【第12章】新しい知は常に「既存の知X既存の知」の組み合わせで生まれる
※「世界標準の経営理論」で学んだことのメモ一覧はこちら
ここから15章まではイノベーションと組織学習についての内容になるため、そもそもイノベーションと組織学習の位置づけについての説明を最初に行う。経営学においてはイノベーションは広義の学習の一部であるしている。「何かを経験することで学習し、新しい知を得て、それを成果として反映させる」ことの本質は変わらず、イノベーションと組織学習の違いは程度の問題と言える。
組織学習・イノベーションについてはこれまでに膨大な研究がされてきているが、基本的な「骨組み」については、ほぼコンセンサスがとれており、本章ではその骨組みを説明しているので紹介したい。
組織学習の循環プロセス
この図は「A Theore-tical Framework analyzing Organizational Learning(組織学習を分析するための理論的枠組み)」に出てくる学習の大きな枠組みを簡略化してまとめたものである。
図にあるように経営学では組織学習を一連の循環プロセスとしてとらえる。循環プロセスは「組織・人・ツール」「経験」「知」の3つの要素で構成され、各要素を繋ぐサブプロセスに分解できる。
サブプロセス①:組織・人・ツール→経験
組織・人は何らかの意図をもって行動し、「経験」する。「限定された合理性」を前提とし、限られた認知を広げる経験をするために、サーチや知の探索を行うのだ。
サブプロセス②:経験→知
組織は経験を通じて、新たな知を獲得する。知の獲得には大きく3つのルートがある。
「知の創造」
経験で得た知と、自身がすでにもっている既存知を組み合わせ、新しい知を生み出す。(これが、後で紹介するジョセフ・シュンペーターの新結合)である。
「知の移転」
人・組織はみずから知を生み出さなくとも、外部から知を手を入れることができる。例えば、技術提携という「経験」を通じて、他企業の技術が自社に移転されるのがその一例だ。
「代理経験」
新しい知の獲得は、組織自身の経験だけから得られるとは限らない。例えば同業他社など「他者の経験」を観察することから学ぶことができる。いわゆる「人の振り見て我が振り直せ」である。
サブプロセス③:知→主体
③のプロセスを総称して、組織の記憶(organizational memory)と呼ぶ。新しく生み出された知は、何らかの形で組織に記憶されなければならない。この組織のプロセスは、さらに2つに分解されて議論されることが多い。それは知の保存(retention)と知の引き出し(retrieval)だ。保存とはその名通り、書面、ITツール、製品・サービスなど何らかの形で保存することだ。
一方の引き出しについては、必要に応じて引き出される必要がある。(これについては第14章のトランザクティブ・メモリー・システムで解説する。)
知の探索・知の深化とは何か
ここまでの骨組みを理解した上で詳細に入っていく。ここで出てくる知の探索・知の深化の理論は、経営学研究でイノベーションを説明する際に間違いなく最重視される理論である。筆者は様々な講演依頼を受けるがそこで「話してほしい」と依頼されるテーマのほとんどが知の探索・知の深化の理論に関するものだそうだ。
まず知の探索だが、サブプロセス①のサーチに当たる部分だ。一言で言えば「認知の範囲の外に出ること」だ。人や組織の認知には限界があるから、サーチをすることで認知の範囲を広げる必要があるということになる。
しかし、この説明だとあまりにシンプルであるため、このサーチという概念を発展させ「知の探索」というより包括的な概念を整理し、探索と進化のバランスの重要性を提示・検証したのがスタンフォード大学のジェームズ・マーチが1991年に「オーガニゼーション・サイエンス」に発表した論文である。
この2つの違いを端的に説明すると、新しい知を求めるのが「探索」、今持っている知をそのまま活用するのが「深化」となる。この点を直感的に理解する助けとして「イノベーションの父」と呼ばれた経済学ジョセフ・シュンペーターが提示した新結合を紹介する。それは、「新しい知とは常に「既存の知」と別の「既存の知」の「新しい組み合わせ」で生まれる」ということだ。
代表例として本書ではトヨタ生産システムの「かんばん方式」が紹介されている。同方式が1950年代に米国のスーパーのマーケットのモノ・情報の流れからヒントを得たというのは有名な話だ。
それまでの自動車生産はまず部品をつくって、その部品を組み合わせて完成車にしていた。前工程が必要なだけつくり、後工程に「押し出す」流れだ。
一方でスーパーマーケットでは、顧客が来て必要なものを必要なだけ買っていく。すなわち、後工程が前工程を必要な分だけ「引き取りに来る」のだ。この方式なら、在庫などの無駄を省くことができる。プロセスを逆転させる発想は、まさに「スーパーマーケット」と「自動車生産」という、繋がっていなかった知と知が結びついて生まれたと言える。
コンピテンシー・トラップ
イノベーションの生み出すうえでの問題として、企業・組織はどうしても知の探索が怠りがちになり、知の深化に傾斜する傾向があることが挙げられる。知の探索は理屈では分かっていても実際にその行動を持続するのが難しいからだ。
その理由として第1に経済的、人的、時間的なコストがかかること、第2に新しい知と知の組み合わせの多くは失敗に終わってしまうことが挙げられる。
一方で知の深化は、既存知の活用なので確実性が高く、コストも小さい。そのため、知の深化に傾斜するのは「短期的には合理的」なのだ。
日本の大企業では「新規事業開発部」などの新しい事業の開拓を目指した取り組みは始まるものの、1年~2年は予算がついていても、3年目には「成果が出ない」という理由から予算がつかなくなり、活動がとまってしまうことが良くが見られる。このような状況をコンピテンシー・トラップと呼び、「日本企業の多くがコンピテンシー・トラップに陥っている」と言える。