ECD、加藤ミリヤ、そしてK DUB SHINE:それぞれの「ロンリーガール」
Introduction
この30年ほどのあいだに断続的にリリースされた、「ロンリーガール」と呼ばれる曲が4つある。本質的に同じ曲でありながら、単なるカバーやリメイクの類ではないという点で、同じ曲ではない。それらは時代とともに意味合いを変え、独立したメッセージを聴き手に送ってきた。
図らずもこの曲を30年以上も「延命」させたのは、ラッパーのECD。かれが4番目の「ロンリーガール」にラップを遺してまもなく亡くなったことを契機に、キドの呼びかけでモリアツ、ワンダの3人でこの4曲について検証した。
キド:おれにとっての「ロンリーガール」といえば「ECDのロンリーガール」のことなんだけど、一般的に有名なのは加藤ミリヤの「ディア ロンリーガール」だよね。
ワンダ:ECDのも加藤ミリヤのもリアルタイムで聴いてなかったんですが、ファンはライブに行くことを「ミリヤに会いに行く」と表現するとはきいたことがあります。
モリアツ:加藤ミリヤのメインリスナーとは本当に住む世界が違うので、したり顔で語るのキケンだなーと思いはじめてる。
キド:とはいえ、「ディア ロンリーガール」がなければ「ECDのロンリーガール」は日本語ヒップホップ・クラシックの1曲でしかなかったはず。ここでは「ECD論」ではなく、あえて「ロンリーガール論」をやりたいんだ。まあ順を追って行こうかな。
1.オリジナルが描いた少女像
行っちゃいなよ彼女を連れて
パーティでも好きなところへね
どうせ私あなたに似合う
靴もドレスも持ってないから
(Lonely Girl)
淋しいんじゃないよ
(Lonely Girl)
独りが好きなだけ
(Lonely Girl)
泣いてるんじゃないよ
(Lonely Girl)
風がまぶしいだけ
── 佐東由梨 『ロンリー・ガール』 (1983年)
歌詞:
https://www.joysound.com/web/search/song/142189
キド:今回、ECDを縦軸にして話すわけだけど、彼がオリジネーターではない。1983年、佐東由梨の「ロンリー・ガール」(以降、佐東版)が最初にあった。松本隆と筒美京平コンビによる作品で、佐東が早々に引退したこともあってレアなアイドル歌謡といえるだろうね。少なくともおれは当時聴いた記憶がない。
モリアツ:見事な歌詞なんだよ。はすっぱな、80's的なバッドガール像。当時の少年マンガなんかで、こういうキャラいるでしょ。「いいから早くアイツのトコ行ってやれよ!」と言って、こっそり涙するタイプ。
ワンダ:男に媚びるようなことはしない強さを得たけど、まだ社会はそれを良しとしない。どうせ女の子っぽいあの子が好きなんでしょ、という80年代少年マンガの類型ですね。
キド:「きまぐれオレンジ☆ロード」の鮎川まどかとかね。当時は山口百恵の路線を継いだ中森明菜が「少女A」をはじめとした不良少女路線でブレイクしてて、その後をねらった1曲だったのかな、とも思ったんだけれど。
モリアツ:いや、「百恵後」の曲では全然ないと思うよ。山口百恵や中森明菜は「オトナ化していく少女」のイメージを体現してるけれど、ここに登場するのはツンケンしたカミソリガールじゃない。ロンリーガールは「風がまぶしいだけ」なんだよ。
キド:ぜんぜん違う、と。たしかにセックスを匂わせないどころか恋愛から身を引くわけだし、去って向かう先の風景もある種の清々しさがあるのは正しくアイドル歌謡だね。だからこそ当時は注目されなかったのかもしれないけど……
モリアツ:少女の危うさ、みたいなポップスの発明品ではなくて、不器用だけど心優しい女の子の話だかんね、これ。集団に馴染めない、居場所がストリートにしかない、実は繊細…… こういうヤツは性別も時代も問わずいて、ECDもそうなんだけれど。
2.ECDが「ロンリー・ガール」を引用した理由
生意気だった口から
今にため息
信号無視もできない
蟻ンコにされるとさ お嬢さん
マジな話 早く立ち上がれ
これちょっとシリアスだけど盛り上がれ
── ECD『ECDのロンリーガール』(1997年)
歌詞:
https://www.joysound.com/web/search/song/50439
キド:『ECDのロンリーガール』(以降、ECD版)がアルバムの中の1曲としてリリースされたのが1997年。これが2つめの「ロンリーガール」。ECDが14年前のアイドル歌謡をここで引用したのはなぜなんだろう。
モリアツ:かつて山口百恵で「少女の危うさ」を宇崎竜童が商品化したわけだけども、それがファンタジーで済まなくなってきたのが90年代。
ワンダ:歌詞は宮台真司いうところの援交第一世代を想起させます。
キド:援交、援助交際。いわゆる少女売春ね。もう死語かな? 今は「ウリ」と、ヤクザみたいな言い方するよね(笑)。当時は大人がすごく動揺して、文化人とかクリエーターも反応したんだ。
ワンダ:村上龍の「ラブ&ポップ」を庵野秀明が実写で撮ったのが98年です。
キド:ECD版もそこと地続きだね。
モリアツ:はぐれものとしてストリートにいるだけで、シャレにならない事がたくさん降りかかってくる。かつての少年マンガの二番手ヒロイン的なファンタジーは失われた。だからECDは元曲をうまく読み替えて、新しい曲に仕立て上げたわけだ。「本当はお前らも心優しいはぐれものなだけだろ? はよ立ち上がれや」てことだと思うんだよ。
ワンダ:旧態依然とした道徳観念を押し付けるか、逆に性を搾取しにくるかではなく「立ち上がれ」というのは優しいですよね。「食ってるつもりが食い物にされるだけだよ」と。
キド:この曲で客演してるKダブシャインは、戯画的な警告をキングギドラの「スタア誕生」でも同時期にやってる。
歌詞:http://kslyrics.blog.fc2.com/blog-entry-197.html
ただし、Kダブも宮台真司も警告するだけ。村上龍は寄り添ったけど、どこか下心が見える(笑)。手を差し伸べる優しさはECDがここで初めてカタチにしたと。ラップ版「夜回り先生」みたいな。
モリアツ:「そうとしか生きられない人」に対する目線の優しさが、ECDの素晴らしさなんだよ。お前ら「少女A」じゃなくて、親がつけてくれた名前あんだろ? という。
キド:ああ! 名前連呼パートの意味はそう解釈できるのか。若い女友だちが多いのを自慢してるのかと長いこと誤解してた(笑)。開き直るわけじゃないけど、この曲でのECDのメッセージはわかりづらいと思うんだ。同じように誤解したひとりが加藤ミリヤだった。
3.加藤ミリヤの拒絶
容易く分析なんかしないで
わかったような顔で
こっちを見ないで
メール携帯 絶対手離せない
学校行きたくない
家に居たくない
押し付けないで
古い考え
ここからうちらの時代
── 加藤ミリヤ 『ディア・ロンリーガール』(2005年)
歌詞:
http://j-lyric.net/artist/a00d0ea/l013940.html
キド:加藤ミリヤの『ディア・ロンリーガール』(以降、2005年のミリヤ版)のクレジットにECDの名前はないけれど、名前連呼パートからもECD版の引用であることは明確だね。これが3つめの「ロンリーガール」。当時聴いてどうだった?
モリアツ:ECDが「説教するつもりじゃねーけど、まあよく考えてみろよ」と勇気を出して手を差し伸べたのに、「シャラップ!」と。でもまあ、自分の言葉で話す若者が出てきたんだから、オジサンとしてはちょっと傷つきながら喜ぶしかないよね。
ワンダ:「わかったような分析すんなよ」的な歌詞は、同世代の女子に支持はされたと思います。
モリアツ:圧倒的だったんだよね。西野カナと双璧の存在として神と崇められ。
ワンダ:たぶん加藤ミリヤはこれをECD版のアンサーとは考えてなくて、自分たちの世代にしか歌ってない。同じ価値観を持ってない異世代かつ異性のおじさんには響かないのだろうなと。
モリアツ:そう、だからこの曲について語るのはすごくキケンなの。加藤ミリヤがデビューした時期は携帯小説ブームでもあって、彼女も何作か小説を書いてる。俯瞰しただけでもわかるのは、男性がイメージするような、いわゆる「自立した女性」という像には向かわなかったんだよね。
キド:ECDが引用した「ロンリーガール」を、加藤ミリヤなりにまた読み替えたわけだ。
モリアツ:もうとにかく同性の共感ありきの世界で、切ない&苦しい系としてカリスマになっていったという。ここ、本質的にまったく僕らが理解できるわけがない領域なんだろうな。
キド:当のECDはというと、その8年後に「NO LG」と題してロンリーガールとの決別をわざわざ曲にしてる。LG=Lonely Girlだね。2013年当時のインタビューではその経緯をさらっと答えているけど。
──「NO LG」では、複雑というと大げさかも知れませんが、『ECDのロンリーガール』についての思いを形にされていますが。
「“ECDのロンリーガール”のYouTubeでのアクセス数が『え、こんなあるの!?』ってくらいの数だったんだよね。僕の他の曲と二桁ぐらい違ってて。それで、これはなんか形にしたいなって(笑)」
── 加藤ミリヤの影響もありそうですね。
「それもあるだろうね。いまだに加藤ミリヤの『ディア・ロンリーガール』の元ネタはECDとKダブだってブログ書いてる人もいるし。エゴ・サーチするとそれが検索結果に出てくるんだよね」
引用:
http://amebreak.ameba.jp/interview/2013/04/003841.html
モリアツ:想像でしかないけど…… 2010年代の今では、もう終わったメッセージなんだって考えてたのかも。
4.20年越しの邂逅
今日もセンター
毎晩ナンパ待ち
ロクなヤツいないのに
こんな街
繰り返される同じ過ち
そろそろくだせ
お前らがジャッジ
わかってんだろ
早く立ち上がれ
これちょっとシリアス
だけど盛り上がれ
20年経っても
変わりゃしねえ!!
── 加藤ミリヤ 『新約 ディア・ロンリーガール』(2017年)
歌詞:
http://www.utamap.com/showkasi.php?surl=k-171206-345
キド:加藤ミリヤのセルフリメイク『新約ディア・ロンリーガール』が2017年。これが4つめで、今のところ最後の「ロンリーガール」ということになる。「NO LG」のなかで「やるかボケ」とまで言ってたECDが客演したのは驚いた。
モリアツ:この曲についてはこの記事が素晴らしいね。すごい突っ込んだ内容を、非常に繊細ににインタビューしてる。
「誰にも頼まれてもしてないのに「自分はこれをやるべきなんだ」って思ってた重荷を1回自分の中で降ろしたい、それに落とし前を付けたいっていう気持ちはあったと思います。」
引用:
https://natalie.mu/music/pp/miliyah02
キド:ECDが客演のオファーを受けたのは、2015年にがんを発症して現実問題として経済的な理由があったと思う。だけどこのインタビューを読むと、ECDはオーダーになかった新作のラップパートも返してきたと。そこでは、「マジな話」を「わかってんだろ」に変えて、 「そろそろくだせお前らがジャッジ」と言ってる。手を伸ばすことはもうしてないね。
モリアツ:うん。二人でもって「ロンリーガール」に引導渡しに来たなー、と思った。
キド:今度は加藤ミリヤが「早く立ち上がれ」って言ってるからね(笑)
モリアツ:加藤ミリヤが今もって「共感の人」であることに変わりはなく、それはきっとずっと変わらない。でも、ミリヤ側としては「あの頃のままじゃないでしよ? 前すすもっ!」ってなってんだよ。
キド:20年前にECDが差し伸べた手を、ここにきて加藤ミリヤが取ったようにも感じられる(笑)。ただ、これがリリースされたときにK ダブ シャインが呼ばれなかったことに苦言を呈してた。
参考:
https://twitter.com/kingkottakromac/status/931792395280064512
だからってわけじゃないけど、ECD版でのK ダブ シャインの功績についても語っておこうかな。
5.呼ばれなかったK ダブ シャイン
焼けてる肌 茶色い髪
カラーコンタクトで見つめる闇
夜の街 求める価値
女王蜂 理想の形
二十歳前なのにもう大人
細え眉してひでぇ言葉
自らビジネスにするSEX
迷える子羊達 X
ロレックスした男に
指輪買わしたはずが
つながれる首輪
携帯かける サンダルシャネル
つま先のネイルに塗るエナメル
フェンディ・ベルサーチ・D.K.N.Y
物欲と金の前にへつらい
そして気軽に足開く
それ喜ぶ奴 恥知らず
彼女達の孤独もろく
幸福の条件 後ろの正面
きれいな足形・胸 派手な爪
少女の夢 消息不明
── ECD『ECDのロンリーガール』(1997年)
K ダブ シャインによるラップパート
モリアツ:「子供を救え!」っていうのはKダブのテーゼなんだよ。
キド:母子家庭で育って、渋谷が地元で。ということでECD版にK ダブ シャインが客演したのは根拠がある。
モリアツ:K ダブ シャインから説教めいた事を言われるとカチンとくるんだけど、ここでのKダブのバースは説教要素が薄くて好きなんだよなー。
キド:「気軽に足開く」女と、「それ喜ぶ恥知らず」な男、両成敗にしてるからかな。ただ、K ダブのパートでこの曲の下世話な印象が強まってる側面はある(笑)
モリアツ:性的な話にフォーカスしちゃうからね、このパートで。
キド:実はECDのパートには性的なフレーズはほとんどないんだよね。当時童貞だったECDとしては、リアリティのあるフレーズがこの曲には必要で、それができる男を呼んできたともいえるのかな。
モリアツ:その発想はなかった! 性的な内容をはっきり打ち出すことで、曲のテーマが矮小化されたともいえるし、みんなに分かりやすいメッセージになったとも言えるやね。「ウリやめとけ」がメインテーマじゃなかったはず、と個人的には思ってるけど、それだとモヤっとするからねえ。
キド:おれも長年、誤解してた。でもECDの言葉だけだとわかりづらいのは確か。
モリアツ:「女子高生ブームみたいに持ち上げられて調子に乗ってるけど、お前ら消費されてるだけなんだかんな!」というECDの主張は、それ単独では伝わんなかったかもしんないね。だからKダブはグッジョブだったし、当時の若かりし加藤ミリヤにも刺さった。しかし……「新約」には呼ばれない……。
キド:ECD版の最後でK ダブが「ダイヤの原石たちに贈る」っていう、アレがクサくてちょっとひいたのかもね。
モリアツ:(笑)