流動性提供の手数料発生のしくみ Part 2
Part 1 からの続きです。
Path Independence
価格変動による変化を確認
価格が変動した場合の変化を確認します。
100 USDC/SOL から 102 USDC/SOL に値上がりした場合、流動性から SOL を払い出し、USDC を受け取ります。
そして、受け取った USDC は価格が下落した時に SOL を買うための流動性となります。
この動きは AMM が AMM (Automated Market Maker) であることを思い出させてくれます。トレードによって受け取ったトークンは即座に反対のトレードのために使える状態になります。
これは一度約定してしまえば、その注文が永久に板から消えるオーダーブックと AMM の決定的な違いです。
念のため 98 USDC/SOL に値下がりした場合を確認します。
USDC を払い出して受け取った SOL が即座に注文に現れてきます。
価格がレンジ外に移動した場合の状態
価格が $${[92, 108]}$$ の外に移動した場合を確認しておきます。
値上がりが続いた場合、次第に提供している流動性から SOL が失われ、受け取った USDC をつかった注文のみが並びます。108 USDC/SOL 以上にどれだけ上がっても状態は同じです。
これは 10,000 円で買い注文を出していた株がストップ高を連発し、20,000 円になろうと、30,000 円になろうと、10,000 円の買い注文にはなにも影響しないことと同じです。
つまり、価格がレンジ外になっても、元々あった USDC と、値上がりするにつれて受け取っていた USDC は手元に残っており、SOL を買い取るための注文として並べられています。
信用取引におけるロスカットのように資産が失われるイメージとは全く異なります。
値下がりが続いた場合も同様です。手元に SOL は残り、SOL の売り注文 (USDC の買い注文) のように並んだ状態になります。
Path Independence = 何もなかった
AMM の特徴の一つに「Path Independence」があります。これは価格 $${P}$$ が決まることで状態が決まることから導き出される特徴です。
仮に、100 USDC/SOL から 8 USDC/SOL まで暴落し、100 USDC/SOL に再び戻ってきた場合、状態は元々の状態と一致します。
信用取引のようなレバレッジ取引の場合、8 USDC/SOL まで暴落していた場合、ほぼ間違いなくロスカットになっており、その後 100 USDC/SOL まで回復しても資産の多くは失われています。
AMM の場合、価格が元に戻れば同じ状態に復帰します。その間、価格がどのように動いたか (Path) とは関連しません (Independence)。
実は、厳密には全く同じではなく、嬉しい変化があります。
それは「手数料」が稼げている点です。「手数料」はこの板には現れませんが、蓄積しており、一度稼いだ手数料は価格が戻ってきても失われることはありません。
価格変動と手数料の発生
Path Independence が重要なのは、「価格が元に戻れば流動性提供のために預けた資産はそのまま戻ってくる、ただし手数料を稼いで」という嬉しい性質だからです。
Path Independence を考慮すると、流動性提供で「利益」を得るためには以下のいずれかを目指すことができます。
価格は最終的にレンジ外に出ていくだろうが、それまでに十分に手数料を稼ぐことでインパーマネント・ロスに打ち勝つ。
価格が最終的に元に戻ってくるという強い確信がある状態で、手数料を稼いできてもらう。
価格が一時的にレンジに入るが、最終的にまた同じ方向に戻っていく可能性が高い状態で、レンジ内に価格がある間、手数料を稼いできてもらう。
1つ目の作戦は、恩株状態 (原資分の資産を回収して残った株) にしてしまうことに近いと思います。
2つ目の作戦はキャピタルゲインはほとんど期待できないが、値下がりもしにくい配当株を持つようなものだと思います。
3つ目の作戦は、フラッシュクラッシュを捉えるために現在価格からやや離れたところで指値注文をしている状態に似ています。
いずれにしてもリスクを取って流動性提供をする以上、手数料という果実をしっかり得る必要があります。
では、稼げる手数料はどのように計算できるのでしょうか。
複雑そうに見えて、実はとても直感的に理解できるものなのです。
手数料の計算
では手数料を計算します。
トレーダーから回収する「手数料」ですから、トレードが発生せず、価格が全く動かない場合はシンプルに 0 です。
SOL が一方的に売られて、100 USDC/SOL から一直線に 94 USDC/SOL まで下落した場合、どの程度手数料が稼げるでしょうか。
0.0314212 SOL です。
計算は板取引表現から容易に行なえます。
$$
\begin{array}{lcl}
Fee_{SOL} &=& (0.50378 + 0.51147 + … + 0.53576 + 0.54429) \times 1 \%\\\
&=& 3.14212 \times 1 \% \\\
&=& 0.0314212
\end{array}
$$
100 USDC/SOL から 94 USDC/SOL に下落するまでの間、流動性は 3.14212 SOL を受け取り、対応する 304.641 USDC を払い出します。
この時、1 % の手数料のプールですから、トレーダーは 1% 分を SOL で支払います。つまり、 0.0314212 SOL を手数料として追加で支払います。
一転し、ここから SOL が一方的に買われ 100 USDC/SOL に回帰した場合、どの程度手数料が稼げるでしょうか。
3.04641 USDC です。
$$
\begin{array}{lcl}
Fee_{USDC} &=& (51.435 + 51.165 + … + 50.379 + 50.126) \times 1 \%\\\
&=& 304.641 \times 1 \% \\\
&=& 3.04641
\end{array}
$$
最終的に価格は元に戻りましたが、この変化のなかで以下の手数料を得ることができました。
0.0314212 SOL
3.04641 USDC
要するに価格が変化する時に板取引表現上で横断されたトークンの量に手数料率をかけたものだということです。
ジグザグに動く価格と手数料
前節では説明をシンプルにするために、価格の動きは一方的だとしていました。100 USDC/SOL から 94 USDC/SOL に下落するまでの間に一切の買いがなく、ひたすら価格が下落し、上昇するときも同様に一切の売りがないとしていました。
現実には価格はこのような動きをしません。
価格がジグザグに動いた場合の手数料の計算がどのようになるか、すでに予想できているかもしれませんが、答え合わせとして以下の動きを考えます。
$$
100 \rightarrow 102 \rightarrow 98 \rightarrow 106 \rightarrow 103 \rightarrow 94 \rightarrow 98 \rightarrow 100
$$
この価格の動きで得られるのは下記の手数料です。
0.0801402 SOL
8.00281 USDC
価格が上昇する場合、板取引表現上で横断した USDC の量の 1% を手数料とし、下落する場合、横断した SOL の量の 1% を手数料とし、それらを合計したものになります。
原資を回収するための値動き
100 USDC/SOL 時点の流動性に含まれている SOL と USDC はそれぞれ赤と青にハイライトされている範囲の量の合計です。
3.77495 SOL
408.338 USDC
この量と同等の手数料を 1% の手数料のプールで得るには様々な値動きが考えられますが、$${100 \rightarrow 108 \rightarrow 92 \rightarrow 100}$$ を 1 サイクルとすると、50 サイクルでほぼ原資回収となります。
4.016075 SOL
400.321 USDC
レンジを調整しない流動性提供の理想的状態は「レンジ」相場
前節の通り、流動性を提供しているレンジ内を価格がひたすらウロウロと動いて、戻ってきた場合、当初提供したトークンがそのまま回収でき、かつ手数料を稼ぐことができます。
当初提供したトークンがそのまま回収できるということは、つまりインパーマネント・ロスがないということです。明らかに HODL と同じトークン量を維持しつつ、手数料だけ稼げたという素晴らしい状態です。
このことから、流動性提供においては、上昇・下落どちらのトレンドも発生しておらず、下限と上限の間を動く「レンジ」相場が理想的に思えます。
買い方と売り方が血みどろの争いをしているときに両者にトークンという武器を販売しつつ、決着しないことを祈る。
それが流動性提供者です。
流動性提供はステーキングのような穏やかな行為ではありません。インパーマネント・ロスというリスクを背負っている以上、トレーダーから手数料をむしり取る狡猾さが必要な行為だと思います。
Part 3 へ続きます。
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