リアリティドラマ シーンイメージ〜「ソーシャルキッチン 夕餉のシーン」(ドラフト)
初めてのソーシャルキッチン
お寺はちょうど学校から帰る途中にある。
これまで境内には入ったことはなかったが、いつもそばを通っていた。太い幹の樹が何本も石塀の上から枝を伸ばしていて、秋には黄色の葉っぱとともに実が落ちていてクサイのがちょっと苦手だ。石塀は古そうに苔むしていて、その隙間から重そうにどっしりとした屋根の大きなお堂が見える。
学校が終わったらそのまま公民館の図書室に行って一人で読書をする。他の子はみんな習い事とか塾に行ったりしてるけど、自分はいつもそうしてる。本が好きなのはほんとだったけど、誰もいない家に帰るのはあまり好きじゃなかった。
でも今日は家に帰るんじゃなく、ここに来ることになっていた。
時間は17時半。
初秋の陽はもう暮れて薄暗いお寺の建物から明かりが、掃き清められた境内に少しだけ落ちてる黄色の葉っぱを浮かび上がらせる。やっぱりちょっとクサい。
ランドセルを背負った女の子はドキドキしながら、今日初めて境内に足を踏み入れる。
〈ピンポ〜ン♪〉
チャイムを鳴らす。お寺の大きなお堂に連なる建物の玄関。たしか今年の夏に建て替えてた。玄関灯が真新しい白木の木目のつるつるした柱を照らす。
「あの・・・こんばんは・・・」
か細い声で扉越しに中に呼びかける。
「すみません」
中から少し声が漏れ聞こえてくるから、もう少し大きな声で呼んでみる。だんだん不安になってきたところに、中から「はいはい」という声が近づいてきて、エプロンを掛けた人の良さそうなおばさんが戸を開けた。
「あら?どうしたの。おかえり。早くお入りなさいな」
(え?おかえり?なに?)
面食らって絶句している女の子の背中を押して中に引き入れると、奥に向かって大声で呼びかける。
「ちょっと!ユウカちゃん!ユウカちゃん!」
呼びかけたところへショートカットのお姉さんがぱたぱたとスリッパの音を立てて走り出てきていた。
「マユミちゃんね!」
「あ、はい」
「おかえりなさい。よくきてくれたわね。わたしはユウカ。よろしくね」
腰を屈めたユウカに両手を取られて、マユミは緊張した面持ちで、ユウカの笑顔を見上げた。
「よろしくお願いします」
マユミはペコリと頭を下げる。ユウカはエプロンのおばさんにお礼を言ってからまた女の子の方を向く。
「チハルお姉さんはね。遅れてくるのよ」
チハルのことは知ってる。昨夜うちにきてお話をしていった大学生のお姉さん。おかあさんと二人っきりの狭いアパートには滅多に訪問客はない。彼女が置いていったちらしには《ソーシャルキッチン》という見出しが書かれていた。
「マユミちゃんは3年生だっけ。遅かったのね。あら学校からなの?家に帰らずに?」
背負ったままのランドセルに気がついてそう聞いてみる。きっと一人で家にいるのが嫌なんだろうなと想像する。
「あ・・・はい。図書館で本を読んでました・・・」
「へぇ、そうなんだ。本が好きなの?」
「あ・・・はい」
「ここは学校が終わったらまっすぐ来る子も多いから、マユミちゃんも真っ直ぐここに来てもいいのよ」
マユミを抱きかかえながらユウカは廊下を奥へ誘う。
廊下はカーペット敷で、壁にはポスターや額縁などが飾られている。その中に”ソーシャルキッチン”の文字も見えた。
玄関ホールから左手に奥へ進むと2間幅の障子戸がある。開けると畳敷きの大広間で、座卓が6つほど並べてある。こどもが10数人いて座って何か本やノートを広げている。小さい子もいて、走り回ってふざけてたりする子もいる。
ユウカはみんなを見渡しながら言う。
「みなさぁん、マユミちゃんが帰りましたぁ」
「おかえり〜」
とまた子供たちの数人がめいめいに声を上げる。
(やっぱりおかえりなんだ・・・ただいまでいいのかな・・・でもへんかな・・・)
マユミはなんと言っていいかわからず黙って頭を下げる。
「おかえり〜って、この子、困ってんじゃん」
入り口すぐ脇に座ってる女の子がマユミを見上げる。
「はじめてだよね?」
マユミよりだいぶお姉さんのように見える。縮れっ毛の赤みがかったショートヘア。ちょっと日本人離れした顔立ちでピアスなんかしている。スカートが短いけどまさか小学生じゃなさそう。でも中学生じゃこんな格好はできないし。いや小学生ならなおさらだ。
傍らの小さい子と本を広げている。
「ここはね。だいたいみんな自分ちのつもりなんだ。だからみんなおかえりって。和尚さんがそう決めたんだよ。学校からここにまっすぐくるから」
女の子はマユミからユウカに視線を移し眉をひそめる。
「チイちゃん、ちゃんと説明したのかな」
「あの子はちょっと独り合点なとこがあるからね」
ユウカはクスリと笑う。
子どもがたくさんだけど学校とは全然違う様子にマユミは圧倒されながら呆然と突っ立っていた。
「ランドセル、ここに置きなよ」
女の子に促されてランドセルを下ろして女子に渡す。
「びっくりしてる?兄弟は?」
「いえ、いないです」
「あたしも一人っ子・・・」
リンカはユウカの方をちらっと見る。ユウカは笑いをこらえてる感じでいる。
「じゃないんだけどぉ、お姉ちゃんがいるけど年が離れてるからお母さんがふたりいるみたいかなぁ」
リンカは肩をすくめて視線を上げる。
「ここはみんな兄弟みたいなんだ。トモ、シュン、リョウちゃん、モモちゃん、あの子が一番小さい子で・・・」
一人ひとり指差しながら早口で次々に名前を教えるが、多すぎてとても憶えきれるもんじゃない。
「おーい、みんな運べ〜」
そこへ大学生くらいのお兄さんが大きな鍋を持って入ってくる。
「5人、取りに行け〜」
「はーい」
子どもが数人バラバラと出ていく。何も持てなさそうな小さい子も後についていく。ノートを広げてる何人かはそのまま顔を上げずにいる。
(いいのかな)
「あの・・・わたしも行った方がいいですか?」
(ちゃんとお手伝いをしないと)
マユミは心の中でおかあさんに言われたことを思い出して少し焦りを感じた。
「ええと、そうねぇ・・」
人数を数えてるのか答えあぐねてるユウカを見上げた視線をピアスの女の子にも一瞬落とすと、待ち構えてたように目が合った。
「じゃぁいこ」
ユウカの言葉を遮って女の子はすくっと立ち上がって、マユミの手をとる。
「あ・・・はい」
手を引かれながら小さく答えるマユミを女の子は大きな目をいたずらっぽくして睨む。
「じゃ、リンカ、マユミちゃんに教えてやってね。私はこれから・・・」
ユウカが後ろからそう言う間もなく、廊下をさっきの玄関の方へリンカに手を引かれるままマユミもついていく。隣にいた子も後ろからついてくる。
「おりこうさんじゃん」
「リンカ・さん、ですか?よろしくお願いします」
「リンカでいいよ。”さん”いらない。そっちのほうが可愛いっしょ」
途中すれ違うさっきの子どもたちが食器や鍋を乗せたワゴンで運んでる。小さい子も後ろからついて行って自分も”役目”を担っているつもりだ。
「走ったらダメだよ。こかすよ」
リンカは子供たちに声をかける。
「マユミって言うの?じゃぁ、マユユだね」
リンカは勝手に呼び名をつける。
玄関ホールを過ぎるとガラスの引き戸が半分開いていて、そこは少し広めのキッチン。シンクやコンロがいくつか並んでいて、宴会の料理なんかを作れるようになっている。どうやら今年の改装で造り付けたもののようだ。そこで大人が2人と何人かの子どもが支度をしている。
おいしそうないろんな匂いがする。マユミはおなかが鳴らないかと赤くなりかかった。
「ここでね、みんなで料理するんだよ」
リンカはみんなを見渡しながら言う。
「あたしもやったりするけど、今日はこの子の相手しててさ。あ、あれがお寺の女将さん」
最初に迎えてくれたおばさんを指差す。
「あ、今日はトシおじちゃんいるんだ!やったぁ」
リンカは奥の方で何かを揚げてるおじさんを見つけて叫ぶ。
「トシおじちゃんはお魚を持ってきてくれるんだよ」
マユミにそう言いながらおじさんの傍に行く。
「トシおじちゃん、今日はなに?」
トシおじさんは漁港で働いてて、時々未利用魚を山ほど持ってきてくれる。
「いろいろだ。カレイもあるで。リンカ好きだべ」
「みんな好きだよ。嫌いな人いる?マユユは?」
「あ・・はい・・・多分・・・」
「唐揚げにするんだよね。モンちゃんもやってるんだ」
おじさんの隣で小学生くらいの女の子が包丁を握って魚をさばいてる。
「この子は筋がいい」
「モンちゃん、お料理好きだよね。あたしは包丁はちょっと。よく指切っちゃうんだよね」
「リンカはあわてんぼだからな」
トシおじさんが笑うとリンカは顔を歪め口を尖らせて舌を出す。
「マユユは料理する?」
「え・・はい、します」
「へーすごい」
「お母さんが帰ってくる前にちょっと」
「おおそっか。えらいな。何年生だい?」
とトシおじちゃん。
「3年生です」
「たいしたもんだな。まだ学校で習ってないべ」
「はい。でもうちではもっと小さい頃から・・・」
「そうかい。モナミも小さい頃からやってんだよな」
「5歳だったかなぁ・・・」
と、モナミという女の子。
「モンちゃんとこもシンママだからね」
「でも偉いべ。母子家庭だからってそうとは限らんからな。リンカ、やらねぇべ」
「もぉ」
リンカはまたふくれっ面をする。
「お手伝いくらいするんだからね。でもあたしんとこは、おねえちゃんがいるからさぁ」
「いんだいんだ。人にはそれぞれ得手不得手ってのがあるもんだ。リンカ、オメのいいところはそうやっていっぱい人にちょっかい出すところだかんな」
「トシおじちゃん、それ褒めてんの?」
リンカは釈然としない表情でふくれてる。
「ああ、もちろんだぁ。オメみたいのがいるから初めてでも心細くねえのさ。な。マユユちゃんってのかい?んだべ?」
トシおじさんはマユミに笑いかける。マユミは黙ってうなずく。
「この子、マユミだよ」
リンカは、何かそれは自分だけの秘密の呼び名であるかのように訂正する。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
大きなタッパーをひとつずつ抱えてキッチンから広間に向かいながらリンカは訊く。
「マユユは3年生か。2コ下か」
「5年生・・・なんですか?」
マユミは唖然とする。まさかの小学生。信じらんない。
「じゃないんだな〜、それが」
リンカは振り返ってちょっと自慢そうに片方の口角を上げた。
「《SCHOORE》っていう学校なんだけどぉ、普通じゃないんだ。学年てなくてさ。前の学校はやめちゃった。去年」
リンカはさらに続ける。
「いわゆるぅ”不登校”ってやつ」
(え?不登校って、だめな子じゃないの?)
なぜかなにやら自慢げだ。”いわゆる”というワードも小学生の言葉じゃないような。大人びてる。
どうもその《SCHOORE》というところ。なにか特別な場所なんじゃないかな。マユミは好奇心をそそられた。
「で、《SCHOORE》に移ったんだけど、それがね、登校するのも週に2回くらいでそれ以外は家で・・・」
「きゃー、マユミちゃん!」
リンカの言葉を遮って玄関の方から甲高い声がした。
「チイちゃん、遅い〜」
ポニーテイルを揺らしながら両手を伸ばして駆け寄ってくるチハルを振り返りざまにリンカは言う。
(え?チイちゃん・・て、チハルさん、お姉さんなのに・・・)
マユミはまたびっくりする。
「そうでもないっしょ。夕飯には間に合ったさ」
チハルはリンカに満面の笑みを近づけて応える。大学生と小学生が背丈があまり違わない。
「何言ってんのさー。この子不安そうなんだからぁ」
「あらー、マユミちゃんごめんねー」
ふたりとも声がめっちゃ元気で、マユミはあっけにとられていたが、黙って首を小さく横に振った。
「ちゃんと迎えに行かなきゃだめじゃん」
(なんか・・・姉妹?)
大学生のチハルが小学生のリンカにたしなめられるのが、少し不安で少し面白い。
「ごめんね、マユミちゃん。ちょっと別なうちに行ってたら長居しちゃってさー」
3人と並んで歩きだす。
「でも、マユミちゃん、ひとりでも来てくれそうだったし。なんかしっかりしてそうで」
そう言われてマユミはちょっと嬉しい気がした。
「マユミちゃん、お母さんは何時に来るかな」
「え・・・と、7時半・・位だと思います」
「マユユ、まだかたい」
リンカがまたツッコミを入れる。
「ま、初日だしな」
「リンカがゆるすぎでしょ。会ったばかりでしょ。もう”マユユ”なの?普通そんな子いないよねー」
チハルはマユミに同意を求める。
「え・・あ・の・・妹さん、なんですか?」
返答に困ったこともあり、別なことを小さい声で聞いてみた。
「違うよ〜」
リンカがすかさず応える。
「そうなのよ。この子が遠慮なしなだけ」
「でもそんなリンカがいるから安心なんだ。安心して新しい子を連れてこれるの」
「なんでよ」
リンカは少し照れくさそうにさっきの大広間に入っていった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「さぁみんな食べましょう〜」
女将さんが号令をかける。
「ミッちゃん、シュンちゃん、宿題?先に食べちゃえば」
ずっとノートに向かってる二人が顔を上げて、どうしようかなという風に女将さんを見ている。
「あとで見てやっか?」
さっきのお兄さんが二人に声をかける。
「初めての子だね」
お兄さんが唐揚げを頬張りながら、マユミを見て言う。
「アキラ、食べながら喋らないの」
ユウカがまるで子供をたしなめるように言う。
アキラはしてやられた風に笑いながら顔をしかめる。
「マユミっていうんだよ。3年生だって。あとでお母さんもくるんだよ」
リンカはもうすっかりマユミのことならなんでも知ってるような風にコメントする。
「あ、おちゃわんとか、持ってきてない?」
リンカがマユミに聞く。
「チイちゃん、だめじゃん、言ってないでしょ」
また小学生が大学生をたしなめる。
「あー、言ってなかったっけ。ごめーん。マユちゃん、自分のお茶碗やお箸持って来る子はくるのよぉ」
「もぉ、チイちゃん」
「アハハ・・チイちゃんはいっつもリンちゃんに怒られてんだから」
女将さんが笑って言う。
「リンカがお姉さんみたいだべ。背もあんましかわんねぇしな。ガハハ」
トシおじさんも続ける。
「だってチイちゃん、頼りないんだもん」
リンカが口を尖らせながら言う。
「やー、チイちゃん、そこがいいんだわ。天然で」
女将さんが言う。
「でもチーコがほとんどみんな連れてきたんだかんな」
「そうなのよ。なんかね。私が行くと警戒されるんだけど、チーコが声をかけるとなんでかみんな心を許すのよ。不思議なのよね〜」
そう言いながらユウカはご飯をよそってマユミに渡す。
「大丈夫よ。心配ないわ。ここの使ってもいいんだから。でもお茶碗やお箸はできれば自分の持ってきてね。ここにおいておくといいわ。みんなそうしてるの。毎晩だもの」
そう。この『ソーシャルキッチン』は毎晩開かれる。当たり前といえば当たり前だ。誰だってご飯は毎晩食べるんだから。
《ソーシャルキッチン》プロジェクト
『ソーシャルキッチン』プロジェクト。
みんなで買ってみんなで作ってみんなで食べる「共同食堂」。
誰でも自由に食べに来ていい。この町には今は11箇所ある。ここともう一箇所はお寺の大広間を使ってるが、他は小中学校の調理室を開放してもらってる。
以前から”こども食堂”というのは日本全国に次々開かれていた。しかし月に何度かというケースがほとんど。無料でボランティア頼みだから仕方ないといえば仕方ない。
”ソーシャルキッチン”は無料ではない。1食100円ほど、月に3000円ほどが晩御飯の出費。だから振る舞う人と食べさせてもらう人という”差別”はない。みんなで買ってみんなで作ってみんなで食べる。おっきな自分ちのダイニングキッチンだ。こどもだって親だって学生だって普通の大人だって、誰だってごはんは毎日食べるのだから。こどもだってちゃんとお手伝いをする。
食材も”施し”ではない。ちゃんと”買って”くる。買うと言っても必ずしも日本円ではないが。ほとんどがフードロスとなる食材だから超安値だ。近隣の農家や漁師や食品工場から直接買ってくる。
協力してくれるスーパーも何軒かあるが、彼らからしたらいうなればこの仕組みは競合になる。小売業を含めて、生産者と消費者との間の流通は”ロス”の原因となっている。もちろん大量生産大量消費のシステムとしてはそれは極めて合理的なものだったしそのおかげで現代社会の繁栄がもたらされた部分も当然ある。ただ海外から輸入される食材が、災害のためとか金儲けのためとか、時には国同士の駆け引きに翻弄されて不安定になる。それは消費者にとっては当然自分のせいではない。理不尽極まりない天災以外の何者でもない。ましてや食べ物は周りにいいくらでもあって捨てているのにも関わらず、自分は空腹を我慢しなければならない。それは流通がマスのために最適化されているせいだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「みなさん、こんばんはー。ソーシャルキッチン営業開発部の中岡で〜す。お久しぶりで〜す」
食事も一段落した頃、大学生くらいのお兄さんが、一角に陣取って唐突に話し出す。
「はい、みなさん。今日はまた皆さんお待ちかねのイベントがあります」
中岡はまるでお笑い芸人みたいなノリだ。
(なんだろ。イベントって)
マユミには初めてだらけだ。
「今日はなーに?」
リンカは真っ先に声を上げてから、マユミに耳打ちする。
「時々ね。面白いことやるんだよ」
”ソーシャルキッチン”は今や全国に1200箇所以上あり、55000人以上の親子が利用するまでになっている。それが緩やかにつながることでマスパワーを作っている。
そのマスパワーで、企業から様々なビジネスを持ってきているのだ。その収入でこのプログラムの経費などを賄っている。
例えば「商品モニター」。普通の消費者を対象として開発中の商品を試してもらい意見感想を集める。ここには親もいればこどももいる。また女性もいれば家庭もある。
「はーい。全国のサイトのみなさんも聴こえますかぁ?」
気がつくと後ろには三脚のカメラがあって中岡は手を振る。
「今日わぁ・・・お菓子のモニターで〜す!」
中岡はイベントのMC風にタイトルコールをすると
「やったー!」「いえい!」
それを受けて子どもたちが盛り上がる。
「他のサイトにも届いてますよね?」
「はい。みなさん。ここでいつものお約束。ここでのことはヒ・ミ・ツ、ですからね〜。他所行って話しちゃだめですよ〜。いいですかぁ?」
こどもたちはみんな先刻承知のようで「は〜い」と元気に答える。
「企業秘密ってやつ」
リンカはまたマユミに耳打ちする。
横に控えていた黄色のおそろいのTシャツのふたりが、段ボール箱を広げて中からビニール袋に入ったお菓子をテーブルの上に並べ始めた。
配られたお菓子はどんな味なのかは事前にわからない。子どもたちはめいめいに口に入れる。Tシャツのふたりはその反応をひとりも見逃さないように見つめながらメモを取っている。どうやらその二人はメーカーの人みたいだ。
「まあまあだな。マユユは?」
「う・・・ん、ちょっと変な味」
「あれ?そう?なんか子供の頃食べたことあるような」
(リンカは自分が子どもだと思ってないのかな)
マユミは心の中で思う。
(リンカってもしかしたら外国で生まれたのかな)
他の子も首を傾げる子もいるかと思えば、ちょっと笑顔になる子もいる。随分と反応が両極端な味のようだ。
他のサイトの子供たちの様子もそれぞれビデオに録画している。
このノンヴァーナルな素のファーストインプレッションはメーカーが本当に知りたいところだ。消費者は理屈で購買行動をするのではない。あくまで感覚なのだ。
「赤いのが美味しいと思う人」
中岡はみんなに聞く。
は〜いと自信なさげに数人が手を上げる。
「それじゃぁ、まじー、こんなの食えねーよって思った人」
「中岡っち。そんなガラの悪い子はここにはいないよー」
「リンカは言いそうじゃん」
リンカのツッコミに、別な男子がツッコむ。
「あれ?あれ?でも・・・ひとりいるみたいですよぉ」
中岡は二人を制して後ろを指差す。そこには小さな男の子が黙って手を上げてる。
「たっちょんは、いつも素直ですねぇ。中岡、なんか感動しますわ」
もうひとつ大事なのはパッケージデザイン。
「はい、みなさん。ではこのお菓子。どの箱が一番いいと思うでしょうか」
次に商品パッケージサンプルを3つ並べてみせる。
「これがいいひと」
”A”とラベルのついたサンプルを掲げると、何人かの子どもが手を挙げる。
「じゃぁこれは?」
「それなぁに?」
と一人の子ども。
「ぺんぎん?ポッチャマかな」
子どもたちがどっとざわめく。他のサイトの子どもたちもちょっとのタイムラグで笑い声が反ってくる。
「みんなはなんだと思う?」
こちらからはヒントは出さない。売り場にもSNSにも”解説者”はいないのだ。
子どもたちはそれぞれ口々に思いつくものを言うが、やっぱりポケモンを思いつくようだ。「そんな色じゃないよ」とツッコむ声も聞こえる。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ピンポーン
「おかあさんかな?」
玄関のチャイムが鳴った瞬間、リンカは目を見開いてマユミの顔を覗き込んだ。チャイムを鳴らすのは初めての人だけだから。
マユミが反応する間もなく、リンカは飛び上がりマユミの腕を引っ張り上げて、バタバタと玄関に走っていく。
しばらくして二人がマユミの母親を伴って戻ってくる。
「こんばんは。マユミの母です。早速マユミがお世話になって、ありがとうございます」
「おかあさん。昨夜はどうもお邪魔しました」
チハルが立ち上がり出迎える。
またみんながおかえりなさいと口々に言う。
「おかあさん。ここではお帰りなさいって言うんだって」
ユウカは母親の腕にまとわりつきながら、嬉しそうに小声で教える。
「さ、いいから、おかあさんもお腹すいたでしょ。こっちに座って」
女将さんが席をずれて二人を並んで座らせる。
あのあと高校生や大学生や大人も2、30人くらいが入れ代わり立ち代わりやってきている。それでも料理は30種くらい作り置きしてあるから、幕の内弁当のようにちょっとづつ盛り合わせてかなりの人数分ある。
「あら、ひじきと油揚げ大根が少ないわね。ちょっと誰か取ってきて頂戴」
女将さんが言っても誰も立ち上がろうとしないのを見てリンカが言う。
「ミッちゃん、シュンちゃん、行くよ。あんたたち今日は何もしてないんだから」
「ほら」
急き立てられてふたりは渋々立ち上がる。
『陰徳』を繋げる
「あ、和尚さん、こんばんわ」
お堂でひとり座って御本尊を眺める大柄な学生。そこへ和尚が入ってくる。学生は慌てて正座する。
「あいや、そのままそのまま」
和尚は手を振ってそれを制して、彼の横に座る。
「木崎さんはこれを始めてどのくらいでいらっしゃったかな」
”これ”とは《ソーシャルキッチン》のサポート活動のことだ。
「ええと、まだ2週間くらいでしょうか。」
「そうですか。いかがですか」
「いいです。とてもいいです。ここだけの話、他のサイトも回ってますけど、ここが一番雰囲気がいいです」
木崎はずっと心の中に感じていたちょっとした感動みたいなものがつい口から出てしまった感じだ。
「和尚さんだから言うんじゃないですけど」
と何かわざとらしく聞こえてしまってるようで心配になり付け加える。
「そうですか。それは何よりです」
和尚はゆったりと微笑む。
「あの・・・」
間が空いてしまったのが居心地が悪くて木崎は言葉を繋げる。
「お座敷とキッチンって、わざわざソーシャルキッチンのために改装したってお聞きしましたけど」
「はい。それこそが宗教の本来の役目ですからね」
「すごいですね」
「衆生を導くのが仏の道。それを最近の寺ときたら、やれ金儲けだの檀家が減っただの。寺の存続がいの一番とだけ・・・」
和尚はそこまで言って、見事なテカリの頭を撫で回す。
「と諭されましてね。あの子達に」
と照れ笑いする。
「わたし自身もなにかしなければならないように思ってはおったのですがね。どう形にしたらいいか考えあぐねておったわけなんですよ。そこへあの子達がいらしてね」
「あ、そうなんですか。和尚さんを諭すなんて・・・」
「あ、いや、そうあけすけにおっしゃったわけではありませんがね。ただその話に一番に反応したのが、うちの女将だったわけなんですが。女の子二人と女将の女性軍団に説き伏せられたわけですな」
和尚はハハハと笑う。
「でも綺麗事だけでできませんよね」
「はい。さらにそこへ、どうせやるならちゃんとやりましょう。座敷を広げてキッチンもと、うちの女将が話を大きくしよりましてな」
「資金、大変でしたよね」
「はい。頭を抱えました。そうしたらあの子達が3日ほどで資金集めのホームページ作ってきましたよ。で半月ほどで資金の半分が集まりました。たまげました。クラウドファウンディングというのはすごいですね。ただホームページ作っただけでほったらかしではなく市内の会社を回ってきたんですな。なんでも100社くらいは回ったとか。残りは信金とも話をつけてきました。しかし借り入れですからね。それをどうやって返すのか。そこもあの子達はちゃんと考えて来ました。それがあのアプリです。『僧侶に相談』っていうのですね」
「あ、《SoSo》ですね。え?でもあれ無料ですよね。広告もないし」
「スポンサーさんがおられますよ。名前を掲載させてはいただいておりますが、あまり目立ちませんな。これは多分日本以外ではありえません。金を出したら見返りがあって当然。ちゃんと前面に出る広告を要求されるのが当然でしょうから。仏教では『陰徳』という言葉がありましてな。隠れた善行」
《SoSo》は”僧侶に相談”で”そうそう”。とかく生きることが厳しいと言われる時代。世俗の悩みと言えば宗教の領分だったはずが、今ではすっかり疎かになってしまってる感がある。相談しようにもなんとも理屈っぽくて敷居が高い。それを今風にアプリで気軽に相談できるサービスだ。
「相談を受けていいねをいただけたら、その分のお布施をいただく仕組みですがね」
「それと、あの子達が境内で毎月バザーを開催してくれておりますね」
「あ、はい。来週ですよね。僕も手伝いを」
「みなさんも協力してくれます。フリーマーケットとか屋台。なんだかソーシャルキッチンだけじゃなく、すっかりにぎやかになりました」
お寺ではだいたい毎月いろんなイベントが開催される。ソーシャルキッチンのメンバーや食材を売ってくれてる農家や漁師、スーパーの人たちが、キャストになったりゲストになったりして集まる。その時は境内が人でいっぱいになる。特に宣伝をすることはない。いわゆる”身内”だけの口伝てでだ。とはいえ付き合いで来る人なんかいない。
「あ、そうそう。もうひとつあの子達が紹介してくれたのが”でえく”です」
「あ、あれいいですよね、《DeEK》。”大工”のことですよね。建築土木とかのいわゆるガテン系の仕事を個人で請け負うマッチングサイト。僕もちょっとやってみたいと思ったりするんですけど、あそこで活躍してるのはたいていリタイアして暇を持て余してる元プロの人たちですからね。腕に覚えのある日曜大工さんもいるし、ちょっと敵わないかなって」
「おや、木崎さんもおやりですか」
「全然ですけど、軽キャン自分で作ったり」
「ほぉ。それは面白そうですね」
「まだ3ヶ月くらいですけど。DIYセンターに通うようになったんですけど、あ、そういえば《DeEK》に協賛してるんですよね、DIYセンター」
「そのようですね。うちの内装とか外装もですね。《DeEK》でお願いしたんですけど、DIYセンターで材料買ってきていただいてやっていただいたんですけど、そのおかげで安く上がりました。工賃は普通のアルバイトよりは高いようですが、なんだかんだで工務店に頼むより安く上がりますね」
「和尚さん。内緒でお聞きしますけど、ワーカーの人たちってどうでした?いろんな人がいると思うんですけど」
「木崎さん。内緒ですが、いろいろです。中にはお仕事をお願いするのはちょっと、という方はおられました」
「そうですか。やっぱり」
「まぁでも、安くなったというよりも、ほとんどあの別払いでしたから。現金はほとんどかかりませんでした。えー・・・なんて言いましたっけね」
「《ELE》ですか?デジタル地域通貨の」
「あぁそれそれ。”エレ”でしたね。もういろんなものがありますから憶えきれません」
と和尚は笑う。
《ELE》は『感謝ベース』の地域通貨。主に《プロジェクトエレノア》のために作られたものだが、別に専用ではない。受け取る人が現金でなく《ELE》で受け取ることを選択することで発行される。地域通貨と言うが、今は《プロジェクトエレノア》つながりで全国に広まっている。《トカイナカ》を《ELE》で使って無料で旅行してる人もいる。暗号通貨で「Play to Earn」 というのがあるが、これは「Help to Earn」といったところだ。
「まぁ随分とたくさんの企画をおやりになる子たちです。素晴らしいバイタリティです」
「いえ、和尚さん。あれって自分たちがやってるんじゃなくて、それぞれ他のところがやってる企画らしいですよ。僕もまだ詳しく知りませんが」
「おやそうでしたか。なるほど。それはそれで素晴らしい」
和尚は少し合点がいったような様子を見せた。
「世の中にはあちこちに『陰徳』があります。特にこの国の人たちはいろんなことを次々に考えつかれますな。
しかしいかんせん、日本の皆さんはすこぶる謙虚でいらしゃる。せっかく良いことをおやりでも知ってもらわないとなりませんから。それをあの子達のようにつなげていくというのはとても価値あることです」
たしかに実際にいいプロジェクトを立ち上げても、広めるのにはまた違うパワーが必要だ。
「一番のお寺としての収穫は、おいでになる人が驚くほど増えたことです。すっかりにぎやかになりました。と言っても檀家さんになっていただく方はまだほとんどおりませんが、地域の方との交流が増えることで、私らお寺の存在価値を理解していただく機会が多くなってきたように思うのです。ましてや若い人らとの接点はありませんでしたから。ただみなさんを遠ざけていたのは、むしろ私らの方ではなかったかと教えられましたよ」
「和尚さん、ちょっといいですかぁ」
そこにチハルがお堂の入り口で大声で呼ぶ。
「女将さんがお呼びですよぉ」
「はいはい。ただいま。それでは木崎さん、色々話せて楽しかったですよ」
「あ、こちらこそです。ありがとうございます」
木崎は立ち上がってペコリを頭を下げる。和尚はゆっくりと背を向ける。
「木崎さん。ここの雰囲気がいいのはですね」
和尚は立ち去る足をふと止めて振り返り、小声で言う。
「あの子達のおかげです。それと手前味噌ながら、うちの女将とね。これからはああいう女性たちの時代ですね」
そう頷きながら出ていく和尚の後ろ姿に、思いを同じくした木崎は一礼する。
「タカくん、何話してたの?」
チハルが近づいてきて訊く。
「うん・・・色々面白い話聞かせてもらってて」
「ふーん・・・どんな?」
「・・・きみたち・・・女の子たちの・・・おかげだって」
そうなんだよな。これからは女性の時代なんだよな。木崎はそう思うとなんだか嬉しくなって、俯きながらつい笑みがこぼれてしまった。
「なぁに?なんか嬉しそうだね」
「え?いや・・・なんか・・・すごい・よね」
木崎はいつもながら気持ちが上手く表現できずに口ごもってしまった。頭がぐるぐるしてしまって、どうもいつもいいリアクションができないことに劣等感を持ってる。
「あ、ここのおブツ様、なんかぁ、たかくにんに似てるぅ」
木崎のそんな落ち込みを、チハルは全然気がつかない。
木崎は彼女といるとそんな劣等感が少し和らぐのを感じるのだ。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?