負け犬のなりたち。バブル入社した頃。

30年前のいま頃、君は調子に乗っていた。チョーシこいてた、って表現のほうが正しいかも。


ロクに大学に行かないで深夜トラックを運転してコンビニに牛乳を配送するバイトばっかして、たまに大学に行っても授業はほぼ居眠り。そんな生活してたくせに運とバブルのおかげで東京の広告代理店に内定もらって、同じ大学に通うそこそこ目立つカノジョと連日のように渋谷やら中目やら麻布やらフラフラしてカフェバー行って酒飲んで。

そのまま夜はカノジョの部屋にお泊りするか、バイトがある日は25時に出勤してトラック運転のバイト。まだ酒残ってるだろ。

なまじ小銭は持ってるからって新車で買った三菱ギャランを夜な夜な乗り回して、バイト終わりにカノジョの家に行って、いいともが終わる頃グダグダ起きてごきげんよう見て、夕方になったら小洒落た焼き鳥屋に常連顔して繰り出して。


焼き鳥屋の大将やバーのマスターが、君のことを「かっこいい学生」として一目置いてると思ってるのか。

4月からの会社生活が上々だと高を括ってるのか。

カノジョが本気で君に惚れてるとでも思っているのか。


ダサい。

クソダサい。

クソダサすぎてゲロ吐きそう。


君のファッションってMen'sNON-NOの丸パクリだよな。しかもDCブランドじゃなくて新宿河野ビルの安いブティックとか、渋谷と原宿の間の明治通り沿いにあったDCブランドをパクったヘンテコなショップで買った、首まわりのチクチクする縫い合わせと生地の悪い貧相なニットとか、貧相でほつれやすそうな服ばっか。

君が飲み屋やカフェバーでしゃべってることって、村上龍とか村上春樹とか落合信彦とか沢木耕太郎とか中谷彰宏とかスキゾパラノとか、なんかどっかで聞いたことあるのをそれらしく繋ぎ合わせて、さも自分の言葉で語ったかのように言ってるだけだよな。そもそもバーに行くのだって、小説の主人公の猿真似だろ。全部バレてるよ。連れにも、お店のヒトにも。

あと三菱ギャラン。ケチってVR4じゃないんだよな。それなのにリアウィング付けるあたり、見栄のはりかたが超小物級。


これから6月にかけて、君に起こる事実を書く。


3月。大学時代を通じて仲良くしてくれていたひとりの友達に絶縁される。理由は簡単。思い上がった君の態度や言動にガマンできなくなったんだよ、友達が。ちなみにそいつは、10数年後くらいからたまにメディアに顔を出すような文化人っぽい活動をしている。

4月。鼻高々で意気揚々と入社した広告代理店での君の配属先は、事務方の倉庫整理みたいな部署だ。30人近くいる君の同期のほとんどが、名前を聞けばわかるような大企業を担当する営業や、局担(テレビラジオなど放送局の仕入れ窓口になる代理店担当者)、マーケティングなどの華やかな部署に配属されている。ダブルのスーツを着た少年隊みたいな髪型の先輩に連れられた同期たちが、「今日はポスター撮影の立ち会いでスタジオ入り浸りー」とか「収録のゲストがキーチャンとラモスでさー意外に華奢ー」とか「局アナの〇〇と雑誌タイアップの打ち合わせが20時からでマジカンベンーしかも化粧厚かったー」みたいな配属マウント仕掛けられて、「おまえら救いようのないミーハーだねー」なんて余裕なフリして返すけど、内心クッソイラついて嫉妬でもんどり打つような毎日を過ごす。感情が暴発して会社の10階のトイレのドアを革靴で蹴って穴を開けといて知らんぷりしたりする。それでも朝起きたら入社に備えて新調したメンズニコルのスーツを着て、倉庫整理のために出勤する毎日が始まる。

5月。GW明け。思い描いた会社生活とのギャップにもがき苦しんでいるその最中に、カノジョから別れ話をされる。少しの間だけ距離を置きたいの。自分が何者かひとりになって考えたい。うそつけ、と思う。まてよ、でもホントかも。話し合いじゃない。一方的。それまで普通に入れてくれていた部屋には通してくれない。やっぱうそか。ファミレスとかヒトに聞こえるところがイヤだから、別れ話を聞かされるのに、わざわざギャランでカノジョを迎えに行く。もう夜中なのに。明日も出勤なのに。

初台から首都高に乗って、国立競技場から赤坂、首都高C7(だっけ?)都心環状線に乗って一周して帰ってきて新宿で降りるまでの約1時間、頭のなかグワングワンしてなにも憶えてない。カノジョの言葉が耳に入ってこない。思い浮かぶのは、高いスーツを着て倉庫整理をする自分を横目に派手な取引先ときらびやかな毎日(のように見えてた)を過ごしている同期、臭くて暑くて長い1時間の満員電車通勤、盲目的に入った生命保険と財形のせいで意外と少なくてあっという間になくなった初任給、こんなとき愚痴を聞いてくれるはずなのに失ってしまった友達、ギャランを運転しながらカノジョにフラレている自分、そしてカノジョを努めて冷静に部屋に送り届けるまで必死に唇を結び舌を歯に強く押し付けている自分。

だが堪えられなくなった君は、別れ際のカノジョの目の前であっけなく号泣する。せっかく人目を避けてクルマにしたのに、あろうことかクルマを降りてからカノジョの部屋までの数分間がガマンできず泣き喚く。クソダサい。そして目を腫らし耳まで真っ赤になりながら、なんの担保も生産性もない自己満なキモい台詞「もしお互い30過ぎても独身だったら必ず迎えになんちゃらかんちゃら」を臆面もなく吐き出す。

6月。知り合いから元カノの目撃談を聞く。目撃現場は、君の会社の同期の男のワンルームマンション。そういえば一度、調子こいて紹介して一緒に飲んだね。同期の中で一番早いはじめての有給休暇を取る。


君の社会人生活はこうして始まる。

安物のジェットコースタームービーみたいな落ちぶれ方だ。

でもこんなの大したことじゃない。巷によくある話。

問題はこのあとのメンタリティ。


君はこの出来事のすべてを会社と元カノのせいにした。自分のふるまいや行いを1mmも省みることなく、ただただ逃げて、自分で自分に都合の良い言い訳を作りはじめた。

元カノの記憶が染みついたクルマなんて乗ってられるか、と、リセールバリューも考えず二束三文でギャランを手放した。

持っていた服をほぼぜんぶ捨てて、新しい服を買い込んだ。

ジョージ・ハリスンとかブライアン・フェリーとか、フラられたのにカッコいい外タレの情報を集めて読み込んで、その振る舞いを真似てギターだの洋酒だの葉巻だのを買ってみた。ロクに気も紛れないうえに、ぜんぶ飽きてすぐやめるのに。

そしてこのあとどうすべきかを深く考えることなく、行動や人間性をまったくあらためることがなかった君は、このあと倉庫整理の部署で5年間も過ごすことになる。その間に君の同期は、着実に渉外職としてのキャリアを積み、得意先や媒体社からの人望を獲得し、ひとりで担当業務をこなせるようになっていく。人事部の目は決して節穴ではない。


ヒトが自分に見せる姿や態度は、自分自身の鏡だ。なにか少しでも引っかかることがあったら、まずは自分の胸に手を当ててよく考えてみろ。相手の立場に立って物事を考える癖をつけるんだ。順風満帆なときほど、些細な表情や感情の変化に敏感になれ。さもなくば浅はかな君の人間性はいとも簡単に見抜かれ、都合よく利用される。いつか誰かが自分のいいところを見つけてくれるなんてことはあり得ない、幻想か妄想だ。懸命に努力したのにうまくいかないことがあっても、浪費で発散するのはよせ。自らの身を削り自らの血を流すうえになにも解決しない、一番ダメな気分転換方法が浪費だ。


そして。


女にフラレてもゼッタイに泣くな(笑)


ゼッタイに、だ。




(この話が誰かの役に立ちますように)



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