CAPSULEアルバム全作紹介 pt.2 SF三部作編
この記事で取り上げる4thからの3作は所謂”SF三部作”として広く知られている作品群である。その認識はスタジオジブリの別部門であるスタジオカジノとこの三作の収録曲(「ポータブル空港」「Space Station No.9」「空飛ぶ都市計画」)がコラボしたアニメ作品シリーズがそのように呼称されていたところから始まったと記憶している…けど違うかもしれない。
なおこの三つのMVは後に『ジュディ・ジェディ』というタイトルで再編集された一本の短編作品として劇場公開されており、その際に繋ぎのシーンに中田が未発表曲「SEQ24」を提供している(『ジュディ・ジェディ』は長年未ソフト化だったが、最近になって『ジブリがいっぱいSPECIALショートショート 1992-2016』にて初ソフト化された)。
また特記すべき事項として、中田の自主レーベルcontemodeはこの時期の中田がファッションへの興味を強く前面に打ち出していたこともあり(PVやアーティスト写真などのコーディネイトは本人が担当していた)、ファッション業界からの注目と結びつきがかなり強くなっていた。実際、『S.F. sound furniture』のリリースと同時期にはファッションモデルの市川渚を中田がプロデュースしたNAGISA COSMETICの活動も行われている。こうしたファッション業界との関係の強さは後のCOLTEMONIKHA等へと繋がっていくこととなる。
ユニットの歴史としてはラウンジポップ路線からエレクトロ/クラブミュージックへの移行が徐々に行われた、とても重要な時期。
4th 『S.F. sound furniture』
2004年リリースの4thアルバム。”SF三部作”最初の一枚。
収録曲の約半数―「GO! GO! Fine Day」「宇宙エレベーター」「未来生活」「Super Scooter Happy」「Ocean Blue Orange Sky」に関してはどれも前作までの路線をさらに深化させた渋谷系ポップやラウンジポップであり、どれも完成度が高い。
特にシンプルなアレンジがキュートな「未来生活」、前作の路線をさらに進化させたボサノバにウィスパー系のオートチューンボーカルを合わせた「Ocean Blue Orange Sky」は隠れた名曲。
また「Future TV」「ミルクティーの時間」といった渋谷系っぽい遊び心を盛り込んだインタルードなんかもあり、まだ前作までの雰囲気を強く残した作品と言える。
しかし、今作で最も重要なのは「ポータブル空港」だ。
前作までのcapsuleと今作からのcapsuleを差別化する決定打であり、ここから始まる”SF三部作”はこの曲を始点にして展開しているといっても過言ではない。『CUTIE CINEMA REPLAY』から続けられてきたクラブミュージックへの追求が結実した四つ打ちのハウス・トラックで、現在まで続く中田ヤスタカ作品のフォーマットはこの曲を以って一つの完成を見ることになった。言うなれば記念碑的楽曲。
先行リリースされた12インチでは「P.M. 21 mix」というよりフロアへの対応を意識したバージョンで収録されていたことも注目に値する(CD化して欲しい…)。
また「壁に付いているスイッチ」はビッグビート系のトラックの上で自動読み上げ音声が狂ったSF小話を読み上げるかなり異様な曲で、不安定なメロディの上で不気味なハミングやカタカナ英語のぎこちない発音を前面に出したラップが飛び出す混沌とした異色作。これ以前にも以降にもこんな路線の曲は無いのだが、これは一体…。
2分10秒の短い曲ながら今作の目玉の一つになり得るインパクトがある。
ラストに収録された「レトロメモリー」はスタジオジブリとハウス食品がコラボレーションしたCMで大々的に使用された、この時期のcapsuleには珍しいタイアップ・ソングであり(その縁でCDシングル盤にはスタジオジブリ書き下ろしのイラストカードが封入されていた)、恐らく初期~中期capsuleの楽曲の中ではもっとも有名な楽曲。
曲としても『ハイカラガール』のJ-POP路線とラウンジポップ路線の中間のような、他では聴けない珍しいタイプの楽曲。本人としても思い入れがあるのか、各種ベスト盤では「ポータブル空港」等ほかの重要曲を差し置いて必ず選曲されている。
…というか「ポータブル空港」が全然ベスト盤に選曲されないのが謎(『capsule rmx→』には取り上げられているが…)。
ちなみに「Super Scooter Happy」は後にきゃりーぱみゅぱみゅがカバーしている。トラックは中田によるリメイクとなっているが、原曲と殆どアレンジが変わっていないやや珍しいパターンになっている。
5th 『NEXUS-2060』
2005年リリースの5thアルバム。”SF三部作”の二作目となる作品。
ここからまたリリースペースが速くなり、今作は前作から僅か8か月でリリースされている。
コンセプトとしては『初のリゾート宇宙ステーション“Space Station No.9”が完成した2060年が設定となっている、宇宙時代のフライト/ドライブミュージック』というものがあるらしく、1曲目の表題曲「NEXUS-2060」はその設定を補強する内容の、チーフパーサーこしじまによる"contemode Air System"のSpace Station No.9行き旅行宇宙船の機内アナウンスである。
…なのだが、何故かSF三部作では今作が一番暗い。
それどころかcapsule史上最もダークな雰囲気が漂っている作品と言っても過言ではない、かなりの異色作である。
インタルードなどのトラックも多いため歌モノはアルバムの収録曲のうち約半数程度なのだが、その歌モノはコンピューターウイルスに感染したAIの記憶が消えていく「A.I. automatic infection」、「happy」という単語が含まれたタイトルを連呼することによって逆に現実の幸せとは言い難い風景が浮き彫りになる「happy life generator」など影がある詞ばかり。
極めつけは終盤に配置された「world fabrication」。何やら凄まじく恐ろしいことを言っている歌詞をシャッフル調の明るい曲に乗せて穏やかに歌い上げる、ラウンジポップ期capsule随一の怪曲。
web上に残っているインタビューでは「2060年の普通の暮らし」をテーマにしたと語っているが、そのテーマで何をどうしたらこんな楽曲ばかりになるのだろうか…?
その中にあって幸せ全開の「Lucky Love」が唐突に中盤に置かれているのも何だか微妙に不穏な感じ(曲自体はメロディもアレンジも歌詞も可愛らしい佳作なのだが…)。
インスト3曲はどれもシリアスな質感を持っており、これもアルバム全体に少し暗い雰囲気を与えている要因の一つかもしれない。
今作の核である「Space Station No.9」はラテン系のフレーバーを前面に出したボサノバで、後の作品で多用される「終盤でベースラインを変えて曲の雰囲気を変える」手法が恐らく初めて使われた曲。
ジャジーな雰囲気を纏った7分越えのハウス「beautiful hour」の存在にも注目したいところ。
そしてダークでシリアスなアルバムの全てを、女子の何気ない生活を描写した歌詞とポップなトラックで完全に受け止める終曲「tokyo smiling」のインパクトが凄まじい。
この曲のインパクトはアルバム単位で聴くことによってより強く感じられると思うので、可能であれば是非ともアルバム単位で楽しんで欲しい。
トラックはどれも高品質で、とりわけ「happy life generator」の明るさと悲しさを折衷した繊細なメロディワークは素晴らしい。
また「Lucky Love」のトラックではラウンジポップ系の曲にハウス/エレクトロの方法論を持ち込んだアレンジが施されたり、「tokyo smiling」では後のperfumeのポップ路線の楽曲に近いアレンジが施されていたりとアレンジ面でのアップデートもさりげなく行われており、クラブ/エレクトロへの歩みを本格的にする次作への橋渡しが行われている。
SF三部作の中では若干地味な印象がある存在ではあるが、ある意味capsuleというユニットの作風の振れ幅を象徴するようなアルバムになっている。後のエレクトロ期で過渡期に登場する、アクの強い実験作に近い存在。ただそこまで聴き辛い作品ではない(なんか全体的に怖いけど)。
なお、2021年にきゃりーぱみゅぱみゅが「world fabrication」をカバーしている。
きゃりーのキャラを考えたらまああり得る選曲ではあるのもわかる、…わかるけど、…よりにもよってcapsuleいちダークなこれをか…!
トラックは当然ヤスタカによるリメイクになっており、原曲よりジャジーで軽妙な雰囲気のアレンジになっている。が、アレンジの能天気さが増したぶんだけ怖さもより増したような…きゃりーの無邪気な歌も詞の絶望的な世界観を際立たせていて何とも言えない。しかもこれがアルバムのラストトラックっていう…。
6th 『L.D.K. Lounge Designers Killer』
前作から僅か7か月でリリースされた6thアルバムにして”SF三部作”最終章。
タイトル通りラウンジデザイナーに対するアンチをテーマに掲げた作品らしく、過去作を振り返るインタビューで中田が「あのタイトルは本気で、当時は「これ聞いて〇ね」みたいなことを思って作ってた」(※発言は筆者により要約しています)みたいなことを発言しているのを読んだことがある。
ここまでの紆余曲折を経たcapsuleが、遂にエレクトロ/クラブ路線へと本格的に舵を切った重要作。
爽やかな4つ打ちハウスの上をこしじまのスキャットが軽やかに跳ねる言わずもがなの名曲「空飛ぶ都市計画」、ラウンジポップ路線の叙情的なメロディをハイテンポなドラムンベースに乗せた(capsuleのドラムンベースはレア!)「テレポテーション」、そしてフロア対応のハードなエレクトロディスコ路線初の楽曲である表題曲「Lounge Designers Killer」、この冒頭三曲はcapsuleが新しいフェイズへと突入したことを高らかに宣言するような流れになっている。
そしてcapsule屈指の人気曲であり名曲「グライダー」は四つ打ちのトラックに透明感のある美しいメロディとシューゲイザー的なギターを乗せた楽曲で、ここからのcapsuleは勿論、perfume、きゃりーぱみゅぱみゅ、MEGといった各種プロデュースワークにて世間に大きな反響と影響を与えたテクノポップ路線最初の楽曲にして、一つ目の到達点。この時期の楽曲としては「ポータブル空港」と並んで決して避けては通れない最重要ポイントの一つ。
ディレイのかかったシーケンスのループを軸にしたシリアスなハウス「人類の進歩と調和」もさりげない存在だが、これ以降の作品、とりわけperfumeのシリアス系の楽曲にて多用されるアレンジの手法が初めて示された楽曲である(本人的にも思い入れがある曲なのか各種ベストには必ず再録されている)。
その中にあってサビで四つ打ちが挿入されるものの全体的にはキュートな渋谷系ポップとして仕上がっている「twinkle twinkle poppp!」と気怠いボサノバ「TICTAC」の2曲のみは前作までのラウンジポップ路線を引き継いでいる。
そのラウンジポップ路線とエレクトロ路線の中間地点ともいうべき「do do pi do」は前作「Lucky Love」辺りで断片的に試みられていた、きゃりーぱみゅぱみゅのプロデュースワークで多用される「キュートなメロディとクラブ系のサウンドを合わせたアレンジ」が最初に完成を見た楽曲(実際に後にきゃりーぱみゅぱみゅにカバーされている)。
逆に言えば、この「twinkle twinkle poppp!」「TICTAC」「do do pi do」の三曲が、capsuleにおけるラウンジポップ路線最後の曲である。こうして『CUTIE CINEMA REPLAY』から続いた「ネオ渋谷系」路線の作風に終止符が打たれたのだ。
それを思うとアルバムのラストが「fin」というタイトルの軽妙なピアノ曲であることはかなり意味深。
またここまでの作品で研ぎ澄まされてきたガーリーな歌詞が頂点に達しており、とりわけ「twinkle twinkle poppp!」と「do do pi do」は男性のどこからこんな歌詞が出てきたのか本気でわからない。
この作詞のノウハウが後のプロデュースワークでどれだけ駆使されたかについては今更書く必要もあるまい。
様々なことを書き連ねてきたが、世間に大きな影響を与えた「中田ヤスタカ作品」の基礎が作られた決定的瞬間であることだけは疑いようもないだろう。必聴。
そしてiTunes版には限定ボーナストラックとして「jelly」が収録されており、更なる進化への前兆を示して終わるのだが、spotify版には収録されていないので、そこから起こったことについては次回の記事で。
先述の通り、「do do pi do」は後にきゃりーぱみゅぱみゅがカバーしている。
トラックはもちろんヤスタカによるリメイクになっているが、きゃりーのcapsuleカバーでは「恋ノ花」と並んでアレンジに大幅に手が入ったトラックになっており、きゃりーの作風にかなり「寄せた」タイプのアレンジになっている。
つづく。