ワタシラ

前略
この物語はカブフェスの演目の一つ「怪談屋さん」や、兵庫県にある「怪談売買所」に触発されて作りました、完全非公式のぱちもん創作物です。

◆怪談屋さん(観劇記録)


◆怪談売買所(書籍)


本編(目次にそって進んでください)

なんだい、坊っちゃん。嬢ちゃん。
怪談を買いたい?

うちは怪談売りじゃあありませんぜ。ただのしがない古本屋でさぁ。

怪談売りの御一行なら催し物が終わって、また商いにでたんでしょう。なんせあの御一行はいつも神出鬼没なんもんで、ワタシラにももうどこへ向かったかわからないよ。

ワタシラって、他に誰かいるのかって?
よくぞ聞いてくれました。うちは本を商いにしておりましてねぇ?ほら、この中に本がどっさり。よりどりみどりでさあ。

ここでお会いしたのもなにかの「御縁」。とっても素敵な「御縁」、坊っちゃん嬢ちゃんとの「御縁」でさあねぇ。せっかくなら、手ぶらで帰るよりかは、ね?ワタシラが抜粋した選りすぐりのー

え、怪談屋じゃないならいい?うさんくさい?

そりゃ人聞きの悪い。営業許可書も、司書の資格だってもってますぜ。書を司るってかいて司書。
本のことなら任せてくんなしぃ。それにうちの品揃えは収集家もつばを飲み、喉をうならせる一品ばかりを取り寄せてまして…。

ほら、人の皮で出来た奇書に、今はない舶来の素材で装丁された一品。ほかにももう「この世」では手には入らない絶版の幻の古書もせいぞろいだ。まあ、どれも珍しいもんだから、もちろん、それなりの銭や対価はいただくがね。

どんな話かって?そりゃあ、教えらんないよ。
買わなくってもよくなっちまうだろう?

なんだ、怪談売りは中を見せてくれた?
あっちのほうが商いがうまい?
おまえは詐欺師かなんかだろうだあ?

かああ、最近のガk…お坊っちゃんやお嬢ちゃんは事前にあらすじやネタバレをみて本を読むのが好きなおひとかい?ああ、わかった。福袋の中をみから決めるなんともつまらない買い方をーああ、まって!悪かったって!

まあまあまあまあまあ。
そんなそんなもう帰るだなんて薄情でつれないこと言わないで……じゃあ、これとこれとこれ。

せめての慈悲や人情、お涙をと思って見ていってくんなしぃ。これは全ていい値。坊っちゃんや嬢ちゃんが決めた値段で構いません。

1円でも5円でも、なんならばあんと百万円でも…はガキンチョが持ってるわきゃないけど…いや、まあ、そのなんだ、気に入らなければいっそタダでもいい。在庫処ぶ…せっかくのご縁だから出血瀕死の大サービスいたしやしょう!

ただ、文字は全部「あちら様」向けにかいてるもんでして、選んだものは翻訳をおまけでおつけいたしやしょう。…どうだい?赤い本か紫の本か、それともこの黒い本か。

あの怪談売り御一行と取引したいと言っていたつわもんだ。あちらの言葉で書いた本は気になるだろう?しかもそのうちひとつはおまけつき。それをあたりと思うかはずれと思うかは坊っちゃん嬢ちゃん次第。

ーさあ、どうする?







→赤い本を選ぶ

ははあん。こちらを選びましたかかい。

なんとまあ、うん、あたりじゃないな。なんというか、どちらかといえらあたりさわりもーいや、なんでもございやせんよ?うちはどれも選りすぐりよりどりみどりですからねぇ。損はさせやせんよ。

これはワタシラの友人から聞いた話を書き留めたもの。人間方のいう、「りありてぃ」ってのがある「のんふぃくしゅん」でございやす。

かるく、ワタシラの友人に対してお話をしておきましょう。

ソイツもワタシラと同じ、商いをする輩でして。そいつは本ではなく、骨董。古い皿や壺、時に呪物が専門の奴でさぁ。そしてワタシラのようなあてどなしの流浪人ではなく、まあ、こちら側の方の「勤め人」「雇われ人」という表現がしっくりくるでしょう。瀬戸の海の向こう側、鬼の町からわざわざいろんな所へ商いへ出向いてるんです。

ソイツが鬼かって?いやいや、そんなたいそれた血筋のものではございません。見た目もニンゲンと変わらない。鬼はほぼ途絶えて昔ながらの呼び方が名残として残っているんでさあ。

ただ、鬼の町は今も昔も鬼の大将のご管轄。吉備津の神社の地の底より今も町を守っていて、ワタシラが「勤め人のようなもの」といったのも、大将のお膝元の商い人だからでさあ。

なぜそんな境遇の違うものに交流があるか。ワタシラもそいつも、百鬼市の常連だからでさあ。え、鬼の市って?ああ、百鬼市をご存じない?まあ、あそこは生きたニンゲンがいくとこではございませんよ。たまに紛れ込んだりはするけれど。

別に赤鬼青鬼みたいな鬼が跋扈している市じゃあございやせん。鬼は漢詩の中で幽霊をさすんです。だから、この世のものとこの世にないものが入り混じった蚤の市、と想像していただければ。線香の焼け焦げた匂いに裏拍手の客引き。物だけじゃなく食いもんの屋台もありましてね、2尾の狐がやってるとこの狐火で炊いた汁物、これがまあうまい。そんなにぎやかな蚤の市でさあ。

ソイツはその日も商いのために新しい一品を探してふらふらふらふらと百鬼市を巡っていたんでさあ。妖怪の肉、焚書の時代から蘇った書物、いわくのはいった絵や骨董。常連からしたら見慣れた雰囲気の中で、ソイツの中でね、ザワッとやつの目を引いた一品があったんでさあ。欠けた茶碗、すすけた盆。そこにぽつんと紛れ込んでいるやたら年季の入った煤けた釜。

その釜にソイツは目がいったんでさあ。

普通、釜は底から火を浴びせるから底が煤けているんですが、その釜は底も蓋も全部煤がついている。はたからみれば火事場からひっぱりだしたものを盗んでいる、周囲の通行人行商人もそう思ったんでしょう、みむきもしない。だけどソイツは気づいたんでさあ。

あれは、吉備津の釜だって。

なんでただの煤けた釜にそこまで確証もてたんだってきいたら、大将のお膝元の商い人が大将がわからないってそっちのほうがおかしな話だろうって。

吉備津の釜はソイツのとこの鬼の大将が人間に首を切られた後、残された鬼の街の民の行く末を見守るために占いの道具として今も神社に祀られてるもんで、何か占う時には蒸籠の中に釜を入れて炊き上げるから、煤が外にもつくんでさあ。

まあ、そんなもんがソイツの目の前にあるから驚いてかけよったわけさ。なんで自分たちが触れられない場所にあるものが、いま目の前に、ましてや百鬼市なんて場所にあるんだって。

だけど、ソイツは店主の顔をみたら納得がいったわけさ。それが神社仏閣に入れる類の、ニンゲンだったから。

「おい、その釜ただの釜じゃないだろう?売るものでもないとあんたわかっているんじゃないか?」

ソイツは驚きを伏せて淡々と店主に話しかけた。
そしたらガリガリに痩せこけた亡者のようなニンゲンの店主はいったのさ。

「じゃったらあんたが買ってくれや。六文でいい。買ってくれ」
「…なんだ、お前、金がないのか」
「俺はこのまま死んじまったら地獄に落ちる。じゃけぇ、せめて、川を渡れるだけ金が欲しい」
「あんた、地獄に落ちるようなことをしたのか」「しかたなかろうが、俺が生きるためにえらいやつも貧乏なやつも女も子どもも殺した。けども、そうせにゃあ生きてけんかったんじゃ。…きっとこれを売っても鬼様なら許してくれる」

それから店主はやれあいつが悪いこいつが悪いとやつに話をした。ただ、ソイツはそんな悪党のために我らが大将を、ましてやニンゲンと争いごとを生まぬよう身を犠牲した大将が、たった6文で、しかもなんの悪びれもしない罪人のための三途の渡り賃のために売られるだなんて辻褄が合わないし、理解が出来ない。

「…殺されたやつに詫びの一つもないのか」

おもわず、ソイツは店主に尋ねた。
そしたら店主は一瞬きょとんとしてこういった。

「詫びも何も、悪いのはこんな境遇にした天の上の神様やら仏様、俺を守ってくれんかった鬼様のせぇじゃけぇ。むしろ神や仏や鬼に詫びられたいのはこっちのほうじゃ」

ソイツは店主を思いっきり殴り倒してやろうかとおもったが、なんせ、相手は曲がりなりにもニンゲン。鬼大将が吉備津彦に負けてから、鬼の町のやつらはニンゲンには手を出せない、だしてはいけないときめられていたから、まあ、たえた。

「…わるいがいまは金が無い。ただ、他に買いたいやつがいたら俺と話をつけているからといえ」
「買いもしないのに待つなんて暇じゃあない」
「…わかった、ソイツの2倍、いや3倍の値段を出すからぜったい他に売ってくれるな」

店主はニタニタ笑いながら了承し、ソイツはその場から一旦離れた。それ以上いたら頭の一つやふたつをかち割ってやりたくなったんだと。

ただ、大将の釜をそのまましておくわけにはいかない。どうやってとりかえそう。あれこれ頭で考えても妙案は浮かばず、どこぞの知らぬ輩に買われてしまって行方がわかなくなるなら、ニンゲンに、しかも三途の川の渡り罪人に金を払ってしまったほうが、不服だが仕方ないのかもしれない。ソイツは色々つっかえたままではあったんですが、もう一度あの店主の出店に戻ったんでさあ。

ただ、そこには店主はおらず、あの釜だけがぽつっとおいてあった。ソイツはその場を立ちすくんでいると、百鬼市にやってきた別の通行人がソイツに話かけてきた。

「あれ、ここは飯屋じゃなかったのかい?」
「いや、ただの骨董屋だが」
「さっき米の炊ける匂いがしたんだんだが。なんだ釜しかない。まだ支度中か?」 

通行人は首を傾げていたがその釜が吉備津の釜だとは気づいちゃいなかった。ソイツは面倒をさけたかったんだろう。首をかしげる通行人に、これは店主と約束してうちの旦那へ届ける途中だの、米の匂いは飯屋が客引きに雇ってるヒダル神にでもすれ違ったんだろうとあのてこのてでいいわけをつけてその場から離れさせたんだと。

ソイツはその後、釜をどうしたかって?その釜はきれいに整えて、行商人の間のツテを使っててしれっと神社の中に戻したんだと。

中身?さあね。開けたとはいってなかった。ソイツいわく、中には裏の旦那の魂のかけらがはいっていて、中身を見るのは大将のさらし首を見るものだからご法度なんだと。ただ、やたら重かったから大変だったらしい。重さはざっと人一人分っていってたな。

なんだい、物足りなさそうな顔をして。聞き足りないならこの中ならあたりが出るまで引いてもいいさ。なぁに、ワタシラは鬼じゃないから「錢」はとらないよ。







→紫の本を選ぶ

ああ、こいつを選びましたか。あたりではないがおもしろいものを引きましたね。坊っちゃん、嬢ちゃんはなかなか引きが強い。

こいつぁ、多分、あの御一行が落とした巻物に細工をゲフゴフッ…ーわるい、ホコリで喉がやられちまった。こいつは誰かが記した「ナニカ」の記録さ。「ナニカ」ってなんだって?

へぇ、それは、いや、やめておきやしょう。
なにニヤニヤ笑っているんだって?いやあ、なんでも。

こいつあ、幼い子供の頃の話として残っているんでさあ。その子、まあ、ここでは「少年」と呼びましょうか。この少年は坊っちゃんや嬢ちゃんと違って、怖い話は大嫌いなんでさあ。

だけども、この少年のじいさんやばあさんは「やれこんなおそろしい話がある」「やれ、あんなこわい話がある」「あのおどろおどろしい話はまだしてなかった」とあれやこれやかき集めた怖い話をたんと聞かせた。

少年は嫌だいやだというのだけど少年のじいさんばあさんは少年をひっつかまえて話をした。新しい話ももう話したものも何度も何度も。別に孫が憎いわけでも嫌いだったわけてもない。むしろ大切だったからなんども話したのさ。

「7つまでは神様の子」なんて聞いたことありましょう?昔のニンゲンはやれ神隠しにあいやすいだの命を落としやすいからといいやすね。
でも、実際は7つまで魂が求肥のように柔らかいし、非力で弱い。だからこそ、神や妖の類からしたら魂は絶好の高級食材みたいなもんなんで、たとえ外側も身体がほしいもんにとっちゃ喉から手が出るほどの物件にもなるんさあ。

もちろん、坊っちゃんや嬢ちゃんも…いや、なんでも。

だけど、いつの世も親の心なんか子は知らない。その子は耳をふさいで聞いているふりをしたり、やれ学校で友達と遊んだから、やれ宿題をしないといけないからと、明日聞く明日聞くと逃げていたのさ。

学校も夏休みになって、自由研究で標本をつくるためにじいさんと少年は昆虫採集へ行ったのさ。

だけど、少年がお目当てにしていたクワガタはとんとつかまらない。じいさんも「カブトも蝶もいる。クワガタじゃなくったって宿題はできるだろう」といったんだが、まあ、少年は「クワガタがいい。でかいクワガタじゃないとだめなんだ」とだだをこねた。その少年、夏休み前に学校で誰が一番でかいカブトとクワガタの標本を夏休み明けにもってこれるか友達と約束しちまったもんだから引くに引けなかったんだな。

じいさんが帰るぞとせかしてもその場へしゃがみ込んでうごかない孫に、さすがにじいさんも日が暮れる頃にはしびれを切らして先へ帰っちまった。最初はやれ少し休んだら探していないあっちの方へいってみよう、こっちの方を探しに行こうと思ったものの、山に一人残されて心細くなっちまって少年はすぐ後悔をした。帰り道も分からなければ足がすくんで帰ることもできない。

どうしようどうしようと頭をめぐらしていたその時だ。

しゃらんしゃらんと山には不釣り合いな鈴の音が近くから聞こえた。少年はクマよけをつけた大人が近くを歩いているんだ、そうだ、その人に麓まで連れて行ってもらおうとすぐさま立ち上がって音のする方へかけよった。

林をかき分け、雑草を踏み分け、やっと音がはっきりと聞こえる場所にたどり着いたが、少年は固まっちまった。そこにいたのは人だが人じゃないなにか、だったからでさあ。

みてくれは人だが、まるっきり人の雰囲気じゃない。内側にまだ青々とした紅葉をあしらった笠に、背中には巻物が詰まった木箱。そして顔には死人がつけるような布で顔が隠されてた、まあ、山にいるには随分とめかした格好をしたナニカがいたんでさあ。

バレる前に逃げるより先に、ぐるっと布越しの顔が少年を捕らえて、ナニカはゆっくりとその少年に近づいてこう言ったんでさあ。

「やあヤア、怪談、買ってクレないカ」と。

声色は男とも女ともつかない声。やさしい声色だが異質さにひんやりと少年の背筋に悪寒が走る。
声も出せずにいると再びナニカは話かけてきた。

「おオい。聞いテかイるカい?コレはヒトのコトバだカら聞こえテいルはずだ。ナァア、怪談、買ってクレなぃカ?」

怪談?こんな山の中でただでさえ怖くてたまらないのに?冗談じゃない。少年は震えながらポッケに手を突っ込んて内側を引きずり出した。ポッケにはなにも入っていなかったもんだから粒ひとつ出てこない。

「おかね、いま、ない。だから、いらない」

すると目の前のナニカは骨がめげるような音を立てながらフクロウのように首を90度に曲げた。
少年は腰を抜かしてその場で座り込む。

だけども、ナニカは少年を心配することもなく「こまったなあ、こまったなあ」「これじゃあ、親分におこられちまう」とぶつくさつぶやいている。少年もどうやって逃げるかを息を浅くしてナニカをみていたが、少年が逃げる道を見つける前にそのナニカは案でもひらめいたように手をたたき、曲がった首のまま少年に顔をを近づけた。

「じャァあ、怪談売ってクレないカ?」
「かいだん、を、うる?」
「お金がナイなクトモ、売ルことㇵでキルだろ?ニンゲンはイのチがあるカラ怖にそうになッた体験も、不思議ナ体験もタクさン゙あるはズだ」

少年はナニカが目を逸らした隙にでもその場から逃げようにも目の前のナニカはまるでこれ以上ない妙案だろうといきいきと交渉してきてまるで逃げ場がない。

「買ってクレてモ、売っテくれテモ収穫にはナる。ソレにオマエも対価ガもらヱてうレしいダロウ?それにコッチモ収穫があレば親分も困ラないし、落ちコボレからヤッと一人前ノ行商人だト゚認めテもラえる。ゐいはなシだロ゙う?なアァ?」

ナニカはさあさあと飴玉でもねだる子どもみたいに少年に無邪気に話しかけてくる。少年は頭の中をぐるんぐるんかき回して思い出そうにも、目の前の状況に頭が真っ白になって、じいさんばあさんから聞かせてもらった話なんか何一つ思い出せない。少年はおもわず、「ない」と口を開きかけた、その時だった。

「そうだ!怪談がナ゙ゐなら別丿ものデもいい!」
「べつの、もの?ぼくは、なにもー」
「あルよ、ソの目玉も、そ丿手足も、イキた子ども丿ものハどれデも高く売レる。なぁに、ニンゲンはもロいラシいケド、腕一本目玉ひトつとレテルニンゲンみたコトアるカラ、とッたってシにはㇱない。ダから大ジョ夫さ」

かたかたと震える少年をよそに、ナニカはまるでもう取引が決まったように意気揚々と交渉をしてくる。やれ、目玉ならお釣りをだせる、ああ、そのきれいな耳もいいなあ、痛いのがいやなら体丸ごとがもっていこうか、末おそろしい提案ばっかりだった。

「いや」
「いヤ?じャあ、な二を売っテくレる?…ナ゛ニ゛もウラない、カ゛ワナ゙ゐは、流石ニ゙無ゐだロう゛?」
「そ、そうじゃなくて、その、目玉取るとか、足だけとか、痛そうなのは、ちょっと…」
「痛いハいャか?ーじゃあ、身体丸ごとガおススメダ。命も買ゐト゚れるカラね。迷ってぃなラそれガいい!ソウシよウ!」

ナニカにとってはもっと大きな取引をしてくれたと思われたようで、息も浅く死にかけた小動物のように怯え震える少年をよそに、ナニカはこれを逃すまいと、少年にとってこれがいかに利益があるかずいずいと話しかけてくる。

「身体ガナクなッタって、アっちニハ幼くㇱてきタ君ぐライの子ガヰるかラさみシクないサ。みン゙なモノ語が大好キでネ。心丿臓がアレバ止まッちマう怖ゐ話ヤ恐ろシイ話、蠱毒生まレ ヤ犬神様も真ッ青な血デ血ヺ洗うおどろおどろしい話。いつも大盛況さ」

「いや、だ」

少年は首を振り、思わず声が漏れる。だけどナニカはそんなことお構いなし。むしろ、少年の震える様子を不思議がるぐらいだった。

「不安デ震えテる丿?それトモ楽しミ゙だかラ震ゑている丿?わカンナ゙ゐナア…。ーァ、きッと新シイ友達ガ増えるカラ、タク山話ガキけルカラ、楽しみデ楽しみデ仕方ナ゙インだね?なァに、チょット眠ッたらスグのコとサ」

ナニカはケタケタ笑いながらすっと袖越しから生白い干からびたが少年の喉元を摑ん…ん?んん?

あれ、ちょっとまってくれ。すまないね。
ちょっとページが狂ったのかと、ああ、ああ、なんだ、そっか。そうか。…へぇ、非力なガキのくせに頭がまわったのか…ああ…旨味を削ぐようなつまならない真似しやがって…

ーおっと済まないね!続きを話しやしょう!
こわい?そりゃあ、あちら様向けの本なんてそういうもんでさあよ。

さあさあ、続きでさあ。
ナニカが少年の喉元をつかまえようとしたその時だった。

「…るよ、こわいはなし、あるから、はなすから」

カタカタと震えながら少年は声を絞り出すと、そいつはぱっと、少年の首に触れるか触れないかで手を止めた。

「はナ゙し、アる丿か?ホんト゚か?」
「ある、よ。おもいだしたんだ。おにがでてくるはなし。でも、こわく、ないかも、だけど」
「鬼?鬼ガデてクる?そレハいい!鬼丿話は持っていナ゙い!怖くナ゙くッたっテ、奇妙奇天烈ナ話でモ゙大歓迎サ!」

ナニカは荷物の中からばたばたと紙やらペンやらを掘り出して、少年の前に正座で座り、少年が話したことをまるで幼いこどもが絵でも描くみたいに楽しそうに書きとった。

ナニカは礼を言って、そんでじいさんが少年みつけて、はいおわり。

なんで最後尻切れトンボみたいなんだって?
…そんなんこっちが聞きたい…ーいや、あちら様の本はそれはそれは不思議なインクで書かれてるもんだからこんなことがあったりなかったり、なかったりなかったりするんでさあ。まあ、これもひとつの醍醐味、と思ってくんなしい。

え、少年は一体何を話して助かったかって?

その小賢しいクソガキが…ーいや、その少年が思い出したのはじいさんばあさんが話してくれた鬼の大将の話。その鬼は鬼の国から流れ着いていたところをニンゲンに助けてもらって以来、ニンゲンのため鬼のため、その土地の民が安泰に過ごせるよう鬼の国を築き上げ、そこから、まあ、あれやこれや討伐された後にも占っていろーんなニンゲンを助けてくれるって話だ。

あれやこれやって?そいつは絵巻もあるし民話もあるし、この『雨月物語』っていうニンゲンの書いた本にもこの鬼の占いが出てくる。だけどもうちで買うなら有料でさあ。

まあ、ナニカはその行商人の一行から出禁になったんでしょう。なんでわかるかって、さすがに商いをする中で脅迫、しかも子ども相手にするのを黙って見過ごすような御一行ではないからね。まあ、ただのワタシラの勘でさあ。

その子はその後どうなったて?今も無事に暮らしてるのかって?

それはね、坊ちゃん、嬢ちゃん。もし、あたりを引いていたらわかっていたかもしれんもんでさあ。








→黒い本を選ぶ

おお、これはこれはお目が高い。
高いのかって?いやいや、銭はいらない。だったら命でもとるのかって?そんな大切なお客様の命を奪うなんてそんなひどい殺生などしやせんよ。

大丈夫。命「は」いただきやせん。こちらの対価はその好奇心旺盛な魂、それだけでかまいやせん。

こいつぁ、まだ、生まれて間もない、まだ誰も読んだことがない一冊。だからちょっと扱いが特殊なんでさあ。

これは怪談、奇談というよりもそれにまつわる「いわれ」の話。まあ、古事記や日本書紀までとはいいやせんが、なぜそんな「いわれ」が生まれたかを書き留めた一冊でございます。

たとえば、坊ちゃんや嬢ちゃんが探していた怪談屋の御一行。組合に属していれどあの行商人ぞれの商いの手段をもっていやすが、必ずその物語の縁を切っていくのでさ。

また、ワタシラの友人の、呪物や骨董を商いするものはもかならずいわくの憑いたものを取引する時は、そのいわくを含めての商品だと話すものが多いんでさあ。

なかなかおもしろいもので、人間が自ら生み出しておきながら、そのいわくやいわれ、自分にポンッとつながった縁を恐れて物語にわざわざ落ちをつけたり、「これは作り話なんだけど」「聞いたはなしなんだけど」とつけ加える。はたまた、お祓いだのお焚きあげなどしてその縁に区切りをつける。

縁と聞くと縁結び、なにかの御縁。そんないい言葉ばかりのんきな人間は思い浮かべるらしいんですが、因縁もまた「縁」の一種なんでさあ。

ニンゲンも幽霊も、そしてワタシラのような化け物の一部も、ないものねだりをするとこばかりはすごくよく似ている。

そう、幽霊な体が欲しい、復讐の機会が欲しい、地獄から逃げる機会がほしい、自分をみてほしい、常に御縁をもとめているんでさあ。

化け物だって同じなんでさあ。ワタシラの依代は本ですが、本だって読まれず、ホコリを被られるより、ぼろぼろになるまで読んでほしい。そして何世代位にも渡って格式の馬鹿高く、博物館のようにガラス越しの見世物になるんじゃなくて、手に取られて、感嘆のため息を、一番間近で聞く。そして生み出した作者の縁と読み手の縁をつなぐ。我々にとってはそれが一番の出世であり、誉(ほまれ)なんでさあ。

そして、ワタシラがこんなご時世に読まれるためにはよりきれいな装丁を、より惹かれるタイトルを、そして誰からも忘れられいような最高の終わり方が必要だ。だけど、いつの世も作家というのは寿命も才能も限界もあるもんで、枯れない泉はどこの世にもないんでさあ。

でもね、それだとワタシラも困るんですよ。終わりがなきゃ、半人前。本として、物語として生まれながらに死んでいる。本として、物語としてニンゲンから生を受けたなら、たとえ作者の人生や魂をまる飲みにしても、一人前になりたいんでさあ。

作者がいない物語だれが生み出すのかだって?

それは簡単。ワタシラの腹の中に引きずり込めば引きずりこまれたニンゲンの魂が勝手に右往左往もがいてもがいてもがき苦しんで、さながら酸で生きたまま焼かれ暴れる小魚みたいに物語の続きを書いてくれる。

そして、腹の中でもがけばもがくほどワタシラは腹は満たされ、強く、美しく、望まれる存在になれる。

あら、お帰りになられる?

そっちは帰り道じゃございません。
あなたの世界はもうこちらにあるんですから。

だましたな?
別に取引したのは魂だけでさあ。
命を取るだなんてだれもいっていない。
はっきりと取引の前にお伝えしたでしょう?

はらわない?いらない?
おやおや、もう、私どもと御縁ができちまったのになんてつれない。それにこちとら腹が減った。さあさあ、そんな逃げないでおくんなしい。

『サラドはお嫌いですか。そんならこれから火を起してフライにしてあげましょうか』なんてね。まとまりつくいわれのクリィムも、それを引き立たせる酢のような香水も、グルメの山猫もびっくりするぐらいの下ごしらえは完璧なんでさあ。ほら、その影も魂も、取引した時からワタシラのもの。

さぁどうぞ。ワタシラの頁«はら»の中へ。






→なにもいりません

なんだい?気に入らなかったか?そ、それなら、先に、あたりのヒントをだしやしょう!それなー

それにそろそろ帰らないとしかられる?親御さんを困らせる?

…―そうかい、ならしかたねぇ。なら、きいつけて帰りな。

ニンゲンってのはよくわからんね。
なにを感づいてたかしらんが、だませないもんだ。

わかったわかった。お前たち暴れるな。かどっこが痛むだろ?またすぐにガキの一匹や二匹だまくらかしてやるって。

それに、あんな生真面目な子ども魂なんかくったって、さながら説教みたいな話にでもされちゃ腹を下して余計腹が減るだけさ。いくら腹ペコでもわざわざ毒を食うまでではないだろう。

あーあ。せっかく、久々の食事だったのになあ。












あんた、さっきからそこでじっとワタシラのことをみているが
そんなにきになるかい?

そうそう、これ読んでるそこのあんたでさあ。

初めっからずっとみていたこと

ワタシラにはとうのとっくにお見通しですぜ?



備考
●イラストac様
●引用:「注文の多い料理店」宮沢賢治

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