リアリティドラマ シーンイメージ〜「シンママ議員 高崎理恵のケース」(ドラフト)
政治をガチで変えるリアリティドラマ
シーンイメージ
高崎理恵
2021年晩秋の衆院選で小選挙区から立候補する。
娘一人のシングルマザーの25歳。
出馬会見
初めての記者会見。
「リハーサルとはやっぱ違うね」
2021年晩秋の衆院選。党としても初めての国政選挙。
学校の教室くらいの小さな会議室。前には会議テーブルに椅子がふたつ。隅にもうひとつ会議テーブルが置かれてる。
「いちにいさんしぃ…たった12人じゃん。リエ。大丈夫。私たちイケる」
ビジター席は半分ほど空いてたが、会場の入り口で少したじろぐリエの肩に手をおいてミオリが耳元で力強く囁く。
「そのうち4人は身内みたいなもんだし。まぁ無名の新人候補だからなぁ。でも政党の知名度はそれなりになってきたからな」
マネージャのツカモトが言う。
「それなりじゃね」
「それをこれから君たちが爆上げするんだぞ」
ミオリのツッコミにツカモトが返す。
「でもこれからは何もしないんだよね。街頭演説、街宣カー、ポスターちらしみたいなバカみたいなこと。規制ばっかでなんもできない。個別訪問とかダメだし、メールで投票依頼もできないってなによ」
ミオリは不満そうに囁く。実際彼らの”選挙戦”は告示前にほとんど終わってる。これからの選挙戦は取材を始めたメディアへの露出だ。
「今は仕方ないさ。ブーブー言ってもさ。さぁいこう」
ツカモトの合図にリエはしゃがんで娘を抱きしめて言う。
「ママ行ってくる。ヒーちゃん、ギュってして」
娘の力いっぱいのハグが勇気をくれる。
ツカモトが先に立ち3人が続いて会場に入る。
4人が並んで会釈しツカモトとリエは前席に、あとの二人は奥の席に着席する。
会場はシーンとしてる。
「みなさんこんにちは。本日はお忙しい中、我が『システム直接民主党』の衆議院選挙の出馬会見にお集まりいただき感謝申し上げます。」
ツカモトが静寂の中口火を切る。
「このたび〇〇区に立候補する高崎理恵を紹介いたします。Webサイトの方にすでに詳細なプロフィールを掲載していますが、彼女は・・・」
ひととおりプロフィールを紹介し、リエに発言を促す。
「みなさんはじめまして。この度衆議院選挙の〇〇区から出馬する高崎理恵と申します。よろしくお願いいたしま・・・」
緊張で喉がひっつく。
「すみません・・・」
そう言ってペットボトルの水を少し飲む。
「どんまい。ヒーちゃんが見守ってる」
インカムにミオリの声が囁く。
「私自身には政治家の経験はありませんが、システムを駆使しチームで仕事をする、それが私たちの党のスタイルです。今回の選挙では全国192選挙区に私たち『システム直接民主党』から候補を立てていますが、彼らもほとんどが私と同じように未経験で、同じ戦略で活動しています。
私たちの党はすべての政策法案について”有権者”、これは党独自のですが、その有権者の投票により決議した結果を私たち議員、あ、当選すればですが、その党議を国会の決議に反映すべく活動する、それが私たちの使命です。
言うなればエージェント。主権在民の間接民主主義における国民の代理としての任務です。」
「さすが堂々としてんじゃん。リエやっぱ度胸あるんだよね」
ミオリは隣のコースケに囁く。コースケはラップトップを睨んでる。
「3028人。ライブ視聴者。”カワイイ”ってコメント11件」
コースケはぼそっと呟く。
「ほぼサクラかな。」
ミオリはほくそ笑む。
「真水は53人。」
「んーまぁまぁじゃん。」
会見は記者の質問タイムになる。
― 未経験ということですが、実際どうやって政治活動をおやりになるんですか?
「私は、今はひとりでここに立っていますが、実はひとりではありません。実際は3名で編成された戦術チームで常に活動します。またセンターには優秀なスペシャリストチームがあって、政策や戦略などを立案します。私たちの党の候補者はみな同様な体制のもとにあります。
戦術チームは指令を出すコマンダーと情報を収集するリサーチャー。」
そう言いながら後ろの席を示す。ミオリとコースケは軽く頭を下げる。
「そして、フロントに立って皆さんジャーナリストの方や国民の方とコミュニケートするパフォーマー・・・私です」
― ということはそのコマンダーとかいう人が指揮してるんですね?だったらその人が候補になるべきじゃないですか?
「はい。率直に言って私である必要はないとも言えます。ただ3名で適材適所で役割分担をしています。私が今回議員候補としてパフォーマーになったのは25歳だからです。もし被選挙権が21歳だったらコマンダーのムカイミオリがここに立っていたかもしれません。彼女は帰国子女でトリリンガールですし。4年後の衆院選は彼女かも・・・」
振り返り、ミオリにちょっと問いかける風に続ける。
「しれません。」
ミオリは眉を上げて肩をすくめて見せる。
― 失礼ですがあなたの学歴は中卒ですよね?それでちゃんと衆議院の仕事ができるとお思いですか
リエはおもむろにスマートグラスを外して観客たちに見えるようぐるりと掲げて見せた。
「このメガネ、気になった方もおいでかと思いますが、これはスマートグラスで、私たちパフォーマーはみなこういうスマートグラスをつけて常に戦術チームのふたりからバックアップを受けながら活動します。」
そう言ってまた後ろの席を指す。ミオリは記者たちに小さく手を振ってから続けてちょっと芝居がかった仕草で隣の男の子を指差す。指さされた彼は顔をあげることもせずラップトップをものすごい速さで操作している。
「バックアップからこのスマートグラスに音声と画像で指示や情報が入ります。えっと、たとえば・・・」
かけ直したスマートグラスの画像に視線を合わせる。
「中卒についてですが、私が中学の頃の2010年の時点でこの国では高校生の○%が何らかの理由で中退もしくは休学しています。中学生の○%が不登校です。私もこの数字に含まれていたわけですが、中学生は義務教育ですからこちらの方がより深刻ですね。ちなみにこれは私が諳んじてるんじゃなくて・・・」
と言ってまた後ろに目をやった。
「たった今ミオリの指示でリサーチャーのシキシマコースケがこのグラスに送ってくれたんですが。すごいですよね。めちゃ早いですよね。この役目は私にはできません。彼は16歳の凄腕ハッカーです。ちなみにウェブサイトのプロフィールに載せてあるように、彼もいわゆる中学で不登校でした。2年前に私たちが始めた『オルタナティブ教育システムプログラム』で中卒認定を取得して今は高卒認定取得を目指しています。多分来年には取得できそうです。」
リエは時々コースケに視線をやりながら続ける。彼は画面から目を離さないがビジターもちら見している。
「このポジションのパフォーマの最大の役目は国民とのコミュニケーションです。国民に私達の政策を説明して理解していただき国民の合意を作ることです。」
― ということはあなたはただ指示されたことをするだけの操り人形ですか?
「例えば・・・映画。スクリーンに登場するのは役者ですが、彼らが演じるのは予め用意された脚本と監督のビジョンです。」
(出た、『操り人形ツッコミ』)
これはリハーサルでさんざんやった。対策はできてる。
「役者はただの操り人形と言えるでしょうか。同じ脚本や監督でも役者によって演じ方も違いますし作品もまるで違うものになりますよね。脚本家や監督は自分で演じなければならないとしたら、これほど多くの名作は生まれてないかもしれませんよね。もちろん監督主演の映画も少なくないですが。優れた脚本と優れた監督の下、才能のある役者が演じる方がより観客を感動させることができると考えるのが普通でしょう。
私たちの『システム直接民主党』の戦術ポリシーは映画制作と同じです。適材適所の完全分業です。脚本監督役者だけでなくカメラや大道具小道具、特殊効果、VFXなどそれぞれのスペシャリストが自分の役目に徹し、チームとして政治業務に携わる。フロントで演じる役者は全国の192選挙区の候補者。バックアップはそのチームの384名、そしてセンターバックオフィス112名、全国のフィールドスタッフ1628名、そしてサポートメンバーの553577名。これが私たちの新しい政治活動のスタイルです。そして私たちの”主人”は国民の皆さんである有権者、現時点で・・・3,896,855名の方たちです。各政策法案に対する彼らの意思を正確に反映した決議が私たちの意向です。だから記者の皆さんや・・・」
リエはカメラに視線を合わせる。
「ライブで御覧頂いてるあなたがここに立つことも可能です。その気さえあればそのチャンスがあります。」
リエはボディアクションを交えながら答える。
「わお。役者ね。リエ。だからあなたなの」
ミオリがまた囁く。
「3216人。ディスコメ13件」
コースケもまたつぶやく。
「なによ。いいねは?」
「334件。オシコメは102件」
「ちょっと。サクラやりすぎかも。セーブして」
― ということはあなたは才能ある役者だということですか?
「自分にはわかりません。党で選ばれました。この衆院選に向けて一年前から、候補者として立てるチャレンジャーをスカウトする全国キャンペーンが行われました。コロ◯禍でなければオフでキャラバンもやりたかったんですが、ほぼオンラインでした。それで289の選挙区に1名ずつを立てるために、党に登録している有権者による投票でチャレンジャーを絞り込みました。倍率は平均2.7倍でした。ネットで展開したのでご存じの方も少なくないと思います。党の名前もその時に結構浸透して認知度、これはこちらにもいらっしゃってる『キッズジャーナル』さんによる調査ですが、43.3ポイントアップしましたし、実際その間に有権者も230万人くらい登録していただきました。」
「問題はさらにその先、供託金です。300万円。この国の民主主義の障壁と問題視されて久しいですが、チャレンジャーは誰ひとりそんな資金は持っていません。ですからその資金は各候補者名義でクラウドファンディングで募りました。もちろん党の支援を受けてですが。暗号通貨のICOでというチャレンジャーもいました。私の場合は一口千円。300万円びた一文欠けてもアウトです。当選または没収点を超える得票を得られれば返金される投資ですが、それでも289選挙区の全員揃ってとは残念ながらいきませんでした。最終的には192名が残りました。中には没収点投票数で300万円を割って、一口150円という設定のかなり手堅いチャレンジャーもいました。なおこの供託金集めの間にも認知度は11.8ポイントアップ、有権者登録も28万人くらい増えました。結果的に私は2892人の方にご支援いただいてここにいます。だから多分才能ある役者だと評価されたんだと思っています。」
― あなたはシングルマザーでいらっしゃいますが、子供の世話で忙しくないですか?議員活動に支障はないんでしょうか?
「私たちの党の候補者192人のうち87人がシングルマザーです。スタッフメンバーでは411人になります。これは諳んじてますよ。」
ささやかなウケも狙ってみる。
「もちろんみんな子供の世話は大変です。ほとんどの候補者は生業がありますしイクメンパパも5人います。議員活動はほとんどみな仕事をしながら行います。つまり収入は議員報酬には頼りません。しかし我が政党にはどんな状況でも議員活動を可能にするための様々なシステムがあります。何故なら議員はごく普通の人、仕事もし家庭も大切にし趣味も楽しむ、そういうごく普通の人がやるべきというのが党のポリシーだからです。」
「今の政治家はみんな”職業”ですよね。だから落選すると失業。生活にさえ困る。議員になってからも選挙区の有権者へのご挨拶回り、つまりそれって彼らには”就活”です。政治家じゃなく政治を生業にする政治屋です。ご存知のように現在の国会議員の報酬は129万円です。年ではなく月にです。それに加えて何やかやで6千万から7千万になると考えられます。高いか安いかは議論の分かれるところですが、一般的な私たち市民感覚からすると、驚くほど高給です。歳費削減の議論もたまに思い出したようにやられてきましたが、削減するどころか多少増えています。有識者には”ノブレス・オブリージュ”なのだからもっと高くすべき、1億2億でいいという方もおられます。”ノブレス”は貴族の意味ですが、ちょっと時代が違うようにも思いますが、実際今の議員のみなさんもそういう意識でいらっしゃるのかもしれません。特権階級。この莫大な報酬がもらえるかもらえないか。それは確かにその人の人生にとってたしかに大きな違いになるでしょう。」
「そして一度ありつけばそれ以降もらい続けられるかは、どんな貢献をしたかではなく、ヘマをしなかったかでほぼ決まります。みなさん『議員ウォッチャー』というサイトをご覧いただければと思うのですが、国会議員や地方議員の議員活動を調査して統計的に掲示しています。2017年の衆院選で文字通り”何もしていない”議員が◯◯名当選しています。その方たちは今回もほぼ全員出馬されています。何もせずに数千万の収入を得ているということです。これでは自分の収入を守ることが最優先にならざるを得ないではないですか?いかがでしょう。これでちゃんとした政治ができるとお思いになりますか?私には甚だ疑問です。」
主にカメラ目線で言葉を繋げていく。
― でも議会や委員会にはご自身が出席されないとなりませんよね。
「もちろんそうです。議員バッチは使い回しできません。国会は年200日くらい開催しています。私たち候補者、うまく行けば議員ですが、仕事は最小限のことだけをやります。すべての業務を分業します。議員でなければならない仕事以外は他のメンバーが担当します。」
― でもさすがに国会本会議にはそんなスマートグラスなんかかけて出席できませんよね。それでまともな質疑なんかできるんですか?
「そうですね。スマホ・タブレットは去年やっと解禁になりましたが、しかし通信はできません。それでは意味ありません。ですから質疑は難しいかもしれません。ただ国会や委員会みたいなところでは基本的に発言はしません。決議に投票するだけです。私たちの役目はレポータです。その会議で何が話されているのかを国民の皆さんにお伝えすること、政治の透明化です。このようなウェブサイトでレポートします。」
後ろのスクリーンにインフォグラム風のWebページが表示される。
「傍聴はしましたが、まだ私たちは誰も実際に国会に出て試してはいないのでプロトタイプですが、国会中継をのんびり見てる暇のない忙しい方がひと目でわかるようデザインしています。国会中継、正直候補者に選ばれる前に一度も見たことはなかったんですけど、今回いくつか見ましたが、退屈でした。2日で勘弁していただきました。」
そう言って控えめに笑う。
「こちらの皆さんは当然ご承知でしょうが、本会議の質疑応答って、いうなればお芝居ですよね。ちゃんと台本があってそのとおり喋るだけ。与野党あたかも丁々発止のようにやってますが、そのやりとりが法案内容に反映することはまずありません。ですよね。事前に委員会であらかた話されたことをなぞるだけ。その委員会でさえ台本は官僚が書いてるんですよね。と、このような内幕を国民の皆さんにお伝えするのが私たちのいわば”国会対策”です。」
― そうなると本来の立法業務には携わらないということになりませんか?
「国会や委員会でなにか気の利いたことを言って与党議員をぎゃふんと言わせたって、何が変わるでしょう。どんなプロセスで法律が作られるのか。表も裏も合わせて。そこです。」
「政治の信頼性。皆さんご存知のように、日本ではOECDの他の国と比べて圧倒的に低いです。これがこの国の最大の問題であると私たちは考えています。そのためには透明性。わかりやすい情報公開を行うことがまず今必要なことです。」
― あなたご自身には何か主体性というものはないんですか?
「私のことですね。個人のお話をさせていただいてよろしいでしょうか?」
覚悟を決めるのに、少し間をおく。
「私の母もシングルマザーでした。私はなんとなくずっと母親を恨んでました。というより母親世代を。学校はつまらないしニュースでは誰かが殺されたとか景気が悪いとか震災で原発がどうのとかパッとしない話ばかり。失われた20年とかもうその時には言われてました。2010年ころです。”なにそれ。なんでこんな国なの?”っていつもムカついてました。で、中学もろくに行かず、”20年だめならこの先もだめだろ、勉強してなんの意味があるの”ってやさぐれていました。高校には何故かなんとか入れたんですけどやる気がなくて最初の3ヶ月位でいかなくなりました。」
「テレビとかでは”市民よ立ち上がろう”とか”子どもたちよあなたたちに未来がかかってる”とか大人は勝手なこと言ってるけど、”あんたたちはなんかしたの?あんたたち大人が何もしなかったからこんななんだろ”って。とにかくムカついてました。今では母親には申し訳ないと思うしひどい娘だったと思います。」
思いがこみ上げてきて少し言葉に詰まって俯く。
「私にも娘がいます。」
そう言って入り口横の椅子に座っている娘に視線を向けた。
「おいで。ひーちゃん、ほらおいで。」
デスクの前に出ながら腰をかがめて手招きをする。
横の女性に促されて女の子がちょこちょこと小走りで駆け寄ってくるのを抱き止める。
「さ、ご挨拶して」
「タカサキヒトミです。5歳です。」
会場が少しどよめく。リエは娘と手を繋いで立ち上がる。
「私が世界ってなんかおかしいって思い始めたのが中学に入ってからくらいです。10年もしないうちにこの子もそう感じ始める歳になります。もしかしたらもっと早いかもしれません。親バカですがとても賢い子ですから。」
そう言って頭を撫でる。
「その時にまだ世界がこのままなら、きっと娘は問い詰めるでしょう。『ママは何をしたの?』と。実際私もそう母親に言っちゃいましたから。『お前を育てるのいっぱいいっぱいだった』と私は答えるかもしれません。でもそうしたら多分娘はこう言うでしょう。『だったらこんな世界になんで産んだの?』私もそう思いましたから。だから私は何かしなければならないのです。この子にそう言われたくないし、そう言わせたくない。そして出会ったのがこのプロジェクトです。そして私は候補に選ばれました。」
会場は静まり返る。
― ということはご自分の身内のために政治家になろうというわけですか?政治家は国民のために働くものですが。
静寂を破って別な記者が少し語気を強く問いただす。
「なによ。ここは感動するとこじゃないの?このゲス野郎」
質問に面食らいながらも、グラスから聞こえたミオリのいつもながらのストレイトな反応に心が鼓舞される。スマートグラスにヒントが表示される。
「そのご質問、正直驚きです。」
この率直さが彼女の「キャラ」だ。
「ヒーちゃんありがと。」
ヒトミにそう小声で言って元の席に送り戻してから続ける。
「はい。たしかに娘のためです。ただ国会議員になれば日本の子どもたちはみな私の子どもです。母親を恨んで悪態をついた子どもだった過去の私も、もはや自分というより今でもこの国のどこかにいるだろうそういう子どもです。未来に悲しみや憤りを覚えるかもしれないのはあの子だけなくこの国の子どもたち全員です。」
「どうでしょう。こうした子どもたちのことを誰が真剣に考えてるでしょう。誰が代弁しているでしょう。」
問いただした男性記者に理恵は厳しい視線を向ける。
「6人に一人が貧困児童です。世界に冠たる経済大国の日本でです。どうでしょう。私は恥ずかしくてなりません。”お腹空いた。どうして食べられないの?他の子は色んなものをもらってるのに、どうして自分はもらえないの?”そう子どもたちに聞かれたら私たち母親はどう説明したらいいんでしょう。」
「内閣府の調査で『育児は、だれの役割だと思いますか。』というのがあります。この設問自体がすでにおかしいと思いますが、その回答が『主として妻の役割』が5割、しかもこれはあくまで冷静に回答できるアンケート調査でです。実生活ではいかほどのものか、推して知るべしでしょう。普段子どもに接していない男性にどうして子供の代弁ができるでしょうか。」
「この国の政治家の女性の比率は9.9%。世界平均25.5%を著しく下回っています。恥ずかしいことに166位です。男性が作ってる国だから、というのは今日日のジェンダー差別になりますか?女性が主導しても変わらないか、一度チャンスをいただいてもいいのではないかと思いますがいかがですか?でも今の他の政党にはその候補すらいません。」
「女性は男性より押し並べて○%共感力が高いという○○大学の研究があります。アフリカには子育ては村全体で行うという村があります。子どもを分け隔てなく自分の子供のように思って慈しむこと。これは『コミュニティ』でも実践していることです。」
― でももしここにパンが一つだけしかなかったら、我が子に優先して与えるでしょう?
記者は執拗に食い下がる。
差別、シェアリング、パンを増やすこと
「パンがひとつしかない。その前提だとたしかに困っちゃいますね。だから私たちはパンを増やします。それは可能です。何故なら私たちは捨ててるんですから。」
― いえパンはただの喩えですが。
「はいもちろん食品廃棄の話だけじゃありません。捨ててるのは子どもたちの能力。人々の活力。産業のタネ。国のあちこちにある資源。再生可能エネルギー。もちろんゴミもですね。」
― ではSDGsはどうお考えですか?
見かねた別な女性記者が話題を変える。
「SDGs、2030とかですよね。あと10年。正直温暖化とかプラスチックとかは問題が大きすぎて、私にはわかりません。未だに、特に日本ではそのようですけど、温暖化懐疑論とかが根強いですし。でも化石燃料とか燃やすのって臭いし汚いしなんとなくもう古いような気がするし、プラスチックゴミが海に漂ってるのはいやだし、環境ホルモンは怖いみたいだし、リサイクルとか代わりの素材があるならそれをもっと広げればいいよねって、そう私は単純に思います。」
「SDGsなら私個人は1と2、貧困と飢餓です、一番関心があるのは。自分が子供の頃一番つらかったことですから。世界レベルになると頭が真っ白になりますが、少なくとも日本国内の貧困を解決するプランは私たちにはあります。一言で言えば共助。”自助なんかない。共助を作ろう”がキャッチフレーズです。そのためのシステムづくりを粛々とやってます。テクノロジーセクションが。」
「ただ思うに、SDGsってなにも特別なことじゃないんですよね。娘にちょっとだけSDGsについて話したことがあるんですけど・・・」
再び入り口の娘に視線を一旦移してから続ける。
「まだ5歳ですからちょっとだけですが、話してて思いました。これってなにも特別なことじゃないと。とても普通のこと、ごくごく普通に幸せな世界だよねって。多分みなさん特に親ならば誰もが子どもに話して聞かせたいのは「幸せなストーリー」でしょう。SDGsの先にあるはずの世界。でも残念ながら今は存在しないファンタジーです。それをリアルにするために世界はSDGsとして掲げなければいけなくなったんです。子どもが素直に育っていけばそういう世界に生きていることは当たり前に思うでしょう。今のこの現実が狂ってるんであって、それは間違いなく私たち大人がそういう世界にしているからです。でも多くの大人たちはこう言います。「現実には無理だよ。妄想だ。できるわけない」と。私は娘にはそうは言いたくない。そう言いたくない人たち、”賢い大人”たちが揶揄するようないわば「諦めの悪い子供」の集まり、それが私たちの党です。温暖化もプラごみも貧困や飢餓も、方法は超有能なブレインチームがそのシステムを研究開発しています。それだけでは絵に描いた餅ですが、「諦めの悪い子どもたち」に心動かされた経験豊富で老獪な将軍のチームが戦略を立ててくれています。私たちフロントの戦術チームの役目はそれを国中の人に広めるプロモーションです。」
「本日の会見は以上になります。ありがとうございました」
ツカモトが締めくくり会見は終了する。
(いよいよ始まったんだな)
疲れを感じながらもリエは興奮を覚える。駆け寄ってきた娘をその興奮のまま抱きしめる。
「いよいよ始まったよ。ママどうだった?」
「かっこよかった。」
「ママ頑張るからね。ひーちゃんありがとうね」
そこへミオリが後ろからハグしてくる。
「リエ。最高のスタートだよ。」
「結果3926ビュー。ディスコメ28件。オシコメ2921件」
コースケはラップトップの画面を見ながらゆっくりと歩み寄ってくる。
「ほらおいでよ。コースケも」
ミオリが手招きしてハグに引き入れようとする。
「おいおいミオリ。アメリカじゃないんだから」
そう言うツカモトは二人から視線を向けられると、両手で親指を立てて門出の成功の合図を送る。
「ヒーちゃんもありがとね。」
ツカモトはヒトミのほっぺをさすりながら言う。
「これは、仕込み?」
「いえ、アドリブです。」
リエはそう答える。
「そうなのよ。びっくりしちゃった。打ち合わせになかったもんね。ヒーちゃんもよく頑張った」
ミオリもヒトミの頭を撫でながら言う。
「やりすぎだったかな」
「いいんじゃない?大事よ。そういうの。アメリカじゃ普通」
「他の候補もそんな感じでやってる。〇〇区の〇〇さんも子どもと一緒に出てる。〇〇区の〇〇さんはパートナーと。」
同じ時間帯で記者会見をやってた他の候補の情報を見てコースケが言う。
「それだな。ファミリーで選挙戦てのはありかもな」
ツカモトはそう言いながら電話をかける。相手は「センター」。いわゆる選対本部だ。
「出馬会見でファミリーが出たのいくつかあったよね。そこについての反響をサマライズしてみて。イケてたらファミリー選挙戦っていう線で考えよう。」
作戦会議
「”子どもをだしに使うな”的なコメントは結構あるね。それと”違法だ”とかいうのも」
「それ、想定内だけどな」
ツカモトが言う。
「私はおかしいと思う。そういうの」
リエは言う。
「だって政治は未来を作るものでしょ?だから子どもは絶対に外せない。ママはみんな子供のために戦うつもりだよ」
「そうそう」「そうだよね」
ネットのあちこちから賛同の声が湧き上がる。
だいたいがママ候補者。男性の声も交じる。
「あ、パパもね」
全国の候補者が参加して選挙戦のオンライン作戦会議。
この日は12の選挙区から。
「チャレンジだよね。結構な。」
「でもアメリカじゃ普通だよ。選挙戦は家族総出。」
アメリカ生まれ帰国子女のミオリが言う。
「むしろ家族が出ないと、ちょっと大丈夫?って思われちゃうかも」
「日本はそういうのないからな」
「でも変えるんでしょ?私たち。」
「子どもたちのためというのが党の重要なアジェンダだし」
「”投票は0歳から”っていうのをもっとアピールしないとね」
そう。この党では政策に有権者が直接投票するシステムだが、投票は0歳からできる。赤ん坊や幼児にできるわけがないが、代理投票の仕組みがある。この場合はだいたいが保護者。
つまりこの党では、子どもも立派な有権者だ。違法だという法律があるなら、法に抵触しない活動をすればいい。基本的には「特定候補者への投票を促すこと」をしない。「党のシステムのアピールをするだけ」
リエ・ライジング
「もぉ!ママ疲れてるんだから、ちゃんとして!」
遊んでばかりでちゃんと食べない娘に、リエはつい怒鳴ってしまう。
泣き出す娘に途方に暮れて項垂れる。
(もう疲れた・・・全部終わりにしたい・・・)
中卒の女には就ける仕事はそうそうない。
水商売もやったけど、どうも性に合わなかった。見た目はいいしそれなり喋れるし演じることもできるから結構成績も良かったけど、3ヶ月でいやになった。そういうとこに来る男にムカつくまだ幼い自分がいた。
泣き止まない娘を抱きしめて自分も泣き出してしまう。
「ごめんね。ひーちゃん。ごめんね・・・ママ負けそうだよ」
まだ1歳の幼子にこんな思いをさせてしまった自分が情けなくて辛い。
20歳の時娘を産んだ。父親はわからない。”ウリ”をやってて。
堕ろすことは何故か考えなかった。
なんだか母親のことをずっと恨んでて、17歳で家を出てから母親とは連絡をしてない。自分の居所も知らないだろう。
だからその時も意地を張って頼らず頑張ってひとりで育てようと思った。
今は介護の仕事に就いている。身体は大変だけど充実していた。
ある時仕事場のホームで、リエはついに倒れてしまった。
過労と栄養不足。
目覚めたのは病院のベッド。脇に見知らぬ若い女性が座っている。
「あ、気が付いた?」
女性は声をかける。
「あ、あの・・・」
リエは女性の顔を見て戸惑う。
(知ってる人だっけ・・・忘れてちゃってる?)
そう思いを巡らす。
「はじめましてよ。」
リエの様子を見てとって女性は笑顔で語りかける。
「は・・・はじめまして・・・あ!娘は・・・」
娘のことを思い出して周りを見渡しながら小さく叫ぶ。
「大丈夫よ。今ちょっとお散歩。飽きてきちゃったみたいで。そろそろ戻る・・・」
と言いかけたところにトントンとノックがする。
「はい。どうぞ」
そう女性が応えると、別な女性が入ってくる。腕には子どもを抱えている。
「ひーちゃん!」
リエは叫んで両腕を伸ばす。
「ママ・・・」
女性は子どもをリエに渡す。
「ごめんね。ヒーちゃん。ママ、悪いママだね・・・」
「そんなことないよ。大変だったよね?ひとりで仕事も子育ても。」
すかさず女性は労るように言う。
「一人で頑張って、あなた倒れちゃったの。憶えてる?」
(そっか・・・仕事の途中で・・・どうしよう)
「あの今日は何日ですか?仕事は・・・」
「大丈夫。話はちゃんとしてあるから」
「あの・・・あなたたちは・・・どういった・・・」
「あ、そうだね。怪しいよね。」
そう笑って女性は名刺を差し出した。
「私はシノハラセイコ。こっちはカンザキナナちゃん。私たちはコミュニティと呼んでるけど、孤立した人たちをつなげる活動をしてるの。」
「”自助なんてない。共助を作ろう”・・・これが私たちのキャッチフレーズ。」
ナナが言う。
「そうなの。ひとりで頑張らないで。一緒にやりましょ?その子のためにも」
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「ごめんください」
門のインターフォンに話しかける。
3階建ての比較的大きな建物。決して立派じゃないけど、ひどくボロくもない。というかなんとなく懐かしい趣がある。生け垣に囲われて、庭木が何本か立ってる。
「はーい。どちら様?」
しばらくして女性の声が応える。
「あの・・・シノハラセイコさんからご紹介されて・・・」
「あーはいはい。どうぞお入りなさい。玄関入って右の部屋よ。」
途中まで言うとそう促され、ちょっと面食らいながら、リエは門を開けて中に入る。多分今朝きれいに掃き清めただろう庭に落ち葉が少し落ちてる。抱っこされたヒトミが指差す庭木の枝に赤い実がなってる。
「お邪魔します・・・」
そう言って玄関を開けると1間ほどの幅の廊下がずっと続いていて両脇にドアが並んでる。思い思いにデコってある。
(ここで靴脱ぐのかな)
玄関には靴が並んで両脇の下駄箱にも大小いくつもの靴が入ってる。
「お邪魔します」
もう一度言って指示された右側のドアをノックする。
「はいどうぞ」
中からまたさっきの女性らしい声がする。
「失礼します。」
そう言ってドアを開けると結構広い部屋。大きな食卓テーブルと椅子がいくつかあって奥のソファに高齢の女性が座っている。カーペット敷きの床では小さな子や赤ん坊が遊んでる。
「あの・こんにちは。シノハラセイコさんから・・・」
「はいはい。えーとタカ・・・」
「タカサキリエです。はじめまして。」
「あーそうそうリエさんね。どうも年のせいか憶えられなくてね。あはは。もうやだわ。ここにメモしたのに・・・」
そう言いながらメガネをかけたり外したりしながらテーブルの紙切れに目を落とす。
「もぉ字も見えないわ。ちょっとちーちゃん。これ・・・」
そう言うと女の子がパタパタと駆けてきて、女性が指差す紙切れの文字を覗き込む。
「んーと、ひ・と・み」
「あーそうそう、娘さんはヒトミちゃんよね。」
「はい、そうです。」
「あら、なに突っ立ってるの。こっちへおかけなさいな。」
そう言うと”ちーちゃん”と呼ばれた子が駆け寄ってくる。手を取られていざなわれるままソファに座る。
女の子はニコニコしながらリエに話しかける。
「こんにちわ。あたしはハナサキチハル。3歳。」
「あ・こんにちわ。タカサキリエです。この子はヒトミ」
戸惑いながら応える。
(3歳なのに字が読めるんだ)
「ヒトミちゃん、こんにちわ」
そう言ってヒトミの手を取る。ヒトミはびっくりしたような顔でチハルを見つめてる。
「お茶飲む?ちょっとちーちゃん。お茶持ってきて」
女性がそう言うと、チハルがまたパタパタと奥の方へ駆けていく。
「あ・・・いえ、大丈夫・・・すみません」
展開が急でリエは追いついていけない。
「ごめんなさいね。わたしは膝がだめで。」
「あの、セイコさんは・・・」
「なんかねぇ、急用が入ったとかでね。もうすぐ戻るみたいよ。」
「ごめんなさぁい!」
玄関の方からバタバタと足音がしたと思うと、すぐにドアが開いてセイコが飛び込んでくる。
「リエちゃん!ごめんなさいねー。急に呼ばれちゃって。」
「いえ、すみませんお忙しいのに。」
リエは立ち上がってペコリと頭を下げる。
「サエちゃん、ありがとね。マサコさんは?」
女性に声をかける。
「あーセイコちゃんおかえり。まさこさんはお散歩。」
「ちーちゃんもお手伝いした」
チハルがセイコにまとわりつきながらアピールする。
「そっかぁ、ちーちゃん、えらいなー」
セイコはチハルのほっぺたをぷにぷにしながら言う。
「あの、娘さんですか?」
リエはちょっと訊いてみる。
「違うわ。でもそーねぇ、自分の子供ね、ほとんど。ここにいる子は」
「今度ね。ここに入るかもしれないのよ。リエちゃんとヒトミちゃん。」
チハルに向かって言う。
「そうなの?わーい」
リエはペコリと頭を下げる。
(まだ入るかどうか決めてないんだけど・・・)
ちょっと戸惑う。
「この建物は私達のシェアハウス。ここにいる人たちは、まぁ家族・・・っていうかコミュニティ。この部屋は共有スペースなの。みんなここでご飯食べたりとかリビングにしたり・・・」
セイコは向かいのソファに座りながら言う。その間もチハルがまとわりついてる。まるで母親に甘えるみたいに。この子は少し落ち着きがないようだ。
「ちょっとちーちゃん。私は今りえさんとお話してるの。ちょっとサエおばあちゃまのとこ行っててね。」
セイコはチハルをサエの方へ送り出す。
「私も住んでるのよ、ここに。お世辞にも立派とは言えないわよね。まぁ普通。元会社の社員寮だったのを、うちの会社で買い取ったの。ここは食堂だったのね。ちょっと狭かったから隣の部屋と繋げてあるけど・・・」
「部屋案内するわね。」
そう言って立ち上がり、サエと子どもたちに言う。
「じゃまたあとでね」
そう言い残してリエを促して部屋を出る。廊下を歩きながらセイコが話す。
「私もシンママなのよ。実の子は3年生の娘と1年生の息子よ。」
「あなたのお姉ちゃんとお兄ちゃんね。」
リエに抱かれたヒトミに笑顔で言う。
「さ。この部屋よ。」
「部屋は二間。広くはないわね。でもさっきの共有スペースがリビングキッチンダイニングだから。それを考えればここは寝室ね。家具は一通り揃ってるわ。一応お布団とかもね。まぁ宿屋並み。スーツケース一つで来て大丈夫っていう方針。駆け込み寺みたいなこともあるし。」
6畳ほどの部屋が二間。今住んでるワンルームアパートより広くてもったいない。
「家賃は全部込みで1.2万。ただ社員になれば会社持ちね。こういうシェアハウスが市内の他のところにうちの会社だけで大小合わせて8棟あるわ。一戸建てとか普通のアパートとか元旅館とか。それと商店街をまるごと借りてそこ全体をシェアコミュニティにしてるところもあるのよ。よくあるシャッター商店街ってやつ。珍しいでしょ。」
「ここには、シンママが6世帯と、これから子どもが生まれる夫婦と、おばあちゃまのお一人様がふたり、さっきのサエちゃんとマサコさんね。あと学生さんがふたりいるわ。子どもは大きいのから小さいのまで・・・えっと・・・9人かな。学校前の子がさっきの3人と幼稚園に行ってる子が2人。」
(そんなにいるんだ)
リエは思った。
(ヒーちゃんどうかな。今までそういう環境なかったから・・・)
「子ども3人のとこがあるから。夜なんか賑やかよ。てか大騒ぎ。世に言う”発達障害”っぽい子もいるしね。さっきのチハルちゃんもそんな感じ。別に関係ないけどね。もう兄弟みたいなもんだから喧嘩もしょっちゅう」
セイコはあけすけに話す。
「ヒトミちゃんは1歳だっけ?だったらえーとミサキちゃんと一緒ね、さっきリビングにいた子よ。おとなしい子いたでしょ。それとサエちゃん。子ども好きで、面倒見てくれるの。仕事でよそに預けなくていいし。待機児童で無料のとこにはなかなか入れないでしょ。」
「ごはんはリビングでみんなで作って食べたり。まぁでも全員いっぺんに集まると結構いっぱいだけど。食材はね、共同購入よ、ほぼほぼ。コミュニティで一括で買ってくるから、かなり安上がりなのよ。近郊の農家とかちょっと遠出で漁師さんとことかでいわゆる廃棄食材手前のやつをもらってくるの。『フードロスバスターズ』っていうシステムよ。もらってくるって言ってもただじゃなくて安く買うのよ。またはカ・ラ・ダで。」
リエはちょっと身を固くする。
「あはは。違うわよ。ソレじゃなくて、労働。」
セイコが笑う。
「それとね。生活道具もかなりのものはシェアよ。子供のものとかは特にそう。リビングにあるものは全部共有ね。勝手に使ってOK。月に一度使うかどうか、下手すると何年に一度とかっていうものって結構あるでしょ。例えば大工道具とか毛玉取りとか。あと子どものおもちゃとか服なんかあっという間に着れなくなっちゃうでしょう。だからみんなお下がりよ。最初からリサイクルだし。本当にたまにしか使わないものとかは、他のシェアハウスの人たちとシェアしたりもしてるわ。」
いろいろと教えてもらって、帰り際にセイコは言う。
「こんな感じよ。考えてみたらいいわ。悪くないでしょ?いえ、絶対オススメ。リエちゃん、ここに来なきゃだめよ。ひとりで頑張らないで。私もシンママだからわかるの。どんなに大変か。」
そしてヒトミに向かって言う。
「ね。ヒトミちゃん。ママ心配だよね。あなたのママは頑張り屋さんだから。ヒトミちゃんからも言ってやって。ママここに引っ越そうよぉって」
セイコは押しが強い。でもその押しの強さは、自分の為を思ってのことだとリエには感じられる。いい話だけど、まだどこか踏ん切りがつかない。いきなりで怖い気もする。
「送っていくわ。乗って」
車を指し示して言う。
「あ、いえ。」
「ほんとは迎えに行くつもりだったんだけど、ちょっと仕事が入っちゃって。いいから、ほら」
リエはためらいながらも乗り込むと車はすぐに出発する。
「お仕事だったんですね。すみません。」
「いいのよ。これが私のライフミッションだから。シンママを幸せにすること。だからそれが心置きなくできるように、仕事も完全フレックスだし。」
「フレックス・・・?」
「自分で働く時間を決めるのよ。まぁ自分たちの会社だから。IT系の。だから自由が利くのよ」
車が走り出してまもなくリエは言う。
「あの・・・少しお話お聞きしたいことがあるんですけどいいですか?」
「もちろん。いいわよ。あ、お昼食べてないわよね。じゃ何か食べましょう。」
「あ、いえ・・・」
そう言うが早いか、行き先を変えてもうファミレスの駐車場に入ってる。
ファミレスの席について注文を済ませてから、リエは口を開く。
「あの・・・何から何までいろいろとありがとうございました。あの・・・最初に、どうやって私を見つけてくださったんですか?どうしてこんな良くしてくれるんですか?」
倒れてから退院してまた仕事に戻ってと余裕がなく聞きそびれてたが、ずっと気になっていたこと。
「そうよね。怪しいわよね。唐突だものね、あなたにすれば。大丈夫。変な新興宗教とかセミナーじゃないし。って自分で言っても説得力ないわね。アハ・・・」
セイコは笑って見せる。
「じゃ私のことを話すわね。」
「5年前ね、シンママになったのは。旦那はとんだDV野郎でね。ずっと逃げたかったけどできなかったわ。私もあなたと同じ高校中退なの。18歳で上の子を産んで下の子は20歳の時。二人の子を抱えて自活なんかできるとは思えなかった。」
「そんな時あるプロジェクトのことをTwitterで知ったの。『シンママを救おう』っていうの。まさしくどんぴしゃよ。その時はまだシンママじゃなかったけど、いづれそうなるんだからと思ってすぐにコンタクトしたわ。プロジェクトは仕事と生活の両方をみんなで作ろうっていうの。」
「『CrowdVenture』というサイトがあってね。そこには『冒険の地図』がいくつもあがってて『シンママを救え』プロジェクトもその一つだったんだけど」
話しながらタブレットでサイトを見せてくれる。なにやら画面に地図らしきアイコンがいくつもふわふわと浮遊してる。
「冒険の地図・・・ですか」
(なんだ?RPG?)
リエの頭にもはてなマークが浮遊していた。
「まぁいわゆるビジネスプラン。RPGみたいなノリで起業するって仕組み。もちろん本物のよ。チャレンジするのは『勇者』っていうの。おかしいでしょ。その時集まってた『勇者』は4人。私以外はすでにシンママよ。ルールのひとつはチームを組むことなの。一人で始めちゃいけない。よくRPGで「旅の仲間」みたいなのあるじゃない。あんな感じよ。そこでみんなと出会ったの。まずは収入ね。それも『CrowdVenture』から儲かりそうなので自分たちができそうな、というよりやりたいのを選ぶの。やっぱりやりたいことが一番なのね、成功には。でチャレンジする時には『天上人会議』っていうサポートがあってね。匿名の『賢人』たちが知恵や助言をくれるSNSよ」
「そうそうそういえばその『CrowdVenture』のもともとのファウンダーが謎でね。未だに誰も会ったことないのよ。おかしいでしょ?『天上人会議』に紛れてるっていう噂もあるんだけど、なにせ匿名だから。暇な大金持ちだとか日本人じゃないとか、実はもう死んでてAIなんじゃないかとかみんなで推理したりしてるんだけど、未だに正体不明。男か女かもわからないわ。男っぽいところもあったり女ぽいところもあったり。年齢も結構いってそうだけどすごく若い感じもする。」
セイコは笑う。
「で、ビジネスプラン。色々ある中から私たちは無謀にもIT系ベンチャーを選んだの。稼げるし時間も自由になるから。今思えばびっくりよね。4人の中でIT経験者なんて誰もいなかったわ。それどころか起業だってしたことない。でも結局それが強みだったわけよ。シロウトだから無理も言っちゃう。てか無理というよりこんなこと当たり前でしょ?みたいな。『地図』のロードマップやアクションプランがすごく具体的だし『天上人会議』もあったから、自分たちでもそのとおりちゃんとやればできそう、って思えた。それと肝心なプログラム。こっちは『プチジョブ市場』ていうのがあってそこでエンジニアにオーダーできるの。でシードマネー100万円を出してもらって下準備。まず最初の目標は女性の起業向けの借り入れよ。そこまでがフェーズ0ね。」
リエは夥しい情報量に頭がぐるぐるする。
「それと住むところね。今みたいなシェアハウスよ。最初は田舎の一軒家。4人で借りてそこに移ったの。私もついにうちを脱出したわ。5LDKで大人4人と子ども5人の9人家族だから狭くってもう大変よ。職場兼だったし。でもリビングダイニングがまぁ広かったから良かったわ。楽しかったわよ。ぶつかり合いも結構あったけど、さすがあのプロジェクトに応募してくるだけあってみんなやる気満々だから。シンママとしてのガッツもあったし。子どもっていう支えっていうか守るべきものがあったから。」
「そこから始まってるの。だから私たちのライフミッションはシンママを幸せにすることなのよ。今はこの町にシェアハウスが8軒とビジネスが13よ。頑張ったなぁ・・・」
セイコは懐かしむように”空”を見つめる。
「あの・・・」
リエはやっと口を挟む。
「それで、どうしてどうやって私を見つけてくださったんですか?」
「あらやだ。ごめんなさい。そこだったわね。」
セイコは笑ってスマホを取り出す。
「うちのサービスのひとつなんだけど『助けてコール』っていうアプリがあってね。これ。」
そう言って画面を見せる。画面には大きく3つ[助けてください][助けてあげて][助けたい]のボタンだけが並んでる。
「気軽に”ヘルプ”を言える社会っていうのがコンセプトよ。困った時にその[助けてください]をポチッとすると助けてもらえるって仕組み。押してみて。」
ためらいながら押して見ると、「どうしました?大丈夫?」と間をおいて表示される。チャット風の画面。「おなかがすいた/家がない/仕事がない/いじめられてる・・・」などなど続けて選択肢がいくつか並んでる。
「大丈夫。はじめのうちはAIだから。いたずらとか気の迷いとかもあるからね。でね、このアプリを広める活動をやってくれてる学生部隊がいるの。全国各地にね。『ロビンズ』っていうの。バットマンのロビンね。1年半くらい前にできたんだけど、主に大学生。高校生もいるわ。彼らのもうひとつのミッションは”助けて”を必要としてる人たちを見つけ出すこと。いわゆる社会的弱者って言う人達ね。孤立してる人たち。ほんとうに苦境にあって助けてくださいって言いたい人たちは、ここにたどり着く余裕もないのよね。あなたもそうだったでしょ?」
(そう・・・いっぱいいっぱいだった)
リエは切実に感じた。
「『ロビンズ』は町をパトロールしてるの。と言っても実際巡回してるとは限らないけど、アンテナを張って噂を集めて兆しを見つける。自治体の民生委員と協力できる町はシンママや貧困世帯の情報を提供してもらったり。ここの町はそういう情報を共有してくれるから、実はリエちゃんのことは知ってたの。シングルマザーとしてね。一度訪問してるのよ。私じゃないけど。病院に一緒にいたナナちゃんよ。彼女は看護学校の学生なのね。民生委員と一緒に行ったんだけど、でも門前払いされちゃったって。憶えてる?リーフレットはおいていったはずだけど」
「あ・そうだったんですか。あぁ、そんなこともあったような・・・あぁ、ナナさん、そういえば・・・ごめんなさい。」
リエは記憶をたどってみる。
「いいのよ、まぁそういう人も多いわ。リエちゃん、結構頑固そうだもんね。リーフレット配ってるけど、見ないわよね。私だってそうだったわ。とにかくへとへとでそんなわけがわからないもの相手にする余裕なんかないものね。弱音を吐こうもんならなんだか叩かれるしね。母親はみんな大変なんだとか。わけわからないわよね。誰も頼るもんかなんて意固地になってもおかしくないわ。」
(そう言われればそんな頑なさはあるな)
リエは思う。
「だけど倒れたって知ってこれは緊急事態だと私も駆けつけたわけ。幸いあなたの職場にこのアプリのユーザーが居たの。その人が[助けてあげて]をポチッとしてくれたのよ。」
「そうだったんですか。わたしラッキーだったんですね。」
「そうね。繋がったのはナナちゃんだったんだけど、私も偶然そこに一緒にいて。なんか勘が働いたのよ。何かの縁があるのかもね。」
セイコはしばらく考えてから言う。
「ね。どう?リエちゃん、うちの会社に入らない?」
唐突な誘いにリエは驚いて答える。
「え・・・でも私何もできないですけど・・・」
「だから私もそうだったんだって。スタートは同じ。高校中退。学歴的には中卒ね。でもチャンスとガッツがあったわ。仲間もいたし。あなたの場合チャンスは今ここにあるわ。ガッツもあなたにもちゃんとあるわよね。だって倒れるくらい頑張ってるんだもの。それにヒトミちゃんのこと大切でしょ?それが一番の原動力なの。で、仲間は私達よ。ほら全部揃ってる。」
セイコはそう言いながら両手を広げる。
「それにね。あなた優秀よ、多分。話し方とか見ててわかるわ。」
「・・・考えてみます」
リエはついそう答えてしまったが、もう心の中では決めていた。引越の手続きやら職場を辞める段取りとか、なにをどうするかと考え始めていた。
翌日にセイコに電話をする。
「お部屋とそれとお仕事、お願いします」
「良かった。じゃぁね。今晩からもうこっちに来るといいわ。必要なものだけ持っていらっしゃい。いいじゃない、お泊りだと思って。迎えに行くわね。用意しておいて。」
セイコの話は早い。シングルマザーには一日でも一秒でも早く安らぐことが大事だと身を持って知ってる。
インタービュー
その時にこの党がやってる『コミュニティ』からアプローチがあってそこからです。関わりは。どこからどうやって見つけ出されたのか実はあまり憶えてませんが、今メンバーになってわかりましたが、そういういわば”困ってる人”を探し出すシステムがあるんです。なんか怪しいですよね。でも本当に救われました。4年前ですね。娘が1歳くらいです。もしそれがなかったら・・・娘を殺して私も死んでたかもしれません。とにかくひどい状態でした。」
「『コミュニティ』ではシェアハウスを運用しています。一棟借りしているアパートが市内にいくつかあって、シングル世帯や高齢者のお一人様や学生さんもいてそれぞれの独立した部屋と共有スペースがあります。共有スペースはみんなのリビングキッチンダイニングです。食事はそこでみんなで作ったり、それぞれで作る時もありますが、食材も共同購入とかで生活費もかなり安く済みます。私のいるアパートには子どもが11人いて、どこもシングルですが、子供同士でしょっちゅう一緒にいます。もう兄弟ですね。おばあちゃまが二人いて面倒見てくれるので、仕事でも助かってます。生活道具はかなり、子供のものとかは特にそうですけど、シェアしてますね。考えてみたら月に一度使うかどうか、下手すると何年に一度とかっていうものって結構多いんですよね。本当にたまにしか使わないものとかは、他のシェアハウスの人たちと共有したりもします。子どものおもちゃとか服もお下がりとか。」
「『コミュニティ』は党が運営してます。よく貧困を政治利用してるとか批判もされますが、たしかに選挙運動ではこういう活動を全面的に出して有権者に訴えます。でもそういう批判って逆におかしくないですか?私たちの目的は自分たちみんなの生活を良くすることです。そのための活動がまず第一です。自分たちでできることはとことんやる。その上でどうしても自治体とか国レベルでやらなきゃならないことがある。それが政治ですよね。そう思いませんか?」
たまにセンターから入ることもありますが、殆どがアイドルタイムにチーム全体に対して行われます。センターは38ある戦術チームみんなで共有するセクションで、より高度な戦略立案や情報収集をします。議員立法の政策立案や各種プレン資料などもそこで作ります。今回皆さんにお渡ししてるペーパーもそこで作ったものです。
「彼らのような子の学歴は高卒か、私のような中卒になるかもしれません。ただ我々の党ではそういう”特別な”子どもたちにプログラムを用意しています。名付けて”恵まれし子らの家”。どこかで聞いたことあるでしょ。」
理恵はいたずらっぽく笑って見せる。
「私たちは文科省教育制度に馴染まない子どもたちには特殊能力を持ついわば”Xメン”がいると考えています。もちろん全員ではないですが。国がやってる学校制度は明治維新の頃に作られたものから殆ど変わってません。いやもっと前からかもしれませんね。先生が演壇に立って板書し講義したものを、生徒たちはひたすら写すだけ。最近はそうでもないのかもしれませんが、でもどの問題にも必ず”正解”があって先生が隠し持っている。これは同じですよね。勉強だけでなく生活態度や生き方にさえ”正解”が予め想定されています。その”正解”と折り合いが悪い生徒は”矯正”されるか最悪”排除”されます。優秀で真面目であればあるほど、やってられないと思うのは当然ではないでしょうか。その昔にはネットスマホは愚か電話もテレビも、それどころか電気も車さえもなかったんです。想像つきますか?」
理恵は観客を見渡す。
「私が生まれたのは1996年です。子供の頃にはスマホなんてなかったです。世の中にガラケーはありましたけど、うちは貧乏だったので触ったこともありませんでした。高校くらいですね。スマホが出てきたのは。自分で持ったのは中退してアルバイトしだしてからです。それがないとアルバイトもできませんでしたから。」
「今の子供達にはネットもスマホもあって当たり前です。紙と鉛筆みたいなもんです。あ、紙と鉛筆の方が特別ですか。漢字や歴史の年号なんか憶えてなくてもネットで調べればすぐに分かります。計算式や物理式なんか知らなくても核融合炉なんかも作れるらしいですね。難しい計算もスマホがやってくれます。憶えてるかだけを試されるテスト、掌に収まっていつも持ち歩いてるスマホを使えば済むテストって彼らにとってなんの意味があるんでしょう。」
「思うに彼らの頭脳は私たち大人なんかよりはるかに進歩してるのかもしれません。多分おそらく、いえ当然絶対にそうに決まってます。そういう環境で育ってきたんですから。娘は5歳ですが、もう当たり前にネットやタブレットを使いこなしてます。YouTubeが好きで英語のコンテンツを観て多分理解してます。ミオリの影響もありますが。私の5歳の時とはまるっきり違います。科目によって違いますけど、もう小学校のレベルを終わってる部分もあるんじゃないかと思います。5歳でです。これじゃ学校なんか全然つまらないって思ってもおかしくないでしょう。でも大抵の子供たちは我慢して自分をごまかして学校に通っています。親や大人はみんな学校に行かせたがる。仕方ないですよね。学校に行くか行かないかの選択肢しかないんですから。少なくとも今は。仲良しの友だちがいるならそれが楽しみかもしれませんが、毎日それだけでは飽きてきて退屈だからなんとなく鼻についた子をからかってみたくもなるでしょう。リアクション次第でいじめにエスカレートします。」
「”恵まれし子らの家”はそんなスピンアウトした子どもたちから能力者を探して教育トレーニングするプログラムです。コースケもそこで発掘された能力者です。」
「私は子どもではないですが、議員に立候補するに当たって、色々な訓練を受けています。特にコミュニケーション能力を。こういった場でスピーチするのもそうですが、突撃取材やメディアでの意地悪なツッコミに対処する訓練も結構やってます。」
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