【映画評】Dear Evan Hansen

初めに

舞台は観劇する人の想像に委ねることができるが、映画だとそうもいかない。細部を具体的に表現することで逆にリアリティが感じられない場合が生じる。
現代が舞台になっている作品だと、同じ時代を生きている私たちも事情をよく知っているので、例えば使っているのがガラケーかスマホかの、そのような小さな違いでも違和感を感じてしまう。現代を扱う作品はそういう類の難しさがある。

今作もその例外ではない。この作品はブロードウェイで好評だったミュージカルの映画化であり、「ラ・ラ・ランド」「グレイテスト・ショーマン」の音楽チームが参加しており、ポップな音楽に乗って登場人物の心情が歌われる。音楽が一つの世界観を作り上げている様子は見事だ。

その音楽に浸るのを楽しみに映画館に足を運んだが、想像以上に主人公のEvanとその周囲の人たちの噛み合わない現実、一筋縄では解決できない問題を扱っている作品で、加えて上記のこともあったので頭を抱えてしまった。

しかし、この内向的な話をミュージカルにして、しかもブロードウェイで成功を収めているということは、同じような問題に直面している人が思っていたよりも多いということだ。

感想を述べるのは難しいが、この映画について伝わるように書いてみようと思う。

  -----ーーーーーーーーーーーーーー

Waving Through A Window

高校生のEvanは母と二人暮らし、自信を持てず、日常に不安を抱え、孤独感を、仕事に忙しい母に素直に打ち明けられずにいる。

無理もない、彼は成長途中の多感な高校生、しかも社会不安障害を抱えており、他人とのコミュニケーションが極端に苦手なのだ。
彼の心情は“Waving through a window”として歌われている。

「本当の自分をさらけ出すと失敗する、だから目立たないようにしていよう。」

繰り返しになるが、彼は唯一の家族である母親とも上手くいっていない。高校生の頃の、よくある話のように思えるが、それが彼が嘘をつく一つの要因となっている。

現実との乖離

誰もが経験する多感な思春期、自分の親と他人の親を比較して羨望の眼差しで見ていた人は多いと思う。大人になった今では、例えば家の外観だったり親の容姿だったりよそのお家で美味しいお菓子を出してもらったり長期休みの時にどこそこに旅行に行ったりだとか、それは目に見える表面的なことでしかないのだが、その経験を思い出すと、もちろん嘘はよくないことなのだが、Evanの動機もわからないでもないと考え込んでしまう。


同級生の突然の死から波及し、嘘をつく過程で出会った理想の家庭。そして理想の彼女。しかも彼らはEvanのおかげでConnorがいなくなった喪失感から救われる。(しかしその家族も様々な問題を抱えている。現実はなかなか理想通りにはいかない。) 

加えて、休暇中に木から落ちた理由についても、自分が願っていることを真実にするために自分の記憶に嘘を塗り重ねる。

共感と無情

Evanの理想と現実か噛み合わないまま、事態は本人の意思をよそにどんどん進む。Evanの理想の自分は不特定多数の共感を呼び、思いがけない方法で拡散される。
拡散された共感がつながりを運ぶ。そして、そのつながりがさらなる偽りを塗り重ねる。

共感とは厄介なもので、されるとうれしく感じる。孤独から解消されたように感じる。
だが、少しでも違うと感じた時、途端に手のひらを返したように己から無情に離れていく。芸能人やSNSで人気のインフルエンサーがほんの少し世間の常識とずれていただけで炎上の対象になるのがその例だ。

帰結したその先に

物語が終盤になり、Evanが嘘と真正面に向き合わざるを得なくなったまさにその時。袋小路かと思われた状況が、母親との関係を修復するきっかけになり、同時にEvanが自分の殻を破ることができるようになる。

少しずつだけど、Evanの内面は成長しているのだ。

帰結できたのは、自分が、物語の始まりに別の形を望んだ家族関係が、自分が想像しなかった形で回復の兆しが現れたからであった。

そして今の自分が、できる範囲で、できることに、取り組むようになる。


目の前の人たちと、どのように折り合いをつけていくか。多感な時期には必ず起きる問題だ。
もちろん、その目の前の人が家族とは限らない。
しかし、誰か一人でも、自分がありのままに己をさらけ出しても受け止めてくれる人がいれば、たとえ自分の理想と現実が噛み合わなくとも、この目の前に広がる世界を、私たちは生きていけるのではないか。

終わりに

様々な方法で他人とつながることができる時代だが、人とのつきあいで大切なものは、根本は変わらないのではないか。私にとっては、そんなことを思わせてくれた映画だった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?