séi - watcher 036 甘夏の洗礼
甘夏の洗礼
あれからポツリポツリとお客さんが来て、マスターも買い出しから戻ってきた。陽も傾いて、そろそろ直哉が来てもいい頃だけれど…。
「野本君、そろそろ上がっていいよ、明日から試験なんだよね?」
マスターがハーフっぽい人の会計を済ませて訊いてきた。
「そうです。じゃあお言葉に甘えて、これ洗ったら上がります。」
少し蜂蜜が減ったハニーディスペンサーを棚に戻す。シナモンスティックも使ってくれたみたいだ。『ありがとうございました』と言っている間に見た常連さんの後ろ姿は、いつもより肩の力が抜けているようだった。少しは役に立てたのかもしれないと嬉しくなって、カップやポットをいつもより少し丁寧に洗った。
着替えて戻ったら、直哉が着いたところだった。ドアのガラス越しに直哉が手招きしている。
お先に失礼します、とマスターに一声掛けて、預かっていた直哉の荷物を持って出てみると、直哉のバイクは凄い事になっていた。
ステップに段ボール箱、その上に大き目のビニール袋、シートの上にも段ボール箱が紐で括り付けてあって、リアボックスからもビニール袋がはみ出ている。片方のグリップにも小さめの袋が提《さ》げられていて、甘夏フル装備状態だ。
「これでもちょっと減ったんだぜ?さっき近くでコケそうになったとこを天使みたいな人に助けてもらってさ、一袋あげたんだよ。」
直哉は片手で車体のバランスを取りつつ、もう片方の手首を解すように振る。
「多分うちの常連さんだな。ショートヘアでハーフみたいな人だろ?」
「そうそう!西陽が射してて髪も目もキラキラでさ、すげードキドキしちゃったよ、男だったらどうしよう…否、女だったとしても、俺には芽瑠が…!」
お約束の直哉のボケに溜め息が出る。しかしこの量は多いな…、俺の家まで途中坂道もある。
マスターに甘夏が欲しいか訊いてみたところ、「チーズケーキや紅茶にも合うし、ゼリーもいいよなぁ…」とメニューを考え始めたから、一箱あげる事にした。
「助かったぜー!流石にあの量で悠の分減ったとしても帰りヤバいと思ってたからよ~。佐伯先輩の押しには勝てねぇし…」
「どうせ先輩の色仕掛けに負けたんだろ、杉沢という者がありながら…」
「それ言うなよぉ~。いっこしか違わないのに他の女子と全然雰囲気違うよな。部屋は片付いてて綺麗だったし、イイ匂いするし…あの上目遣いと谷間チラ見せは反則だって」
「小悪魔というか魔性の女って感じだよな…。直哉、押すの代わるよ。」
「お、サンキュ。」
それから俺と直哉は他愛無い話をしながら家路を辿った。