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Ethereum - 分散型経済の基盤 -
序章:なぜ今、イーサリアムとクリプトを知るべきか
あなたが働く企業では、ここ数年で「DX(デジタルトランスフォーメーション)」が合言葉のように繰り返されてきたはずです。あらゆる部署で、データ分析やAI導入、クラウド移行が進められ、ビジネスプロセスのデジタル化・自動化が声高に叫ばれています。しかし、2020年代半ばを迎えようとする今、「デジタル化」そのものが新規性を失い、もはや当然視される段階に入りつつあります。そんななかで突如として、もう一つの技術的パラダイム――ブロックチェーンやイーサリアム、そしてクリプト(暗号資産)エコシステム――が、社内外で話題に上り始めていませんか?
これらは従来、「怪しい仮想通貨」「投機的なデジタルコイン」のイメージが強く、ビジネスに本格的に役立つものと考える人は少なかったかもしれません。特に大手企業のホワイトカラー層にとって、クリプトは「知っておいた方が良いかもしれないがよく分からない」「値動きが激しい投資対象程度の理解で十分」といった位置づけだったことでしょう。
しかし、2020年代中盤に差し掛かった今、状況は着実に変化しています。イーサリアムをはじめとするブロックチェーン技術は、単なる投機的な資産クラスを超え、国際金融システム、サプライチェーン管理、データセキュリティ、ユーザーエクスペリエンス革新といった広範な領域で、新たな価値を創造しつつあります。加えて、ポスト・トランプ再当選後の国際政治・経済環境は、さらなる不確実性と規制再編、地政学的リスクの顕在化をもたらし、それらに対応できる新たなツールやインフラストラクチャへの需要が高まっています。
たとえば、米国が新たな経済政策を打ち出し、中国や欧州が独自のデジタル通貨や厳格なデータ管理ルールを整備する中、グローバル企業はより分散的なインフラや国境を越えた取引手段を求めています。ここで注目されるのが、イーサリアムを基盤とした「分散型金融(DeFi)」、NFT、分散型ID(DID)、レイヤー2スケーリング技術、ステーブルコイン、そしてさまざまなトークン化された資産群です。これらは「インターネット上での価値交換」を、国や企業の思惑を超えて滑らかに実現する可能性を秘めています。
イーサリアムは、2022年に大規模なアップグレード「The Merge」を経て、消費エネルギーを大幅に削減し、Proof of Stake(PoS)ベースの持続可能なネットワークへと移行しました。さらに、2025年以降には、スケーラビリティやプライバシー、検閲耐性、プロトコル簡略化といった多方面の課題を解決しようとする新たなフェーズが進行中です。The Surge, The Scourge, The Vergeなど、一見暗号めいた名前が付けられたこれらの工程は、実際にはブロックチェーンを「より速く、より安く、より安全に、より公正に」使うための戦略的アップグレードを意味します。
もちろん、クリプトエコシステムにはリスクや懸念材料も存在します。規制強化は不可避であり、一部の国ではクリプト取引や資産管理が難しくなる可能性もある。セキュリティ上の脆弱性や、MEV(Maximal Extractable Value)によるバリデータやブロックビルダーの過剰利益、詐欺的プロジェクトも後を絶ちません。企業としてこの領域に関わるには、慎重なリスク評価とガバナンス体制が求められます。
しかし、冷静に考えてみてください。インターネットが登場した当初、「怪しい通信手段」や「おもちゃ」のように扱われていた時代がありました。それが今やグローバルビジネスの中核インフラとなっているのは周知の事実です。同様に、ブロックチェーンやイーサリアムが現在抱える課題は、長期的な技術進歩と社会実装を経て、徐々に解決へと向かう可能性があります。そして、その「解決」こそが新しいビジネスチャンスを生む契機となるかもしれません。
本書は、いわば「クリプトエコシステムへのコンパクトなガイド」として、あなたがこの新領域を理解し、有用なツールとして組み込む最初の一歩をサポートします。エンジニア向けの専門書ほど技術的な深みに潜り込むわけではありませんが、単なる「暗号資産の始め方」といった入門書以上に、ビジネス戦略や組織への影響、グローバル規模でのリスクマネジメント、そして中長期的な展望に踏み込んでいきます。
たとえば本書では、イーサリアムコミュニティがどのようにガバナンスを行い、どんな技術提案(EIP)がなぜ注目され、どのように合意形成されているのかといったテーマも扱います。また、TwitterなどのSNS上でリアルタイムに共有される最新情報や、開発者・研究者コミュニティの動向を参考に、時系列で主要なアップデートを振り返るコーナーも用意しました。これにより、クリプトエコシステムが「今、どの方向へ進んでいるのか」を俯瞰でき、最新知見をキャッチアップするための道しるべにもなるはずです。
さらに、NFTやDeFi、分散型ガバナンス、Layer2、ZK-Rollupsといったキーワードが、単なる流行り言葉ではなく、ビジネスモデル変革や顧客体験向上にどのようなインパクトを与えうるのかを考えていきます。企業の財務、経理、コンプライアンス、人材育成、サプライチェーンマネジメントなど、さまざまな部署・機能が、この新たな経済基盤から恩恵を得たり挑戦を受けたりする可能性があるのです。
「わからない」から「なんとなく知っている」へ、そして「戦略的に活用できる」段階へ。クリプトエコシステムを取り巻く情報は膨大で雑多ですが、本書はその中から主要な要素を抽出し、要領よく整理することで、あなたが迷わずに次のアクションを取るための知識ベースを提供したいと考えています。
激動する国際政治や規制環境、加速する技術革新、そして多様化するリスクとチャンス。イーサリアムやクリプトを理解することは、単なるテクノロジートレンドの把握に留まらず、これからのビジネスを方向付ける戦略的リテラシー獲得に他なりません。
この序章を皮切りに、次章以降では、暗号資産やブロックチェーン技術の基礎、イーサリアムの仕組み、過去から未来へ向かう技術的・社会的な進化、そして実ビジネスへの応用事例とリスク管理の視点をコンパクトにまとめていきます。本書の最後には、具体的な参考情報源や用語集、最新アップデートを確認するための「追記コーナー」も用意しますので、刊行後も継続的な知見アップデートが可能になるでしょう。
それでは、「なぜ今イーサリアムなのか」を理解し、クリプトエコシステムをビジネス資産として活用する知的旅への第一歩を踏み出していきましょう。
第1章:暗号資産・ブロックチェーンの基礎
1-1. ビットコイン登場の背景
2008年、リーマン・ショック後の混乱した金融市場において、従来の中央集権的な金融システムへの不信感が世界的に広がりました。その最中、サトシ・ナカモトと名乗る人物(またはグループ)が「ビットコイン(Bitcoin)」の論文を発表します。ここで提示されたのは、国家や中央銀行のような「中央管理者」を必要としない、新しい形のデジタルマネーでした。
ビジネス的な観点から見ると、ビットコインは「インターネット上で自由に価値を送受信できる仕組み」を確立した点が革新的でした。クレジットカード会社や銀行といった仲介業者なしに、直接かつ改ざん困難な決済が可能になるのです。これが、従来型金融業界へ問いかけたインパクトは計り知れません。グローバル化が進む企業活動において、仲介手数料や決済時間の問題は常にネックでした。その意味で、ビットコインは「新たな国際送金インフラ」の可能性を秘めていたわけです。
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