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『フェイクドキュメンタリーQ』全作レビュー特・「緊Q特版」

配信タイトル:【一挙配信特別プログラム】緊Q特版
※アーカイブ非公開

 やりやがったな。

 2022年の8月22日の22時から配信された、番組配信開始一周年を記念した特別番組である。「ゾゾゾ」公式サイト内に掲載されたプレスでは以下のように銘打たれていた。

ゾゾゾの皆口と寺内康太郎監督が手掛けるフェイクドキュメンタリー「Q」の全12話を一挙に配信するプレミアプログラム「緊Q特版」が番組の1周年記念日となる8月22日(月)22時よりYouTubeチャンネルにてプレミア公開される事が決定。
タイトルにある「緊Q特版(きんきゅうとくばん)」は色んな意味合いが込められた当て字的タイトルとなっており、既に全話視聴済みの「Q」ファンも、まだ番組を観た事のないユーザーにも「Q」を知るぴったりな特別版仕様のプログラムとなっている。
ちなみに「緊Q特版」はプレミア公開終了後アーカイブには残らない為、リアルタイムのみの視聴が可能となっている。

ゾゾゾ - 【速報】フェイクドキュメンタリーQ 一挙配信「緊Q特版」が番組1周年となる8月22日(月)22時にプレミア公開決定!(改行は筆者による)

 まあ普通に考えれば、シリーズ開始一周年記念と「今夏公開」と銘打たれていたもののまだ詳細が未告知だった(大方の予想通り、この放送の最後に配信日時の詳細が告知された)「フィルムインフェルノ」の告知・宣伝を兼ねた、既存回の全編一挙放送である。
 しかしこの作品の視聴者は当然のようにこの番組の作り手を信頼しておらず(というのも改めて考えると凄い話だが)、「緊Q特”版”」という「特番」という既存の表記を捻ったタイトル、プレス内の「特別版仕様のプログラム」という文言、なにより「こいつらが普通の総集編を作るはずがない」という疑い…大方のシリーズ視聴者は「絶対に何かを仕掛けてくるだろう」と予想していた。

 さて、実際の内容はどうかというと、…その予想通りではあったのだけれど、だとしてもこちらの想像を大きく超えてきたというか、そこまでやるか!?の域というか…。

 先ずこの総集編、映像の放映順が各回のナンバリングに沿わず、シャッフルされた順番で流された。
 各回の放映順は以下の通り。
 なお、「Intermission」は4話毎に計二回挟まれた2分程度の休憩。
 アメリカ海兵隊軍楽隊による「Strenuous Life」の演奏(youtube Audio Libralyにあるフリー音源)をバックに「Intermission」というゴシック体のテロップが出ていただけであり、新規映像ではない。

Q3:遺品→Q6:目的地→Q5:鏡の家→Q7:或るブログ
Intermission
Q9:献花→Q11:似顔絵→Q2:深夜の留守番電話→Q8:光の聖域
Intermission
Q4:祓(はらえ)~Q10:来訪~Q12:ラスト・カウントダウン~Q1:フェイクドキュメンタリー~「フィルムインフェルノ」告知

 …このシリーズを全回見た視聴者ならわかると思うが、この順番は単なるランダムなシャッフルではなく、明らかに”映像内の要素が関連した回が連なる形”で並べられているのだ。特に最後の4回は各回の末尾にカット編集が入り、4つの映像がシームレスに流される形が取られた。
 この比較的わかりやすい繋ぎのなかで、一見関連性があまり感じられないQ5とQ7が隣り合っているのが興味深い。この並びにはどういう意味があるんだろうか。

 そしてこの特”版”最大の仕掛けとして、各回に必ず一つは新要素が追加された。もはやメチャクチャである。各回の変更点については、私が気付いたり、調べることができた範囲のみ以下の記事にまとめた。

 記事を読んでいただければわかる通り、これらの変更点は本筋とは関連が薄そうなカットが微妙に長いだけの分かりづらいものから、Q2やQ12のような完全なる新要素が追加されている大胆なものまで多岐に亘り、リアルタイムで見ていた視聴者は大いに混乱させられた。

 この”追加”はファン向けのお楽しみ要素の域をはるかに超え、今作にまた別の恐怖を与える仕掛けとなった。
 何せ新要素がこれ見よがしに挟み込まれるせいで、既存の映像であるはずの部分も全て疑ってかかる羽目になり、何回も見たはずの回を異常な緊張感と恐怖を持って見ることになったのだ。これは体験としてあまりにも強烈すぎた。
 個人的に怖かったのが、私自身も含めて視聴者が元の映像にあったところを見ながら「こんなところなかったよね?」と疑ったりコメントしたりしていたこと。視聴者が動揺して「既に目にしているはずの映像」まで疑い出す様子には、今作の中にある「疑念」とそこに付随する恐怖が今までとは違った形で表出していた。
 私自身もはっきりとその「疑念」のせいで「既に目にしているはずの映像」を何回も疑う羽目になり、何回も元動画にあった映像を追加要素だと勘違いした(先の記事は元動画との比較による検証をした結果、視聴中に取っていたメモを基にした初稿の中にあった、”勘違いで新要素だと思っていた部分”をかなり大幅に削っている)という体験をしただけに余計怖い。

 結果としてこの「緊Q特版」番外編的な総集編でありながら、シリーズ全体で表現していた、”映像に潜む盲点”スコトーマ””の恐怖を本編とはまた違った形で完璧に表現していたと言えるだろう。
 そして告知通り番組のアーカイブを残さなかった(番組終了後はしばらく限定公開設定になっていたが、その後完全に非公開となった)のがまた憎い。
 このプレミア配信には9000人を超える多数の人々が立ち会った。にもかかわらず、この「緊Q特版」の映像は立ち会った1万人未満の視聴者の記憶と、彼らが辛うじて残していたスクショなどの中にしか存在しない、幻のような存在になってしまったのである。
 かくして「疑念」は各回の映像の中から飛び出して、作品の外―映像を見た視聴者の記憶やプレミア公開に立ち会わなかった視聴者たちが触れる情報の不確かさへと浸食することを成功させたのだ。

 終盤の4つの回―Q4、Q10、Q12、Q1に施されたシームレス編集にも言及しなければならないだろう。
 特にQ4の映像がカットアウトで終わった瞬間にタイトルテロップ等を挟まずQ10の冒頭へと繋がる流れは衝撃的で、今まではあくまで”ファンが気付いていた”非公式なものだったこの二つの回の共通項が公的に、かつ直接的に表現された形となった。
 私はこの繋ぎによって「Q4の映像とQ10の映像が同じビデオに収められている」可能性が浮上したことに気が付いてしまったため、この瞬間は正直声が上がるぐらい怖かった。だとするとこの二つの回は相当恐ろしい関係性を持ってしまうことになるが果たして…。それを抜きにしても、Q4のカットアウトが持っていた恐怖感を全く別のものに異化する手腕は常人のそれではない。
 更にこの編集によって、さりげなくQ10ラストの「この土地では”来訪”の漏洩を今でも禁忌としている」というテロップがカットされたのが意味深。
 またQ12~Q1の繋ぎはQ12の最後の「あの映像」を流す箇所を丸々カットしてそのままQ1の本編に突入する形をとることによって、Q12のラストで示された「ある可能性」によりはっきり言及する形になっており、この二つの回が表現していたものを補完し合いながら効果的に表現していてこちらも素晴らしかった。

 総じて、「総集編」という形式でありながら今作の根本を、これまでとは全く違った形で示した異様な特”版”に仕上がっていた。本当に、「やりやがったな」のひとことである。
 前述の通り「アーカイブを残さない」ところまで含めてコンセプトなのは十二分に理解しているし、その行為によってこの特”版”が完成したこともわかる一方で、この特”版”はシリーズ全体を異化する手腕の巧みさが感じられる傑作でもあるので、いつの日にか何らかの形で恒久的なアクセスが確保されるようになるといいなとも思う。

 …で、”まだ番組を観た事のないユーザーにも「Q」を知るぴったりな特別版”とかいう大嘘は何だったんです?

 最後に2点。

2

 Q12の追加映像である13「雑踏」について。
 個人的にはある一定の情報(この映像の場合は「殺人を犯した人間が映り込んでいるかもしれない」という要素)を与えられると、一見なんでもない映像に対しても疑念が沸いてしまう、という状況に言及している映像なのかな、というふうに感じた。
「ラスト・カウントダウン」という回、ひいては「フェイクドキュメンタリーQ」の根底を成す部分に改めて言及し、かつ新たな疑念を投げかけてくる内容だと思う次第。
 もちろん、私の関知し得ないもっと大きな意味合いがある可能性も存在するけど。

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 Q4「祓(はらえ)」が流れているあいだ、チャット欄がスパチャが大量に飛び交う荒木応援上映と化し、最終的には「CRフェイクドキュメンタリーQ」なる新概念までが登場する大盛況になったのがめちゃくちゃ面白かった。
 今作随一のキャッチーなフレーズ「失敗や!」を生み出した荒木は今作を代表するキャラクターとして認識されているのかもしれない。
 しかし応援の甲斐なく今回も荒木は失敗。荒木の除霊が成功する日は果たして来るのか…!?(たぶん来ない)