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坊主と写真と新宿と

谷口昌良

海外から日本へ観光に来られると必ずと言っていいほど京都の寺巡りをするでしょう。紅葉に映える古寺の佇まいは静寂さと共に苔の香りが混じり合い時を重ねてきた風格が漂います。最後の戦時は応仁の乱と言うからに昨日今日の話ではないわけです。一方で私が住職を勤める東京蔵前の寺は、関東大震災、東京大空襲の難の度再建し、やっと昭和40年代の高度経済成長の中の建設ラッシュ時にコンクリート鉄筋構造で今日の建物が建てられました。当時は真砂が足りなくて海砂を使ったくらいだったそうです。その為に朽ちるのも早く修繕を重ねてなんとか保っている次第です。デザインなどそうそう洒落たものではありません。京都から来る観光者には全くその簡素な作りには魅力もないでしょうね。優美な伽藍なんて期待されたら困ります。

そのような寺に生まれ育ち六十有余年、住職になって二十七年目となります。この住職の仕事というのは、葬式、年回法事他行事の儀式を司りお説教をするばかりでなく、日頃、お檀家さんの話し相手をすることが多いのです。お檀家さんと言いましてもその年齢や家族形態や職業も様々です。ですからお話の内容も様々となります。人は幸せを語るよりも都合の悪い話や文句を話したがる方の方が多いようです。

ある早朝電話がなりました。こういう時間帯にかかって来る電話は大抵お亡くなりになった訃報の知らせと思いきや、「住職!聞いてよ!うちの娘が家のお金を全部持って新宿のホストクラブへ通って使い切っちゃったのよ!んで、泥酔して今、玄関で倒れているのよ。何か言ってやってちょうだい!」と母親が怒って電話をしてきたのです。あまりの圧倒さに相手の声は耳鳴りのように遠のいてしまいました。「親子の因縁は切れませんなあ。お金を使ってくれる子がいるも縁ですよ。寄り添ってあげなさい。」と、まあ答えになっていないような私の返答もさることながら、怒鳴りすぎた相手は疲れたようで、「もう、全く!誰もあたしの苦労も知らないで!」と言って電話が切れました。世の中、思うようにはいきません。だから楽しさを見つけようとするのだ、と心に呟きつつも私は「新宿」という一瞬、猥雑な繁華街の光景が浮かびました。

「1983年 新宿歌舞伎町」©︎ Akiyoshi Taniguchi

森山大道と言えば「新宿」「池袋」など繁華街の雑踏の中でいわゆるストリートスナップ写真を撮り歩く写真家の代表格でもありましょう。写真好きの私も高校生の時にやはり真似をして街路地を軽快に撮り歩いた経験があります。なんてたってどんな写真が撮れようともまずはカメラ片手に闊歩している自分に酔いしれていました。ロン毛をかき分け路上でタバコを吸いながら人々を眺める自分がカッコ良かったのです。疲れると紀伊国屋書店裏の「DIG」というJazz喫茶でガンガンなるフリージャズに苦いコーヒーを舐めながら身を委ねていました。タバコは決まってショッポ(ショート・ホープ)。訳せば「希望」ということになるでしょうが、実際その頃の自分に希望があったのでしょうか。思い返せば未来に向けた野望などなくただそこに浸り淀んでいたいだけだったのでしょう。それは、上京して思うように東京に馴染めず、末路にたった人達が集まる場所でもあり、自暴自棄になって快楽に身を寄せる空気を持っている場所でもありました。

私はちょっとキザに写真を撮る人でもあってか傍観者としてその場に紛れ込んでいました。その傍観者という意味では、私が寺育ちであったという環境の影響もあったかもしれません。色々な家庭の異なる人々を見聞きしていたからです。今だに私は坊さんなのか写真家なのかわからないのです。

東京は変わりました。タバコも容易に吸えないし、快楽に規制がかかるし、あの頃のあの人達はどこへ行ったのでしょうか。Jazz喫茶も著作権の問題でどんどん潰れていきました。ゴールデン街も今や観光地。お洒落な新宿になったものです。クリーンな快楽。私は20年くらい新宿へ訪れていません。

「この世は思うようにはならない」実はこれお釈迦様の言葉です。自分の人生も世の中も。私は、少年時代に夢抱いた写真家になれたのでしょうか?一念発起した自分は立派な僧侶になれたのでしょうか?還暦過ぎてやっと悟るに悟り切れない自分が大きな他者に寄り添い始めた気がしております。それを思うといまだ元気に新宿を闊歩する八十歳を超える森山大道さんが阿弥陀様に思えてくるのです。でも、いつかお会いした森山さんはLight Peaceに変わっていました。「軽い平和」。ああ、それが生きるコツだな、と思った次第です。「あっ、そうだ僕は地球にいるんだった!」人が認識できるのは所詮地球上の出来事。その上で塩梅良く往生することができれば幸いだと思っています。

「1983年 六本木」©︎ Akiyoshi Taniguchi

そう、極楽浄土の写真を撮ったらおしまいにしようと思っている私がここにいるのでした。

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