【閲覧注意】トイレの花子さんと行くダンジョン配信珍道中 #20 次なる怪異との邂逅
次のダンジョンは、前回よりも少し遠くまで遠征することになった。首都圏から電車を乗り継ぐこと二時間ほど。流石に公衆の面前で花子さんと密着する訳には行かないので、移動中は家で待機してもらっている。
前回の八尺様との会話以降、何かと花子さんを意識してしまうことが増えたのだが、特に関係に変化が起こる訳でもなく。相変わらず花子さんは無防備のまま、俺はそれにひたすら耐える日々。これでは俺が一方的に花子さんを意識してばかりで、不公平ではないか。
ともあれ、八尺様とのコラボ配信をやってから、チャンネル登録者も順調に増えているし、流れとしては順調。都市伝説が存在していられる安全圏がどの程度の知名度なのか定かではないものの、今の水準ではまだバズっているとは言い難い。どうあれ、花子さんが安心して元のトイレにいられるようにするのが目標なので、俺はそれに向けて尽力するのみである。
今回チョイスしたのは、上に伸びる塔タイプの攻略済みダンジョン。難易度もだいぶ高くなって来ているし、より一層注意を払わなければならないだろう。
花子さんを呼び出して配信を始めつつ、ダンジョン内を進むこと数分。この日最初のモンスターに出くわした。ホーンラビット。とても素早いことで有名なモンスターである。
「何よ、角が生えただけのウサギじゃない」
「油断しないでよ、花子さん。こいつ、こう見えて肉食らしいから」
「あたしには関係なくない?」
「俺がやられたら、花子さんも困るでしょ?」
好意云々は置いておくとしても、俺がいなくなったらダンジョン配信が出来なくなると言うのは事実。代わりの人間が現れる保障がないので、花子さんとしても、慎重にならざるを得ないはず。
「……勝手に死んだら殺すから」
「出来ればオーバーキルは勘弁願いたいな~」
そういう訳で、戦闘開始。
花子さんが発する独特の気配に警戒しているのか、すぐには動こうとしないホーンラビット。花子さんは、そんなホーンラビットに先制攻撃を仕掛けるべく、バールを上から下に振り拭いた。
しかし、バールが破壊したのは、ダンジョンの床面のみ。一瞬前までそこにいたはずのホーンラビットは、いつの間にかその場から姿を消している。俺はスマホの画面を覗くのをやめ、辺りを見渡した。もちろん、姿を消したホーンラビットの行方を捜すためだ。
左右、そして前後。順に確認して行くが、ホーンラビットを見つけ出すことが出来ない。まさか逃げたのか。そんな思考に至った、その瞬間のことだ。血相を変えた花子さんが、大声を上げる。
「バカ! あんたの足元よ!」
言われて見下ろすと、そこにはホーンラビットの姿。先ほどと違うのは、今まさに地面を蹴って、跳び上がって来そうな体勢であること。これは、まずい。そう思った時には、ホーンラビットが、獲物である俺の喉元を食い千切ろうと、跳びかかって来ていた。
危うく喉の肉をごっそりと持っていかれそうだった俺。それを防いでくれたのは、花子さんではなく、正体不明の第三者。最初は動きが速過ぎてよくわからなかったが、突如カメラの視界内で立ち止まったのは、ホーンラビットの首根っこを掴んだ老婆だった。
「こいつ等の前で暢気にカメラなんて構えて、お前さん、このダンジョンは初めてかい?」
しわがれた声。場違いにも程がある、風情漂う柄の着物に身を包んだその老婆は、右手を手刀の形にして閃かせ、ホーンラビットの首をはねる。ホーンラビットは自身が命の危険に晒されると、仲間を呼ぶ習性があるというので、恐らくその対策なのだろう。
「ターボのおばあちゃん!?」
「ターボの……おばあちゃん?」
呼び方は違うが、間違いない。老婆の姿であることに加え、先ほど見せた素早い動きと来れば、自然とその正体に行き着くというもの。彼女の正体は、いわゆる「ターボばあちゃん」だ。90年代に入って突如囁かれるようになった、その筋では有名な都市伝説。その最高移動速度は、時速140キロメートルを超えると言う。
「何だ。花子も一緒か。お前さん、どうしてダンジョンなんかにおるんじゃ。お前さんの守備範囲は、例の廃校のトイレだけじゃろう?」
「これにはいろいろと事情があるのよ。とにかく、助かったわ。ありがとう」
あの花子さんが素直に礼を言うとは驚きだ。それだけ関係が深いということの表れか。
「えっと、ターボばあちゃん……で合ってますよね? 助けていただいてありがとうございます」
「ふむ。最近の若者にしちゃ~、礼儀正しいじゃないか。まぁ、呼び方はお好きにおしよ。こっちには特にこだわりとかはないからね」
こうして出会った、第三の怪異。ターボばあちゃん。この後、彼女の、まるで想像もしていなかった驚きの性質を知ることになるのだが、それはもう少し先の話だ。