だが。
「……ワイヤー? いや、そんな設備はどこにもないし、そもそもこの距離ならワイヤーそのものが見えるはず。だとすると何だ?」
いくら考えたところで、当てはまる仕掛けが出てくる訳もない。事実として、花子さんは浮かび上がり、彼に呪いとやらをかけようとしている。流石にこの程度のことで死人を出すのはまずいので、俺は慌てて花子さんを止めに入った。
「ちょ、ちょっと待って! 花子さん、呪いって何さ! まさか死んじゃうとかないよね!?」
「もちろん場合によっては死ぬわよ? でも、そう簡単に死んでもらっちゃ、こっちの気も治《おさ》まらないし、何より怪異の恐ろしさを布教するにはいい機会だもの。即死はしないようにするわ」
花子さんが両手を男性に向けると、どす黒いオーラが手に集中して黒い玉となり、男性に向って放たれる。その黒い玉は男性の身体に吸い込まれるようにして消えて行き、花子さんは何事もなかったかのように地面に足を着けた。
「い、今のは何だ!? 俺に何をした!?」
狼狽する男性に、花子さんは一言。
「あんたには今後一生、トイレから離れられなくなる呪いをかけたわ。一定以上トイレから離れると体調不良を起こして、放置すれば症状が悪化して死ぬ。あたしは優しいから、一応抜け道も用意してやったわ」
そう言って俺の方に向き直り、こんなことを言い出す。
「孝志、簡易トイレの予備。まだあるでしょ?」
「あるにはあるけど、どうするの?」
「そいつに渡してやって。それで呪いの影響は受けずにいられるから」
なるほど。設置していない簡易トイレもトイレ扱いにしてくれているのか。常に持ち歩くとなると不便と言えば不便だが、それで日常生活を送れるのであれば、呪い言うには優しい方だろう。
「今のところ、こいつのおかげで、このダンジョン内はトイレ扱いだけど、ダンジョンから一歩でも外に出れば呪いは有効になるから、覚悟しておきなさい」
俺の方を親指で指しつつ、男性に言い聞かせた。彼は自分の中に根付いてしまった呪いの存在を感じているのか、急にガタガタと震えだして、その場に膝をつく。
「呪いだと? そんなバカな……。でもこの感覚は――」
男性がブツブツと独り言を言っている間に、花子さんは残った女性とカメラマンに向けてこう言った。
「この男とは縁を切りなさい。今後一切関わらないなら、あんた達には何もしないであげる。でも、もし擁護するような態度を見せたなら、その時は――」
花子さんのボブヘアーが、風もないのにゆらりと持ち上がる。その様子を見た女性とカメラマンは、ぶんぶんと首を縦に振った。
「花子さん。こんなことも出来るんですね……」
俺は芳恵さんに尋ねる。
「まぁ、花子の場合は問題の根が深いからの。お前さんが思っているより、ずっと強力な怪異だよ」
どうやってトイレの花子さんという怪異が生まれたのか、俺は知らない。しかし、根が深いというのであれば、それなりに壮絶な経緯《いきさつ》があるのだろう。それを知る日が来るかはわからないが、俺は普段の花子さんの方がずっといいと、心の中で思っていた。
ともあれ、勝負は俺達の勝ち。花子さんが促すまま、男性は約束通り自らのチャンネルを削除。今後一切迷惑行為をしないと誓わされていた。
彼と一緒にいた女性とカメラマンは、保護と言う名目で俺達と一緒にダンジョンを出ることになり、男性は一人でとぼとぼとその場を去る。こちらも迷惑を被《こうむ》ったとは言え、少しかわいそうな気もしつつ、俺はその背中を見送ったのだった。