暗号資産その他NFT等のトークンの強制執行を再考する
1.はじめに
暗号資産の強制執行の論点については、これまで種々の議論がなされてきた。大要、暗号資産の保管場所ごとに場面を整理し、債務者が暗号資産交換業者に暗号資産を預託し保管している場合と、債務者自身のウォレットで暗号資産を保管している場合とに、整理され議論されている。
本稿では、今一度、それらの議論状況を整理したい。
また、本論点は既にかなり多くの先生方により論じられている。金融法務事情No2164号の42頁注釈1に主要な文献の大部分が列挙されており、本稿もそれらの文献を参照した。本稿では、理論的整理(や見解の整理)はそれらの素晴らしい論文に譲りつつ、主に、実務上のナレッジを中心に取り纏めたいと思う。
そもそも、どうしてこの議論が注目されているのか。それは、執行法的観点から、実効的な強制執行できない資産は重要な資産クラスになりえないとの考えが背景にあるものと思われる。例えば不動産、預貯金、株式、金をはじめとする動産などは堅牢な資産クラスとして認知されているが、いずれも共通して民事執行法上の強制執行が可能とされる。暗号資産がこのような資産クラスと肩を並べるには、少なくとも民事執行法上の強制執行ができることが必要な条件になる。その他にも、法律的観点で相続の場面などでの取扱いや、税務上の取扱いがクリアになることなどの条件は存在する。強制執行ができないということは、少なからず当該資産を隠れ蓑にできることを暗黙に許容した格好になっており、当該資産もまた「資産として不完全」のままだと言わざるを得ないと思われる。
2.債務者が暗号資産交換業者に暗号資産を預託し暗号資産交換業者のウォレットで保管している場合
まず、債務者が、自身が秘密鍵を管理するウォレットではなく、暗号資産交換業者に暗号資産を預託して保管する場合を想定する。この場合は、大要、利用者(債務者)の暗号資産交換業者に対する暗号資産の返還請求権を、債権者が差押える仕組みとなる。
ここで、第三債務者として想定される暗号資産交換業者は、基本的に資金決済法上の登録を受けた暗号資産交換業者である(金融庁のHPから閲覧可能である)。
債務者がどの業者で口座開設しているかあたりが付かない場合には、各社が公表している財務諸表上の顧客預かり資産残高の多さ、知名度、取扱い暗号資産の種類、登録年月日の古さ、各社が公表している顧客登録数といった各観点を総合的に考慮し、目ぼしい第三債務者を選択し、複数の場合には請求債権の割り付けを行う。かつてはみなし登録事業者も多数存在しており、第三債務者として選択することもできた。しかし、本稿時点では、みなし登録事業者は存在していない(日経「仮想通貨のみなし業者ゼロ 法施行から2年半で」)。
① 執行方法
利用者(債務者)は暗号資産交換業者に対して、その保管している暗号資産等(金銭も含む)に関し、売買、交換、両替、寄託等に関する契約に基づく暗号資産の返還請求権に準じた債権を有している、と理解されている。暗号資産は金銭債権でないため「その他の財産権」として債権執行の例による。
なお、利用者の交換業者に対する所有権に基づく物権的返還請求権は否定されている(東京地判平成27年8月5日マウントゴックス事件)。そのため、利用者の暗号資産交換業者に対する請求権を(債権とは別に)物権的に構成することは難しい。
② 差押対象の特定
このように差押対象は、「債務者と第三債務者との間の暗号資産等(金銭も含む)に関する、売買、交換、両替、寄託等に関する契約に基づく暗号資産等の返還請求権」と特定することが考えられる。各種論考において、差押債権目録の実例が詳細に解説されているため、それらを参照されたい(特に裁判官による論稿である、金融法務事情No2111号、同No2164号)。
この点、金銭返還を求める請求権を、暗号資産返還請求権とは別途、差押対象債権とする見解もある。しかしながら、これらを区分しない事例が圧倒的に多い。最高裁事務総局民事局による報告によれば、平成30年9月から令和3年1月までの全国の仮差押・差押発令事例40件のうち、あえて金銭の返還を求めた事例はわずか2件とされている(金融法務事情No2164号44頁)
③ 換価方法
暗号資産交換業者が利用者にかかる債権差押命令を受領した場合の対応方法は、資金決済法やガイドライン(「第三分冊:金融会社関係」のうち「16.仮想通貨交換業者関係」)で定めはない。暗号資産交換業者の対応は、各社の利用規約等の定め等に依拠しつつ個々別々に対応せざるを得ない。
もっとも、基本的には、次の換価手続きがとられている。まず、暗号資産返還請求権は金銭債権ではないため、暗号資産の形のまま取立ては困難とされる。国内の暗号資産交換業者の利用規約上、利用者に債権差押命令があった場合には、サービスの停止や登録取消の対応をとるものと規定してものが大多数である。そこで、暗号資産交換業者は一旦サービスの停止を行う措置と並行し、裁判所の命令に従って差押え時点の換価基準で金銭に換算し、債権者の取立に応じ支払いを行っている。
なお、理論上の話として、利用規約上で暗号資産のまま利用者に返還する債務を負っている場合には、暗号資産交換業者としては暗号資産を売却等行って金銭への換算ができないところ、暗号資産の取立てもできないとされるため、上記のような取立てもできないという、悩ましい論点もある。このような場合には、第三債務者たる暗号資産交換業者に対する売却命令(民執法167条、161条)の方法によるしかない。しかしながら、そもそも、登録済み暗号資産交換業者でそうした利用規約の定めをおいている事例は把握できていない(概ね、利用者が指定する預金等取扱金融機関へ振込み送金する方法で、「金銭を」返還することを規定している)。
④ 強制執行の実例
本類型の実例は、全国初で兵庫県警が、全国的には2例目で埼玉県警が、駐車違反金の滞納者が暗号資産交換業者に預けていた暗号資産請求権を差し押さえた。このように、本類型は、民間事業者が債権者の場合のみなならず行政当局が債権者となる場合でも一定程度は浸透しているようである。
筆者の印象であるが、金融法務事情No2164号44頁での最高裁の報告のとおり平成30年9月から令和3年1月までの全国の仮差押・差押発令事例はわずか40件とされており、実務上の市民権を得たとは言い難いように思われる。
➄ 補論 ~暗号資産交換業者における預託暗号資産を探知する方法~
まず、弁護士法23条の2に基づく弁護士会照会を行う方法はどうか。筆者が2020年の年末時点で登録済みる暗号資産交換業者を対象として、「債務名義(判決書・和解調書等)がなくても、債務者の口座の有無、残高などの情報につき、弁護士法23条照会に回答してもらえるか」問い合わせたことがある。当時の情報になるが、約半数が「可能」の回答であった(なお、現時点での対応は把握しておらず、異なりうることを申し添える)。
預金取扱金融機関から弁護士会照会に回答してもらうには、債務名義が確実に必要とされる実務運用の中で、新興の業界ともあって対応が確立していなかったものと思われる。
次いで、先般の改正民事執行法に基づき、債務名義を取得すれば金融機関が保有する預金情報の情報開示制度を用いることが可能になったが、このような第三者からの情報取得手続を用いることができるか(民事執行法207条1項、規則191条で「預貯金債権の存否、取扱店舗、預貯金債権の種別、口座番号、額。振替社債等の存否、銘柄、額又は数」が情報取得の対象になる)。しかし結論からいえば、預貯金差押えと同種のスキームであるものの、民事執行法207条の「銀行等」「振替機関等」に暗号資産交換業者が含まれない。そのため、第三債務者である暗号資産交換業者が保有する暗号資産(金銭)の保管情報について、民事執行法上の情報取得手続き行うこともできない。
3.債務者自身のウォレットで暗号資産を保持している場合
問題はこの類型である。
ウォレットは誰でもいつでも簡単に開設できる。そのため、債務者は、いわゆる「タンス暗号資産」として、暗号資産交換業者に預託することなく、自身のソフトウェアウォレットや、ハードウェアウォレットで保管することができる。このような保管対象を採用している債務者を想定した場合、暗号資産そのものを対象として強制執行を行えるのか。
暗号資産を保管する方法の種別については「仮想通貨交換業等に関する研究会」第9回における資料3説明資料(事務局)でも整理されているが、本類型は、同資料でいう①以外の②~④を念頭に置いている。
特に、②のソフトウェアウォレットとしては、拡張性に優れるメタマスクが最も一般的に用いられている。
本類型に関しては、暗号資産交換業者に預託する類型と併せて、初期段階からその強制執行の可否が議論されてきた。しかしながら、最近ではめっきりお目にかからなくなった。後述のとおり、差押えの実効性に乏しく実例報告がなされないことや、立法的解決に委ねるほかないとの結論が暗黙のコンセンサスとなっているように思われる。
① 執行方法
民事執行法は、不動産、動産、債権その他財産権、電子記録債権等の財産の種類によって、それぞれの執行方法を規定する。暗号資産は、その資金決済法上の定義上「電子機器その他の物に電子的方法により記録されている財産的価値」である。そのためこの場合も、「その他財産権」に対する強制執行に分類され、債権執行の例による。この場合暗号資産交換業者のような第三債務者が存在しないため、執行債務者である暗号資産保有者に対してのみ差押命令を送達し、到達した時点で差押の効力が生じる。
暗号資産は金銭ではないため、金銭(現金)に対する動産執行は用いることはできない。PCやUSBタイプのウォレットを差押えしたとしても(これ自体は動産差押可能である)、それによって差押の効力がデジタル上の暗号資産には及ばない。現行法上はこのような整理が限界であり、そうであるが故に、本類型における暗号資産の強制執行の実効性は、後述のとおり皆無に等しい。
② 差押対象の特定
暗号資産の種別を明らかにすれば足りる。各仮想通貨に関する基礎情報(取引単位、付加価値、発行状況、用いている技術、内在リスク、流通状況等)の詳細は、JVCEAの「取扱仮想通貨及び仮想通貨概要説明書」から閲覧することができる。
③ 換価方法
既に述べたように、暗号資産を対象とする取立てはできない。そのため、民事執行法上「取立が困難な場合であるとき」に該当することとなり、やむなく譲渡命令又は売却命令によることになる。
しかしながら、譲渡命令が発せられても、執行債務者たる暗号資産保有者が秘密鍵を差押債権者又は執行機関に教える協力をしないと、実際に差押債権者に対し譲渡ができない。また、売却命令が発せられた場合に執行官が売却を試みても、同様の問題が生じてしまう。
そうすると結局のところ、間接強制(要は、罰金)によらざるを得ないとされる。本類型における強制執行の実効性は非常に乏しく暗号資産が「事実上の執行不能財産」となってしまう場合があることは、厳然たる事実であろう。
④ 実例
実例報告としても、筆者が見聞きした限りでは、民官問わず本類型の事例には接したことが無い(もしご存知の方がいらっしゃれば情報提供頂けると幸いです)。
4.今後の議論の展開
このように、自身のウォレットで暗号資産を保持している場合などを念頭に、デジタル資産全般に対する執行の手続き整備が喫緊の課題である。現時点では、その動きは低調なものにとどまるが、早急に措置が必要であることは、各方面で指摘されてきた。
また、ファンジブルトークンたる暗号資産のみならず、主にアート作品やゲームアイテムのトークン化で注目を集めるNFT(ノンファンジブルトークン)でも、メタマスク等のプライベートウォレットを通じて保管されることが圧倒的に多い。しかしながら、NFTについても、事実上の執行不能財産であるものと考えられる。
伝統的なANAマイルカードのような電子マネーであれば、せいぜい数万円程度の問題であり、上記の論点にさほど焦点があたらなかったことも頷ける。ところが、暗号資産やNFTの場合には、相当な金額で保有・取引されることもあり、そうもいかないだろう。
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