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フィッシュマンズとタイアップ

 フィッシュマンズというバンドを語るときに、何かと”一般的なJ-POPと一線を架した存在であること”が強調されがちなように思う。これは佐藤が商業音楽への嫌悪を度々表明していた影響もあるだろう。
 しかし、そんなフィッシュマンズも(特に活動初期は)90年代のヒットの法則のレールに乗るための「売り出し」が成されていた。その一つが「テレビのタイアップ」である。

 90年代当時、音楽界において「テレビのタイアップ」という事象は今とは比べ物にならないぐらい大きな意味を持っていた。今のようにyoutubeですぐにPVを確認できる…なんてこともなかった時代、日常的な娯楽の王者として君臨していたメディアであるところのテレビで楽曲が流れるというのはリスナー獲得の大チャンスだったのだ。そのため、どのレコード会社も自社の所属ミュージシャンへのタイアップ枠を掴み取らんと競っていたのである。そしてその流れの中にフィッシュマンズも確かにいたのだ。

 この記事では、そんなフィッシュマンズによるタイアップ案件のうち、明確にバンド側もタイアップとして認識していたであろう5つの案件について書いてみる。

 なお、この記事の大部分はムック『Long Season Review』などに掲載されたファンクラブ”Neri”製作の「フィッシュマンズ絵巻」を基にした年表(未所持なので断言できないけれど、『フィッシュマンズ全書』にも同じ年表が載っているらしい)に記述された情報を基本として構成したものである。文章中に登場する「年表」という言葉は全てこの年表のことを指している。


1. 「100ミリちょっとの」 90日間トテナム・パブ(フジテレビ、1992)

 フィッシュマンズの初タイアップ案件。なお初期フィッシュマンズのタイアップ案件は全てフジテレビが絡んでいるが、これは当時在籍していたメディア・レモラス(1997年解散)がフジグループ系ポニーキャニオン傘下のレーベルであることに起因していると思われる。

 フジテレビの「深夜番組黄金時代」の軸足を担った”JOCX-TV2”枠の中で放映された連続深夜ドラマで、坂井真紀のドラマデビュー作でもある。深夜ドラマながら豪勢にも全編イギリスロケ。バブルの盛り上がり、そして当時のフジテレビの深夜番組に賭ける熱意と勢いの象徴のような番組だ。
 ドラマのオンエアが92年1月、シングルの発売が同年2月なので、完全にドラマの存在ありきで製作されたタイアップソングということになる。もしかしたらフィッシュマンズ唯一のタイアップ先行で製作された楽曲ではないだろうか?「100ミリちょっとの」はオープニングテーマとして使用された。

 年表にはこの楽曲製作時の様子の一端が記載されており、それによると番組プロデューサーが『Corduroy's Mood』を気に入った事が起用のきっかけだったという。
 …しかし、これに関しては本当に大変な目に遭ったらしく、ユニバーサルのサイトのバイオグラフィーにすらこう書かれる始末である。

1月~3月、フジテレビ系ドラマ「90日間トテナムパブ」主題歌『100ミリちょっとの』オンエア。初のタイアップで発注に応えるべく四苦八苦しつつレコーディングしたようだ。

(引用元:https://www.universal-music.co.jp/fishmans/biography/

 先述の年表の記述によると、番組プロデューサーの要望が抽象的なものばかりな上に3日もすれば言うことが変わる…というような非常に厄介なものだったため、そこで非常に苦労させられたようだ。更にはテレビ用の時間指定という現実的な要素も絡み、最終的にはストップウォッチを持ってレコーディングする羽目になったという。
 なお、年表には没になった英語バージョンもあるらしいという少し気になる記述も。

 なお2020年現在、ドラマ本編の映像が(パワハラ問題で何かと話題の)アップリンクのyoutubeアカウントにて公式にアップロードされているため、映像を視聴することができる。

 シングルに収録されたバージョンとアルバム『KING MASTER GEORGE』に収録されたバージョンは全体のミックスと一部の箇所のアレンジに違いがあるほか、ボーカルが完全に別テイクで、特にシングルバージョンは一番のサビの歌詞がまるっきり違うものになっている。
 youtubeで映像を確認するとオープニングでこの歌詞違いのサビがガッツリ流れるため、恐らくシングル盤の歌詞はドラマに合わせて用意されたものだろう。ちなみに私はこのドラマのサントラ盤を所持しており、こちらにも当然歌詞違いのシングルバージョンで収められている。
 ベスト盤では『1991-1994 singles&more』でのみこのバージョンを聴くことが出来る(下の埋め込みプレイヤーで聴けるのはこのシングルバージョン)。余談だが、ベスト盤『宇宙』にはシングルバージョンのアレンジでアルバムバージョンの歌詞を歌っている未発表バージョンが収録されている。

2. 「誰かを捜そう」 SHOKUDAS (フジテレビ、1993)

 年表にごく短い記述があるのみの、恐らくほとんど存在が知られていないであろうタイアップ案件。「90日間トテナム・パブ」に続き、こちらもJOCX-TV2の後継となるJOCX MIDNIGHT+枠で放映された深夜番組。

 この「SHOKUDAS」は求人番組誰かを捜そう=求人というあまりにも清々しい「そのまんま」具合に苦笑(※もちろん「誰かを捜そう」が求人ソングというわけではない)。

 番組内容についてはインターネット上にも情報が殆ど無いため、完全な実態はよくわからないが、ネット上にある情報を総合すると、小俣雅子が司会かナレーションで出演小俣雅子の所属事務所アップフロントに掲載されているプロフィールにも活動実績として出演歴が記述)、また爆笑問題の太田光や本間しげるといった芸人たちが出演していたらしい。小俣雅子のプロフィールの記述によると放送期間は半年。
 内容について最も詳しくわかるのが以下の二つの記述。

テレビ番組で求人の紹介をしてしまおうというある意味すごいコンセプトの番組.なんでこの時期にやる必要があったのかよくわからない.けど…今の不況下でやったらたぶん高視聴率かも(笑)
中小企業からの求人が多かったように思います.工場で働いている社長さんが笑顔で「うちの会社で働かない?」みたいなことを言っていた記憶があります.
異色の番組だよなぁ…

(出展:http://kamya.net/mid/cx1993.html

様々な職業を募集し、番組を通して就職を斡旋する、という求人番組。左官業や霊柩車の屋根の飾り職人など、職人系が多かったような気がする。
現場リポーターとして、爆笑問題の太田光が出演していた。

(出展:http://midtv.fc2web.com/1993-94.htm

 …私は年表の記述から「DODA」「B-ing」のテレビ版…といった趣のミニ番組を想像していたのだけれど、どうも深夜番組黄金時代のフジテレビらしい、なかなかチャレンジングな番組だったようで。

 また番組タイトルについても、以上で文章を引用したHPの中に「職ダス」という表記が記述されていたり、「~転職のススメ~」という副題を記述しているブログ記事があったりとかなり錯綜している。

 それにしても番組内で楽曲はどのように使用されていたのだろう?
 先程引用した二つの証言含め、どの視聴者の証言にも楽曲に触れたものが存在しないため、もしかしたらノンクレジットで流れたのだろうか…とも思うがそれ以前に情報が少なすぎてそうした推測ですら困難な状態である。
 年表の記述によるとエンディングテーマだったらしいが、それも信頼してよい情報なのかよくわからない。

 またアルバム『KING MASTER GEORGE』のリリースが92年10月、番組開始が93年4月明らかに大きく時期がズレているのもちょっと不思議だ。音源リリースから半年も間が開いているのにシングルカットなどの対処は一切無かったのか…。たまたま番組コンセプトに引っ掛けられるタイトル・サビの曲があったから使われただけなのだろうか?

 同時期に放映されていた人気番組「音効さん」や「上品ドライバー」等は2000年代の一時期フジテレビ721(現フジテレビTWO)で再放送されていたりしたのだが、この番組に関しては先ほどの証言を見るに恐らく連絡の付かない一般の方が多く出演していると思われ、再放送はほぼ絶望的ではないだろうか。

3. 「いなごが飛んでる」「Walkin'」 わんわんバラエティ スターはポチだ!(フジテレビ、1992)

 なんだこの番組タイトル。フィッシュマンズ初の…というか、もしかしたら最初で最後のゴールデンタイムのバラエティ番組でのタイアップである。金曜日の19時台に放映されていた30分番組。

 この番組もネット上には情報が少ないが、「SHOKUDAS」ほどではない。ゴールデン枠の番組だけあってちゃんとWikipediaにも記事が存在している。
 気になる内容は…犬を飼っている芸能人や一般視聴者が出演し、犬と協力して何らかのゲームに挑戦?し、互いの?絆を?競う?…というような番組だったようだ。wikipediaには番組内でやっていたゲームの例として「柱に括られている飼い主を犬が助けるゲーム」なるものが挙げられている。何も想像できない。
 当時のフジテレビ金曜19時台は「苦難の枠」だったらしく、多くの番組が半年かそれ以下で終わっているが、何故かこの番組は一年近く続いている。93年の三が日には新春拡大スペシャルまで放映されたらしい。視聴者参加型という形式、更に愛犬家という特定の層にリーチした結果だろうか。
 なお番組内容の特性上、ネット上には僅かだが「この番組に出演した」という内容の記述がいくつか残っている(一般の方のブログやツイートなのでリンクは張りません)。

 視聴者参加型という一般の方々が多数出演している内容…という以前にこの番組には大きな問題があり、司会を担当しているのが”ますます世間をお騒がせ”な田代まさしと現在はほぼ消息不明の鷲見利恵なのだ。今となっては再放送はおろか、番組の映像を見ることすら難しいだろう。

 そんな謎めいた番組でフィッシュマンズはオープニングテーマとエンディングテーマの両方を担当するという、これまた謎めいた好待遇を受けている。オープニングテーマに91年の楽曲「いなごが飛んでる」、そしてエンディングテーマに「Walkin'」が使用された。年表の記述によると92年12月から93年3月の期間で使用されたらしい(※番組の放映開始は92年10月、放映終了は93年9月。他のクールで使用されていた楽曲・歌手などについては全く情報が無く一切不明)。
 なおオープニングテーマに使用された「いなごが飛んでる」については、91年にシングルカットされた際に制作された「東京タワー・ミックス」が「Walkin'」のシングル盤に再録されていることから、番組内でも同バージョンが使用されたのではないかと思われる。

 しかし…この「Walkin'」と番組の関係もかなり謎めいている。

 アレンジはHAKASEのオルガンがポップな雰囲気を醸し出すキャッチーなものであり、更にイントロから一番サビ終わりまでのワンコーラス(駄洒落ではない)が90秒以内に収まっているので、一応タイアップを意識した曲作りは成されていた雰囲気がある。
 またシングル盤のジャケット犬のイラストが堂々と掲げられ、裏ジャケットは犬をかたどった顔ハメパネルからメンバーが顔を覗かせるコミカルな写真が使われている。恐らくフィッシュマンズ唯一の完全タイアップ対応なアートワークなのだ(デザインは恐らく木村豊。余談ながら裏ジャケットには『Neo Yankees Holiday』にも使われている「空に浮かぶギター」のコラージュが使われており、「Walkin'」が同アルバムの先行シングルであることもささやかに主張されている)。

 しかし、じゃあ「100ミリちょっとの」のように、完全タイアップ対応で製作されたのかというと…?
 というのもフィッシュマンズの他の曲の歌詞にはよく登場する犬が、何故かこの曲には一切登場しないのだ。いくらでも犬が登場する余地はありそうな歌詞なのだが、頑ななまでに登場しない。
 一応歌詞の主人公は「二人」と書いてあるものの、相手がどういう存在なのかという記述がないため、拡大解釈して犬と飼い主のストーリーとして読むことも…と言いたいところだが、1番のサビでは駅前の店で笑っているし、2番のサビではコーラを飲みながら通行人に指を差して文句を言っているし、挙句3番では深夜の石段に座ってビールを20本飲み出してしまうのだ。流石に犬を連れた人間が一人でこんなことやっていたら変人も良いところ(そもそも曲中の節々で歌われている現在時刻を追うとこの「二人」は半日近く外出しているし…)なので、その解釈も潰されてしまう。
 …というか今更言うまでもないが、番組の内容と歌詞が全く合っていない。

 番組と曲の関係を調べていくうちに漂うもやもやとした気持ちにトドメを刺すのが、年表に記載されている、このタイアップについての佐藤の感想。

「今思うとバカバカしい。」

 シングル盤としてこの曲がリリースされたのが、番組内で使用が開始された92年12月から約2ヵ月経った93年2月、よりによって番組での使用期間の終わり際なのも地味に不可解だ。12月中はクリスマス商戦を避けてリリースしなかったのかもしれないが、だとしても番組内での使用開始から1ヵ月経過し、なおかつ新春スペシャルを経てそこからも番組で2か月ほど使用され続ける1月中にリリースした方が良かった気がするのだが…。

 いろいろ書いてきたが、「Walkin'」はフィッシュマンズのポップな側面における才能が炸裂したかなりの名曲で、ファンの間でも人気があり、個人的にも大好きな曲の一つ。しかしシングル曲でありながら、ベスト収録は何故か『1991-1994 singles&more』のみ。2018年にリリースされた、メディア・レモラス時代の楽曲をコンパイルしたアナログ盤『Blue Summer~Selected Tracks 1991-1995~』でもこの曲はセレクトから漏れている。もうちょっとベスト盤や編集盤に拾われても良かった曲だと思うんだけどな…。

4. 「ずっと前」 糸井重里のバス釣りNo.1 (任天堂:ゲームソフトCM、1997?)

 年表にも記述がなく、今回ネット上で色々調べていて初めて存在を知った案件。何これ!?

 youtubeに動画がアップロードされていた。

 ファンシーな雰囲気のアニメの裏で空中キャンプ期のサウンドがガンガンに流れているというかなり混沌としたCMである。「うた:フィッシュマンズ」とはっきり表記されているのもなんだか貴重。どうやら一部ではかなり有名な案件だったようで、私の不勉強と無知を実感した次第。

 もちろん「釣り=魚=フィッシュマンズ」という洒落もあるだろうが、それ以上にゲームのプロデューサーの糸井重里がフィッシュマンズのファンだったことが一番の起用理由だろう。
 しかし『空中キャンプ』収録曲にCMタイアップがあったとは…。

 それにしても、今更ながらフィッシュマンズのタイアップ案件は情報が少ない(勿論ローカル局で流れたCMでノンクレジットで使用されたとか、テレビ番組のBGMとして何かのイントロがチラッと使われていたとか、そういったものはバンド側もタイアップとして認識していなさそうなので今回の記事では一切取り上げていないという事情はあるにしろ、それにしたって、である)のだけれど、こういったケースの存在を知ると、それは単に「情報が少ない」だけで、特にポリドール期のタイアップは他にも存在しているのではないかと思うのだが…実際のところはどうなんだろう。

5. 「MAGIC LOVE」 COUNT DOWN TV(TBS、1997)

 有名音楽ランキング番組のエンディングテーマに起用。
 これも手元の年表には記述が無いが、かなり有名なタイアップ案件なので私もどこかで知っていた。通販サイト等にあるシングル及びアルバム『宇宙 日本 世田谷』についての説明文でも、この曲が同番組のエンディングテーマとして起用されたことが記述されているのが確認できる
 恐らくタイアップの話は楽曲完成後に来たのではないだろうか。

 CDTVはオープニングテーマ・エンディングテーマを1ヵ月単位で変更していた時期と2ヵ月単位で変更していた時期があり、この曲が流れていた時期は後者(ほかにもオープニングテーマのみ数か月変わらないなどの変則的な時期もあり)。1997年の7月から同年8月の期間、エンディングテーマとして使用されていた。
 CDTVのエンディングはスタッフクレジットと星占いの背景でPVが流れるという構成になっている(今もこの構成かは随分とCDTVを見ていないので分からない)。そこで毎週「MAGIC LOVE」のPVが流れていた、という形。

 …の筈なのだが。
 実は、CDTVのエンディングで流れていたのはPV集『THREE BIRDS & MORE FEELINGS』に収録されているPVとは全く別の映像だったらしい。私は放映の様子を実際に見たことが無く、またネット上にも映像は存在しないのでどのような映像かは分からない。そしてCDTVで放映されたバージョンのビデオは今日までソフト化されていない。

 近年になって、ポリドール期に制作されたフィッシュマンズのPVの殆どを手掛けていた映像作家、川村ケンスケがwebメディア「cinra」のインタビューで、その裏にあった複雑な経緯を明かしている。

―“ナイトクルージング”以降、川村さんはずっとフィッシュマンズのビデオを手掛けられていますが、どのビデオが印象深いですか?

 川村:“MAGIC LOVE”(1997年)は『COUNT DOWN TV』(TBS系列)のエンディングテーマに使われたこともあって、最初ポリドールの人から「TBSのスタッフに撮らせたいんです」って言われたんです。そのときは「わかりました」って言ったんですけど、だんだん腹立ってきて(笑)。

その前に撮った“SEASON”(1996年)はいいビデオができたと思って、自分的には達成感もあったのに、その次のビデオでそんなこと言われてホント頭にきて……なにかやってやりたいと思ったから、勝手に撮ることにしたんです。

―勝手に、ですか?(笑)

川村:レコード屋の店頭で流すコメント動画を撮る機会があったときに、「今から“MAGIC LOVE”のビデオを撮りに行きます」って言って。メンバーは「え?」って感じだったけど、2~3時間でバーッと撮って。で、これは今でもよく覚えてるんだけど、まあ、もう時効ということで……たしか小野正利さん……メルダックというレコード会社のアーティストの仕事で、編集室で彼の音楽ビデオを作った後に、朝までかかって“MAGIC LOVE”を「勝手に」編集したんです。

初めの気持ち通り、あまりにも悔しかったから、最後に手書きのポリドールのマークを入れたりしてね(笑)。それをポリドールに持っていって、「どちらを使うかはあなた次第です」って渡したら、結局僕が作ったものが正式なビデオになって、『THREE BIRDS & MORE FEELINGS』にも収録されているんですよ。

―すごい話ですね……。

川村:ただ結果的に、TBSスタッフが作ったバージョンは『COUNT DOWN TV』だけで流れていたから、「幻のバージョン」みたいになって、価値が上がっちゃったんだよね。ホントは逆になる予定だったんだけど、そこは読み違えたなって(笑)。

(出展:「CINRA - フィッシュマンズと90年代を、映像作家・川村ケンスケが振り返る」https://www.cinra.net/interview/201702-kawamurakensuke 文中太字協調は筆者によるもの)

 社会的にはバブルが崩壊した後も、暫くのあいだ長すぎるバブルの中にあった当時の音楽界の自由な空気を象徴するようなエピソードである。

(文中敬称略)