バットマンを聴き直す(The Arms of OrionのB面へ脱線)
アルバム『Batman』を聴き直し始めたら、“The Arms of Orion”のシングルB面曲が“I Love U in Me”だと気づいてしまい、聴かないわけにはいきません。私はシングル(1989年10月16日リリース)を買っていませんでしたが、『ザ・ヒッツ&Bサイド・コレクション』(1993年9月14日リリース)でこの曲を聴いていました。
でも、シングルのA面とB面の組み合わせとして聴いていないので、再確認しなければなりません。シーナ・イーストンと作った星空がテーマの清らかなデュエット曲である“The Arms of Orion”のB面に、コーラスも美しいバラードなのに歌詞は非常にエロい“I Love U in Me”。なんという取り合わせ。シングルもしっかり買っていた熱心なファンの方はリアルタイムでこの衝撃をくらっていたのです。
もう一つ確認しておかなければならないのは、“I Love U in Me”は、シングル“Insatiable”(1991年11月4日リリース)のB面ともなっていたことです。2つのシングルでB面になる曲というのは珍しいケースのようです。今回は“Insatiable”のことまで考えられないので、この2曲の組み合わせの聴き直しは今後の楽しみとします。
ミューズとバラード
“I Love U in Me”は、楽器はたぶんキーボードのみで、それも雨上がり風なオルゴール的な静かな音なので、かなりアカペラに近いです。表情豊かながらも落ち着いたヴォーカルにコーラスが入ると“For You”のような美しさになるバラードです。シャウトもありません。歌詞を考えなければ女の子がうっとりと心奪われてしまう曲です。
しかし歌詞を読むと、タイトルからして不穏な空気が漂いますが、想像通りの状況になっていて、さらにパワフルに愛を深める内容でした。頭がバグります。
90年代に『ザ・ヒッツ&Bサイド・コレクション』を聴いていた当時、ライナーで歌詞を少なくとも斜め読みで見たとは思うのですが、まったく記憶から消えていました。きっと、あまりにも曲と合わないので、無視してしまったのかと思います。わがままな聴き方をしていました。
ロマンチックなバラードに「手術(Surgery)」という言葉が入るセンスは、シーナ・イーストンの“Sugar Walls”にも通じそうです。Zachさんの“Sugar Walls”のブログを読むと、プリンスはシーナ・イーストンが大好きだったんだなぁと思います。
さらに歌詞を見ていきますと、Verse 2の一番エロいところでは、『ザ・ヒッツ&Bサイド・コレクション』の歌詞と、現在ググって出てくる歌詞とで異なる部分があります。
今の時代、すぐに歌詞を調べられますが、1993年ですと情報も少なかったでしょうし、何かのアルバムのライナーノーツで、プリンス側からなかなか歌詞などの情報提供がない事情を読んだこともあります。とすると、文字起こししていたのかもしれませんので、大変な苦労だったはずです。(日本語版シングルの歌詞カードの有無は未確認です)
「この世のどんな男も続いてほしいと願うことすらできない/マイ・ベイビーがシフトダウンして動作のスピードを上げ始めたら」と、意味が少し違います。続くという希望を持つことすら許されないほど容赦ありません。この最後の部分(starts )のプリンスのヴォーカルを聴くと、加速されたとたん秒殺される完全敗北感がストレートに伝わります(個人的な妄想)。
この歌のミューズはとても太刀打ちできる相手ではありません。そこから妄想してしまうのは、“Darling Nikki”です。他の曲にも君臨するタイプのミューズが登場するかもしれませんが、“I Love U in Me”のミューズも同じように手強く、私はヴァニティを思い浮かべてしまいます。
A面からはシーナ・イーストン(“Insatiable”を考えればマイテ)が連想され、“I Love U in Me”の録音時期(1989年夏から秋)を考えると、『Scandalous!』(The Scandalous Sex Suit)をまとめていたことからキム・ベイシンガー、未発表のアルバムの曲の制作をしていたジル・ジョーンズもいましたし、いつものことかもしれませんが、女性関係は大渋滞です。どういうインスピレーションからこのような曲が生まれてくるのでしょう。
さらに、後にアンディ・アロがこの曲をカバーしています。歌詞は「starts talking fast」をはじめ何箇所かで書き換えられやや抑えられています。アレンジも素敵ですし、男女を入れ替えても成り立つところも素敵です。
Oui Can Luv / Andy Allo ('15)
回顧録『The Beautiful Ones』でダン・パイペンブリングがプリンスの言葉として書いていたのが、こちらの引用です。“いいバラードとは常にメイク・ラブしたい気分にさせるものだ”という言葉にぴったりな曲だと噛み締めています。
また歌詞にもどります。エロいエロいと書きましたが、「彼女は恥ずかしがらない 彼女はあまりにもくそ自由だから」というところに、この曲のミューズの強さがあると思います。「くそ自由」はひどいですが、「とてつもなく自由」とでも言えばいいでしょうか。
自由はプリンスの大事なテーマですが、バラードでも、たとえば“When 2 R In Love”で自由について歌っているのを思い出しました。二人の愛に「禁じられていることはない、タブーはない」と歌われます。二人の世界は、何にも縛られないという自由。
“I Love U in Me”の「彼女はdamn free」の場合、自由だと言っているのは、ミューズの性質(性格)のことです。アンディ・アロも、「I'm so free」と歌っています。自由だから(エロくても)赤面しない、という読み方もできますが、自分のしたいように行動するミューズの強さが感じられます。それに比べて、プリンスは何もできずにいて、手術のようだなんて、なんとも受け身です。他のバラードには、がんがん攻めて相手をひきずりこむような強気なプリンスがよくいますが、“I Love U in Me”は違うなと感じます。
繰り返しますが、私は“I Love U in Me”のミューズはヴァニティだと思い込んでしまっています。でも、他にもたくさん芯の強い女性たちが当てはまると思います。
雷雨と納屋(バーン)
ところで、“I Love U in Me”には、雷雨が出てきます。
雷雨は“Raspberry Beret”にも描かれています。“Raspberry Beret”のVerse 3は雷鳴と雨とバーン(納屋)でのメイク・ラブです。それは、映画『パープル・レイン』で撮影されたもののカットされたバーンのシーンをもとにしているとWDPDTW読書会で聞きましたし、Tudahlさんの本にも書いてありました。映画のトレーラーには、バーンにたたずむアポロニアが映りますし、本編の“When Doves Cry”が流れるときの回想的な映像コラージュの中には干し草の上で抱き合う二人がちらりと映ります。幻のシーンですが、重要なものだったはずです。
“Raspberry Beret”のバーンの歌詞は印象できですし、PVでもアニメーションで描かれています。
屋根に打ちつける雨と稲妻と雷鳴の中、初めてのメイク・ラブをして、素敵な女の子が相手で僕は最高だよという内容です(冷静にまとめると恥ずかしいですが)。
“I Love U in Me”の冒頭は「彼女はドレスを脱ぎ/僕は覗き見した/雷雨がかくれんぼをしている間に」。これからメイク・ラブする二人なのに、どうして覗き見なのか不思議に思っていました。でも「雷雨」で気づくべきでした。Verse 1では、この二人はまだ恋人同士でもなく、なぜか二人きりで雨宿りしているだけだったのです。そうすると、唐突に服を脱ぐのも覗き見も意味をなします。“I Love U in Me”も初めてのメイク・ラブであるところは、“Raspberry Beret”と一緒で、バーンかどうかは分かりませんが、同じ設定でした!
おそらく雷雨で服が濡れ、雨宿りして、濡れた服を脱ぎ、急接近してメイク・ラブという設定は、恋人同士ではなかった二人が初メイク・ラブをするのに非常に都合のよい設定だったことにやっと気づきました。バラードに聴き入っていて、ベタな設定に気づきませんでした。プリンスはこれを気に入っていたのですね。
キスをお願いしたら、7個のキスをくれた(お願いした以上に積極的なキス)というのも、プリンスのほうがシャイで、なんとも初々しい描写です。
会えない二人が歌う運命の愛が“The Arms of Orion”で、初めて愛が成就した喜びを歌うのが“I Love U in Me”。すごい組み合わせです。