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神さまだった。④

※今回の内容、なかなかヘビーなので
若干閲覧注意です。

そして、当時のギリギリな
精神状態を綴っているだけで、
今現在わたしは全く持って元気です◎

なんせもう十年近く前の話なので!
当時は、そういう心境だった、ということを
ご了承いただいてお読みいただけますように…
なにとぞ!


ではでは、昨日の続き。
はじまりはじまり…







「もしもし」


 

心拍数が飛び跳ねた。


声。誰。


ばあちゃんじゃない。

話してみると、やはり違います、
知らない、との事だった。
まったく知らない人。赤の他人。


清々した。
あっけない。幕切れ。

これで終わりだ。
終わった。


とは言え、内心ホッとしていた。

そもそも電話をかけるのだって
散々ごねて、無理だ、嫌だ、と
何十分と格闘して
やっとかけることができたのだった。

しかしだ、彼は

じゃあ、区役所に行けばわかるんじゃない!

と。

なんで……………………
諦めない………………


どういうプラス思考……………


そこでも、ひと揉め。


自分でも、訳がわからなくなってくる。

ばあちゃんに会いたいような
やっぱり、もう一切関わりたくないような。

まだ認めるには難しい
やわらかい、あたたかい気持ち

とっくに自分で息の根を止めたつもりだった
懐かしさを、きつく握りしめるように
押し潰すしかなかった。


その、押しつぶした怒りを彼にぶつけた。
わたしの気持ちなんか
なんにもわかっちゃいない、と。

しかし、パートナー、折れない。

絶対、絶対会わなきゃ後悔するから。

さくらのために
絶対会ったほうが良いから、と
全く折れる気配なし。

わたしもわたしで
どうにか必死で抵抗した。

もういい。
会いたくもない。
死んでいても関係ないから、と。

こちらはグラグラ。折れそう。

会いたくないけど会いたいけど
酷い態度を受けてもいい覚悟が決まらないけど

確かに会いに行ったほうが正解な気がするけど 

わたしのこの拒絶感も現に爆発していて
不正解ではないはずだけど。

けどけどけどけど。


しかし…パートナー、折れません。


折れないんだ。これが。


負けた。

結局負けた。行った。区役所。


浅草のうんこビルのすぐ横の。 


すみません、本当に。口が悪くて。


でも正式名称なのか、っていうくらい
地元では当然の共通言語なんです。
うんこビル。浅草の。

ね。
下町の人ならわかるでしょ。
うんこビル。

それ以外の名称で聞いたことがない。
きっと正式名称があるんでしょうけど。

見ればわかりますから。本当にそれなんで。
ググってください。うんこビル。

何回もうんこ、うんことか言ってすみません。


その、ビルの真横。

幼少期から馴染みのある施設…
何度も来た。区役所。

すごい久々だった。ここに来るのは。
遂に、来てしまった。連れてこられてしまった。


浅草。

ずっと、ずっと浅草も、荒川も。ぜんぶ。
下町が大嫌いだった。

ださい。汚い。
自分を見ているようで。

しかし、久々に来た、その下町そのものに
懐かしさを感じてホッとしている自分がいた。

同時に、異様な緊張感に張り詰めながら
区役所に足を踏み入れる。

今から

わたしたちは、
ばあちゃんの所在を、確かめる。

事前にネットで調べていった。

自分の戸籍を調べれば、
祖母の住所もわかるらしい、と。

祖母の自宅の電話番号が
変わっていたということは
おそらく、どこか施設に入ったとか、
引っ越しているはずだ。

戸籍を取るために申請する用紙に記入して
職員さんに、渡す。

職員さんが、お待たせしました、と
渡してくれた。

読む。

あれ?ばあちゃんが……



いない。
名前がない。


なるほど。
これは一親等だけのやつか。と。


その紙は

父、母、自分、弟、のみだった。


職員の方に、これよりも
詳細に祖母の事がわかるものを
お願いします、とお願いした。

すると、理解してくれて
また少し待ってから受け取った。


紙。




あ、ばあちゃんの名前。あった。


これだ。


ばあちゃんの名前が、そこにあった。


そして除籍、の文字が。





除籍。



除籍?




除籍って…




縁を切ったりすると
そういうことになるものなのかな…



戸籍、って
そういうものなのかな…



そういや、父も
除籍って書いてあったな…さっきの紙に。



職員の方に除籍って
どういう意味ですか?と聞くと
とても気まずそうに、たどたどしく答えてくれた。



除籍とは、戸籍に在籍していた人が、死亡、婚姻、離婚、転籍等の事由によりその戸籍から除かれること



なるほど……


わたしは物分かりが悪かった。

苗字が変わることなんか
今更無いだろうしな…。

施設とか入ると
そういうことあるのかな…。







いや。



いや。






ばあちゃん




ばあちゃん



ばあちゃん 


ビリヤードの玉のように
あちこちに思いがうろついたのちに
スッと収まった

収まってしまった。


やっと、受け止められた。



除籍の日付は、一年前だった。

一年前。

これが一番キツかった。えぐられた。


一年。



あと一年。



あと、一年、早かったら。




一年早く、わたしがこのわたしになれていたら。




もっと素直に生きていたら。


ばあちゃんのことが大好きだったことも、


自分にとって神さまだったことも、
思い出せなかったから


自分がバカ過ぎて

間に合わなかった。


ばあちゃんにもう会えない。


間に合わなかった。


ばあちゃんは死んだ、
ばあちゃん、死んじゃったんだ



やっと、その意味がわかった瞬間
わたしはその場に泣き崩れてしまった。

静かな区役所には相応しくない。
そんなことに気を配ることもできなかった。


こんな、今更。


ばあちゃんに
会いたかった自分を認めざるを得なかった。

馬鹿だ。わたしは本当に。
今更。何を今更。

ばあちゃん。

ばあちゃん。

ばあちゃん。

うまく歩けずに、呼吸が難しくなった背中を
彼にさすってもらいながら
何とかその場を後にした。

「ちょっと…遅かったね…」
と、だけ言ってくれた。

自分への情けなさ、悔しさや後悔
やるせなさ、憤り…

もう、いろいろが
どこにもぶつけようがなくて

ゴウゴウと嵐のように
泣く呼吸が溢れ出てきてしまって
自分が自分でないようだった。

その、自分でない自分らしきものを
全部彼に支えてもらいながら何とか歩けた。


父の死で
こんなに泣いたりしなかった。

世界中が敵になったような孤独感についても
こんな風に泣いたりはしなかった。


悲しくはなかった。
悲しさ、というもの、
悲しみ、がわからなかった。

悲しみ、ではなかった。
理不尽への怒りだった。 

悲しみを知らなかった。

すべてを焼き尽くすような。
凄まじく地鳴りのするような、怒りだった。

どいつもこいつも、と怒り震えていた。

その怒りは、
そんな事を思う愚かな自分にも
必ず向かっていた。

それが、

はじめて、ここで
こんなところで悲しみを迎えてしまった。

喪失感というものを
ここで一気に味わうことになってしまった。


ばあちゃんが、もういない。
 

お父さんも、もういない


ばあちゃん。お父さん。


ばあちゃん。お父さん。いない。


あんなにも
絶対に会いたくもなかった、ばあちゃん。


会えないとなると
優しくて、あったかかったばあちゃんばっかり。




おやき。


ばあちゃんの味。
ばあちゃんの手作り。

味噌で炒めた、なすが入っていた。
小麦粉を練った生地で包んだ
肉まんとか、ああいったような類の郷土料理。

別に特別珍しいものでもなく
素朴でありきたりなものだった。

お父さんが美味い美味いって
すごい嬉しそうに食べるから
わたしもそんな気がして喜んで食べていた。

ばあちゃんの疎開先だった
田舎ではこれがごちそうなんだぁ、って。

小麦粉を練るばあちゃんの手。
たまに、その生地が
ピッと飛んだままくっついてた手。

ふかふかしていて、やわらかい手。
かわいい手。

なんでもできる、強い手。
あったかい、ばあちゃんの手。




ある時、いつものように
自転車で、わたしだけ遊びに行った時のこと。
他の部屋にいたわたし。

さくら!と、名前を呼ばれた。
仄暗い廊下にいた。ばあちゃん。

何事かと近づいていくと
暗がりではい!と手渡してくれた。 
見ると、五千円だか一万円だか、
後退りするようなお札だった。

いつもよく見る緑っぽいお札じゃなくて。

わたしは「いやいやいやいや!」と遠慮した。
こどものくせに。

悪いよ、ばあちゃん、と。

その瞬間、いつも垂れ目のばあちゃんの
目がつり上がった。

「こういう時は、ありがとう、って受け取らなくちゃいけない!」

真剣だった。


この時だけだった、思い切り叱られたことは。

ありがとう、を教えてくれたばあちゃん。



ばあちゃん。

 




ばあちゃん。もういないんだ。



ばあちゃん、死んじゃった。

 


ばあちゃんは、もう死んじゃってた。



間に合わなかった。


 

馬鹿すぎる。



今更、ばあちゃんが溢れて来る。




優しかったばあちゃんだけが。



わたしはどこまで馬鹿なんだ。



一気に泣き過ぎて
フラついた足でエスカレーターを
やっと登り切ると頭がクラクラとしていた。

エントランスから外へ出たら
奇妙な程に開放的で青くて大きな空気と
やわらかく踊るような風が吹いている。

向かいには、太陽の光でキラキラ。

風の当たり方の角度に呼応して
隅田川が光って揺れていた。

はじめての事だった。
綺麗だと思えた。優しかった。

それまでは、
こんなきったないドブ川、と思っていたのに。
その日は、とても綺麗だった。

毎朝毎朝、高校に向かう電車から
見下ろす度に、
こんな町に生まれたくなかった、と
ぼんやり見つめていた隅田川。

汚い町。

わたしだって
母の生まれた渋谷がよかった。

わたしだって、渋谷で生まれていたら
わたしだって、きっと素敵な日々だったのに。
だから渋谷の高校を選んだ。

毎朝毎朝こんなシケた町から
一時間以上電車を乗り倒して。

渋谷がよかった。

こんな環境じゃなければ
こんな町じゃなければ
こんな家族じゃなければ
こんな自分じゃなければ

わたしがわたしでなくて
よかったかもしれないのに。

わたしがわたしでなかったら
きっとうまく生きられたかもしれないのに。

わたしがわたしでなかったら。

あの父母の元に生まれた人間でなければ
あの学校に通う人間でなければ
こんな醜い自分でなければ
あんな馬鹿みたいな
人間ばかりいる環境ではなければ


なんで生まれてきちゃって
生きなくちゃいけなくて
笑いたい時に笑っちゃいけなくて
泣きたい時に泣いちゃいけなくて 
怒りたい時に怒っちゃいけなくて
歌いたい時に歌っちゃいけなくて 

なんで今すぐ死んじゃいけないんだろう
なんで間違って生まれてきちゃったんだろう。


自分さえいなければ

わたしが産まれてこなかったら
すべての人にとって一番よかったのに。

産まれてさえこなければ。

そんな思いがどうしようもなく
常に、常に、脳内の大半を締めていた。

だけど、この日の隅田川は
いつもより煌めいて、澄んでいた。
それらの騒がしい思考も影を潜めてしまうほど。

そのままで美しく、静かだった。 

収まりつかない涙の
湧いてくるままにひとしきり泣かせてくれた。

そのすべてにパートナーが
ただただ、そばにいてくれた。

ひとりでは抱えきれなかった
あまりにも多くの痛みを
一緒にひとつひとつ触ってくれた。

そんなものは
抱えずに、捨てていい、と言ってくれる人だった。


区役所を出てすぐの堤防から臨む
隅田川そのままが
胸の奥まで流れ込んで

街を流れる都会の川特有の香りが
自分のこれまで全てを柔らかく撫でていくように
過ぎていった。

それまで、陸に上げられた魚のように
跳ねた呼吸が
痙攣しながらゆっくり静まっていくのを
もうひとりの自分が見守るようにして。



この日、浅草に来るまでは

ばあちゃんになんか
もう二度と会いたくなんかなかったのに。


今日、ここで所在を突き止めてしまえば
もう会えてしまうじゃないか、
どうしよう、なんて。

そう思いながら来たのに。

もう会えないんだ、ばあちゃんは
もういないんだ、とわかったら
頑丈に塞いであった本心が叫んだ。

本当は大好き。

ばあちゃんが大好き。
ずっと大好きだった。

ばあちゃんに会いたい。
ずっと会いたかった。

ばあちゃん。ばあちゃん。ばあちゃん。

ばあちゃんに会いたい。


幼くて恥ずかしいような
本音が激しく噴出してしまった。

必死で押さえつけていた分
それは強烈なエネルギーになっていた。

凄まじい憎しみが一気に溶けていったら、
残ったのは意外なほど素朴で、
ありきたりな愛情だった。

だけど、ばあちゃんは、もういない。

 


《続きます》


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