【閲覧注意】トイレの花子さんと行くダンジョン配信珍道中 #11 八尺様(インフルエンサー)

 花子さんの知り合いである八尺様が、よく訪れると言うダンジョン。洞窟タイプなのはこの前のダンジョンと同じだが、今度のダンジョンはだいぶ雰囲気が違った。

 ダンジョン内には小さいながら川が存在し、川辺にはきれいな花が咲き乱れている。通路らしい通路はなく、そこらかしこに花が群生しているので、足元をよく見ていないと、花を踏み荒らしてしまいそうだ。

 なるほど確かにイヌスタ栄えしそうな光景であるが、事前情報によれば、ここは植物系モンスターの生息地。それほど危険なモンスターではないものの、油断は禁物。長いツタに絡め取られて、そのまま養分にされる、というケースもあるようなので、花の陰などの死角には十分注意することにしよう。

 前回同様、通行の邪魔にならない辺りに簡易トイレを設置して、花子さんの到着を待つ。今回は、前回使ったものよりもお値段お高めで、少しいい造りの簡易トイレにしてみた。トイレの質が花子さんの能力の向上に直結すると言うのは聞いたが、どの程度のトイレで、どのくらい能力が向上するのかを検証するためである。

 待つことしばし。目の前に花子さんが現れ、辺りをきょろきょろと見渡した。

「ここが例のダンジョン?」
「そ。思ってたより明るいけど、花のせいで足元が見えづらいから、注意しないと」

 とりあえず荷物を広げて、トイレ用具をいくつか並べてみる。

「一応確認だけど、この中で今回使えそうなものはある?」
「……ああ。能力の話? そうね~」

 並べた道具を、吟味するように覗き込む花子さん。そして、その中の一つを手に取って、こう言った。

「これなら操れそう」

 彼女が手にしたのは便器掃除用の液体洗剤。ちなみに俺が用意したのは、普段俺が家で使っている酸性の洗剤だ。

「操るって言うけど、実際はどんな感じなの?」
「強いて言うなら念動力って感じ? 容器はもちろん、中身も自由自在よ? これは酸性洗剤みたいだし、中身を飛ばせば攻撃になるんじゃない?」

 なるほど。それは便利かも知れない。以前のようなバールによる格闘戦だけでなく、遠距離攻撃も出来るとなれば、これは心強い能力である。

 洗剤とバールを残して、残りを鞄に収納し、探索&配信開始。ダンジョン内をざっと映してから、カメラの焦点を花子さんに向けた。

「はい。今回も始まりました。トイレの花子さんと行くダンジョン配信珍道中。お相手はもちろんこの方。トイレの花子さんで~す」

 花子さんにGOサインを出して、用意しておいたセリフを言ってもらう。最初は「つまらない挨拶は必要ない」みたいな態度だった花子さんだが、いくら顔がよくても、無愛想なままでは視聴者は納得してくれないと、いくつものダンジョン配信を見ていて気付いたようだ。

「待たせたわね、視聴者諸君。古出高校のトイレの花子さんこと、徳村花子よ。今日もばっちり活躍して見せるから、最後まで目を皿のようにして、じっくり見て行きなさい」

 ちょっと強気なところは花子さんの素の部分だが、これはこれでキャラ付けとしてはちょうどいい。前回の配信を見てくれた視聴者なら、花子さんの性格はある程度把握しているだろうし、引っ込み思案よりはぐいぐい行くタイプの方が、配信者には向いている。花子さんは口調もハキハキしていて聞き取りやすいので、カメラに映るには持って来いだ。

「え~。今回は花子さんのお知り合いがよく撮影で訪れると言うダンジョンに来ておりま~す。どうですか、この景色。SNS上では、結構有名な場所なんじゃないでしょうか」

 八尺様のInustagramイヌスタグラムも確認させてもらったが、確かにこのダンジョンを撮影に使っている日が多い。よほどお気に入りなのだろう。投稿された画像に対する反応もかなり多かったので、視聴者の中にも、知っている人がいてもおかしくない。

「という訳で、今日は花子さんと一緒に、このダンジョンを踏破したいと思いま~す」

 今のところ、視聴者は80人ほど。バズるには程遠いが、俺のチャンネルの出だしとしては、客入りは上々である。もう少しすれば、SNSに投稿した案内のリンクから入って来る人も増えるだろうし、こういうのは続けることが肝心。「石の上にも三年」と言う言葉があるように、続けたことには、必ず意味が生じるものだ。

 花子さんが先頭になり、ダンジョンを奥へ奥へと進んで行く。彼女も足元の花々を踏みつけることにためらいを感じているようで、花の咲いていない場所を狙って歩いていた。どうやら、豪快な性格の割りに、こういうことには気を遣えるらしい。

「そう言えば、今日って八尺様は来るのかな」
「たぶん来るんじゃないかしら。あたしも今日ここに来るって連絡入れておいたし――」

 花子さんが遠方にいる誰かに連絡する手段を持っているとは驚きだ。いや、流石に携帯電話くらいは持っているのだろうか。

「あんたのスマホから」
「って、俺のスマホからかよ!」

 俺が声を荒げた瞬間。突如背後に気配を感じた。花子さんは目の前にいる。ならば背後にいるこの気配は、一体誰のものなのか。

 大きい。それが最初に感じたことだ。俺は成人男性の平均身長くらいだが、背後の気配は明らかに2メートルを越えている。それに気配もどこかおかしい。邪悪さは感じないものの、とにかく圧が圧倒的である。振り返って確認するべきか、素早くこの場を去るべきか。

 俺が真剣に悩んでいると、花子さんが俺の後ろにいる何者かに、陽気に手を振りだした。

「あ、八尺様ちゃんじゃん! おっす~!」
「ぽぽぽ」

 まさか、いるのか。あの八尺様が。今、俺の真後ろに。

 俺はスマホを構えたまま、恐る恐る振り返る。カメラが移動した先。そこに映ったのは身の丈八尺――2メートル40センチほどもある長身の女性の姿だった。

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