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séi - watcher 060 刹と フリージアと バイキング

   刹と フリージアと バイキング

 私は、体が千切れてしまいそうなぐらい全力で駆けて神社まで辿り着いた。
 社務所に行っても、誰の気配も無い。然は【下】に居るのだろうか。
 人型に戻って【下】へ向かう。シエンさんの血のにおいが全身に纏わりついているようで、身体が凄く重い。
(然…何処…?)
 書斎に居るかも知れないと、体を引き摺るように走った。

 書斎に近付くと、甘い花のような匂いがした。
 フリージアさんが書斎から出てきたところに、危うくぶつかりそうになってしまった。

「刹さん…?何があったんですか?」
 フリージアさんは私が走ってきた事に少し驚いていたが、ずぶ濡れで息の整わない私の様子から察したようで、彼女の声は引き締まっていった。

「…っ、然は、何処ですか?」それだけ、声を押し出した。
「頭首《ヘッド》はまだ戻られていないようです…、急ぎですね、私でも力添えできるかも知れませんから、落ち着いて話してみてください」
 フリージアさんは私を怖がる素振りを欠片も見せる事無く、私が少しでも落ち着けるようにと背中を摩《さす》りながら手を握ってくれた。
 温かくて、いい匂いがする。
 私が目覚めた時みたいに、また渇きを覚えてしまうのでは…と危惧したけれど、そうはならなかった。

「…シエンさんの血のにおいがいっぱいしたんです、大怪我をしてるかも知れない…」
 落ち着いてきた私は、訥々《とつとつ》と紡ぐように話した。
「場所は、どの辺りですか?」
「神社を下りていって…森林公園を進んでいる途中で、知ってるにおいがして…」

(そう、あのにおい…大っきい人…私、知ってる気がする)

「そう…ですか…。医療班がすぐ向かえるように要請します、頭首にも私から伝えておきますから…刹さんは体を休めてください。」
「はい…お願いします。」
 こんな伝え方で良かったのだろうか。
 フリージアさんがその場で要請してくれている。
 凄く冷静で、落ち着いていて、フリージアさんは私なんかよりずっと大人だ。
 どうしたらこんな風に…芯の強い人になれるんだろう。

「刹さん?」
 フリージアさんの奥二重の目が私を心配そうに見ている。
 茫としてしまっていた。
「…私はこれから食事を摂りますが…刹さんもまだでしたら、一緒に食堂へ行きませんか?」
「え…、大丈夫なんですか?」
「…大丈夫ですよ。シエンさんは私達がなんとかしますし、私の事も気にしないでください。風邪を引いてしまう前にシャワーを浴びて着替えましょう?刹さんが浴びている間に着替えをお持ちしますから。」
「は、はい…」
 私がシエンさんを心配している事も、フリージアさんの近くに居ない方が良いんじゃないかって危惧も、フリージアさんは察したみたいだった。
 そして…暗に自分の心配をしなさい、と言われた気がした。
 私はフリージアさんに促されるままシャワールームへ向かった。

 シャワーを浴びて、バスタオルを体に巻いたまま髪を乾かしているところにフリージアさんが着替えを持ってきてくれた。
「お待たせしちゃいましたね。」
「ありがとうございます。」
「頭首にも先程会えたので、シエンさんの事について改めて直接伝えましたよ。刹さんは念の為朝までは【上】には行かないように、と託《ことづか》りました。」
「そうですか…。わかりました。」
「周さんからも連絡がありました。応急処置をしてアパートで様子を見ている状態です。医療班が向かっていますから、安心してくださいね。」
「そうなんですね…」
 まだ、シエンさんが助かった訳ではない。でも、フリージアさんが微笑んでそう言ってくれたから、少し気が楽になった。
「さあ、食堂に行きましょう、刹さん和食が好きなんでしょう?今日は茄子の揚げ漬しと、鶏と大根の煮物ですって。」
「…!美味しそう…!」
 メニューを聞いた途端、強烈な空腹感を覚えた。
 昼過ぎに昼食を摂り、夕方ぐらいにプリンパフェと甘夏のレアチーズタルトを食べたとはいえ、日が沈んでから時間も経っているし、色々神経を使ったからかお腹はもう空っぽみたいだ。
 私ってこんなに燃費が悪かっただろうか?
 頭の中が揚げ漬しと鶏大根でいっぱいになっている私に、この食いしん坊め、とツッコミを入れた。

 フリージアさんと連れ立って食堂に向かい、トレーを持って配膳カウンターで器を受け取っていく。凄く美味しそう。
 他に洋食のメニューもあるけれど、フリージアさんは私と同じものを選んで受け取っている。
 厨房の奥でバイキングみたいな人が指示を出している…料理長なのだろうか?

 食堂の端の方にあるテーブルでフリージアさんと向かい合うように席に着くと、「いただきます」と一緒に手を合わせてから味噌汁をひと啜りして、二人してほぅ、と息を吐《つ》いた。
「味噌汁って落ち着きますよね…」
 フリージアさんの顔は幸せそうに解《ほぐ》れている。
「そうですね」
 きっと私も同じような顔をしているに違いない。空っぽの胃袋に向かって味噌汁が食道を温めながら伝っていくのを感じる。
「私はセロリが入ったポトフが好きでしたけど、ここに来て味噌汁が一番になっちゃいました。」
 セロリは食べられなくはないけれど、苦手だ。
「そうなんですね、ポトフがお袋の味だったんですか?」
「えぇ、お袋ではなくておじいちゃんの味、でしたけどね。」
 少しだけ、フリージアさんは目を伏せた。
 懐かしむような、寂しげなその目を見て、あまり触れない方が良い事なのかな…と思った。

「フリージアさんは、ここでどのくらいお仕事されてるんですか?」
 話題を変えて、様子を伺う事にした。
「う~ん…そうですね…、かれこれ十年ぐらいは勤めているでしょうか…。丁度、刹さんと同じくらいの歳からですね。…~~っ」
 フリージアさんは言い終えると、茄子の揚げ漬しを美味しそうに頬張った。

 葱と若布《わかめ》と油揚げの味噌汁に、おろし生姜と青葱が載った茄子の揚げ漬し、出汁の香りがする大根と手羽元と茹で卵の煮物、隠元豆《いんげんまめ》の胡麻和え…どれも美味しそうで、ご飯茶碗を持ちながら迷ってしまったが、フリージアさんの表情があまりにも美味しそうに蕩《とろ》けているので、私も倣《なら》って茄子を口に運ぶ事にした。
 じゅわり。出汁醤油とごま油の香りが茄子の旨味と混ざって溶ける。少し甘めの味付けを、生姜と青葱が引き締めている。
 私はまた、フリージアさんと同じ顔をしているに違いない。

 …私と同じくらいの歳から十年ぐらい勤めているとなると…、フリージアさんは二十五歳ぐらいなのだろうか。
 ちょっとだけ年の離れたお姉さん、ぐらいに思っていたけれど、私と同じくらいの身長で可愛らしい顔立ちをしているから少し意外だった。
 十年もあれば、私もこんな大人になれるだろうか。自信は…まだ無い。

 押し麦が混ざっているご飯を一口挿んでから、焼き目の付いた手羽元に箸を付ける。ほろりと身が剥がれて、危うく骨を取り落としそうになった。軟骨まで剥がれた肉をそのまま口に押し込んで噛み締めてみると、柔らかく煮込まれたそれらは容易《たやす》く私の胃袋へ納まっていった。

 こんなにほろほろに煮込まれているのに、煮崩れていないし鶏の味も逃げていないなんて…。驚愕していると、横から声が掛かった。
「随分美味しそうに食べてくれるじゃない、作り甲斐があるってもんね。」
 厨房に居たバイキングがすぐそこに立っていた。
 近くで見ると一層大きく、まるで赤岩がそこにあるようなのに、気配に気付けなかったなんて…、否、単に私が食事に夢中だっただけか。ちょっと…恥ずかしい。

「とっても美味しいです!これ、全部…毎日コックさんが作ってるんですか?」
 バイキングみたいなコックさんは眉根を寄せた。
「…敬称付きだったから赦してあげるけど。chef《シェフ》とお呼び。」
 厳めしいその顔を、まるでなまはげみたいだと思ったのはナイショだ。
「はっ…!すみません、シェフ…!」
 ちょっと怖かったから、お詫びして訂正した。
「…なんてね。ロビンで良いわよ。」ロビンさんは悪戯っぽく笑った。
「あら、ロビンさん怒らないんですね。」
「悪気の有無ぐらい見れば判るでしょ、フリフリちゃん。」
 …フリフリちゃんって、フリージアさんのこと?
「…っ」
 フリージアさんは完璧な笑顔のまま絶句している…、否、怒っている…?
「全く…、もう少し冗談を受け流せるようになったらどうなのよ、フリージア・ルイ・フリーデリーケ。」
 ロビンさんは腰に手を当てて溜め息を吐いた。
 私は、フリージアさんをフリフリさんと呼ばない方がいい、という事を、刹《わたし》の記憶を忘れさせられるかも知れないその時まで覚えておく事にした。

「前より少しはマシな筈ですけれど、冗談は苦手ですわ…。…あら?ちょっと失礼しますね。」
 フリージアさんはポケットから携帯端末を取り出して操作すると、その端末に耳を当てて何か聞いている。
 ややあって、少しホッとした顔でフリージアさんは口を開いた。
「医療班からの連絡です。刹さんが心配していたよりもシエンさんは大事無いみたいですよ。数日休養が必要なようです。」
「そうなんですか?良かった…」
「良かったわね。あの子は死にそうに見えてもすぐには死なない、しぶとい珠《たま》よ。」
 ロビンさんは然もありなんといった風に腕組みして頷いている。
「頭首にも連絡しているかと思いますが…、報告しますので、冷めない内に食べててください。」
 フリージアさんはそう言うや、端末を操作し始めた。

「あの…申し遅れました、私は刹です。故あって本当の名前ではないんですが…」
 仲の良さそうな二人の会話に流されて、すっかりロビンさんに名乗りそびれてしまっていた。
「ええ、聞き齧《かじ》ってるわ。刹っちゃんね。刹って響きは合ってるけど何か可愛気が無いわよね…」
「シエンさんも可愛気が無いって言ってました…」
 苦笑いを浮かべながら、周さんも刹っちゃんって呼んでくれます、と付け加えた。
「あのちゃらんぽらんの真っ黒昼行灯と呼び方一緒なの?やぁね…」
 ロビンさんは臭いものでも嗅いだような、苦々しい顔になった。
 酷い言い様だが…、心の中でちょっと頷いてしまった私がいた。

 少し居心地が悪くて、出汁が染み込んだ大根を頬張った。
 角が残っている見た目以上に大根が抱え込んだ出汁が口の中で溢れて、零れそうになった。
 鶏と大根と出汁の旨味が、大根の形とは真逆の円やかさなのを堪能してから、どうやったらこうなるんですかと訊くと、それはね…と溜めてロビンさんは勿体を付けた。
「ヒミツよ。そう簡単に手の内は明かさないわよ。」
「う…。」
 それもそうだ。
「なんてね。ほぼ毎日アタシが作ってるけど、厨房の他の野郎共は覚えが悪いのが多くてね…。貴方みたいな子だったら伝授したいぐらいよ。」
「それは恐悦至極です、でももし私が伝授されたとして、私に料理長が務まるかは皆目見当がつきませんが。」
「大切な人が元気になる美味しい料理を振る舞いたいって探求心があれば十分よ。尤も、長年務めてきた料理長の座を易々と譲る気も更々無いけどね。」

 多分、文章で報告をしたフリージアさんは、携帯端末を仕舞って箸を進め始めた。私と同じ顔で大根を美味しそうに頬張っている。
「どのくらいロビンさんは料理長をしているんですか?」
「半世紀以上はやってる筈だけど…数えるだけ無駄よね。正直なところ覚えてないけど…。料理する事自体は若い頃から好きだったわね。」
「え…」
「ん゛っ!」
「…!?」
 ロビンさんの言葉に驚いたのと同時に、フリージアさんがらしくない声を喉で発したので更に驚いた。
 …どうやら、半分に割った茹で卵を食べたところに端末に連絡が入ったようで、フリージアさんは茹で卵を喉に詰まらせかけたみたいだ。
 慌てているけれど冷静にグラスの水を飲んだフリージアさんは、一つ咳払いをして電話に応答した。よくある事なのかもしれない。

「…お待たせいたしました。」
「…食事中だったか、済まないな。」
 どうにか取り繕ったつもりだったが、然の前ではそんな努力は無駄らしい。
「刹の様子はどうだ?動揺や憔悴は無いか?」
「はい、私の見る限り平穏無事です。」
「そうか…。シエンの事は確認した、しばらくは周と担当医に任せようと思う。フリージア、お前は大丈夫か?」
「私は大丈夫です、お気遣い有り難うございます。」
「このところ無理をさせているからな…、今日はもう休んでいい、明日もゆっくりで構わない。ただ…必要があれば刹の傍に居てやってくれないか。」
「滅相もないです…畏まりました。」
「俺からは以上だ。ゆっくり休んでくれ。」

「…はい、マスターもご無理をなさいませんよう。おやすみなさいませ。」
 フリージアさんはそう締め括って通話を終えた。
 至極丁寧で事務的な言葉遣いだったけれど、フリージアさんの表情や雰囲気は柔らかく穏やかで、嬉しそうに見えた。
「相変わらずわかりやすいのね、言ってたわよ?」
「えっ…言ってましたか…」
 ロビンさんに指摘されて、フリージアさんは少し動揺を見せた。
 言ってたって、何の事だろう?
「自分を貶《おとし》める言い方は良くないわ…改めなさい。奴隷《スレイヴ》じゃないんだから…従属する必要は無いのよ?」
「ですが、私は…」
 反論しようとするフリージアさんをロビンさんは遮る。厳しい顔つきを緩ませて、困った顔になりながら。
「止めておきなさいよ、あんな男。立場上懸想してしまうのは解らなくもないけどね。」
「け、懸想って、そんな…相手にされる訳がありませんのに…」
 フリージアさんは俯きながら残りの茹で卵を頬張った。

 何だか口を挿みづらい会話を二人がしていて、私の箸は静かに進んでいく。
 茹で卵は半熟も好きだが、こうして硬く茹でた卵の黄身に出汁を吸わせて食べるのも悪くない。
「無表情のつもりなんだろうけど、顔に出てるのよ。好きなら素直に名前で呼べば良いじゃない。」
「う…、それは、痴がましいと思っておりまして…」
「ボロが出るぐらい抑圧してるのが見てられないのよ…老婆心なのは自覚してるけど、年長者の言葉に少しは耳を傾けても良いんじゃない?貴方が心配なのよ…フリージア。」
 ロビンさんは心底心配そうな顔でフリージアさんに訴えかけている。
 フリージアさんはそんなに…完璧で在ろうと無理をしているというのか。
「フリージアさん…ロビンさんは、フリージアさんが私を心配してくれているのと同じように気に掛けてくれているんだと思います。私も、フリージアさんに無理はして欲しくないです。」
 つい口を挿んでしまった。

 フリージアさんが名前を呼ぶのも憚《はばか》るほど好きな人って…もしかしなくても然しか居ない。
 だって、同じ表情をしたから。
 然と同じ、俯いたまま遠くを見るような、諦観が滲み出ているような微笑。
 フリージアさんの心の中までは解らないけれど、同じ表情を浮かべた事で、少なくとも…壊したくない、失くしたくない、怯えや心の痛みを同じように持っている事は判る。
 あんな…痛くて苦しい思いなんて…して欲しくない。

「あぁもうっ、辛気臭いのはやめましょっ!ねぇ、貴方達この後暇?三人で女子会しない?刹っちゃんはソフトドリンクだけど。」

(これは…ナンパ…!?というか三人…じょし…? ? ?)

「お誘いありがとうございます、ですが私はまだやる事がありますので、またの機会で…」
 フリージアさんはロビンさんの誘いをさらりと躱《かわ》した。
「あら残念。…やぁね刹っちゃん、露骨に顔に出てるわよ。今はこんな形《なり》だけどね、アタシは昔からずっと心は乙女よ。」

 言葉遣いからなんとなく察してはいたが…昔から、という事は…いわゆるオカマやオネエとは違うのだろうか?
 しかしロビンさんはそう言う割りには自慢気に、でも少し残念そうに、上腕二頭筋を山盛りにした。
 コックコートがはち切れんばかりだ。筋肉美だけ見れば、ロビンさんは美人と言えなくもない。

「失礼しました…」
 しかし、厳つい。何をやったらこんな筋肉がつくのだろう。
 俄仕込みではない、あまり脂肪も無さそうなロビンさんの筋肉は、まるで鍛錬している鉄鋼のようだ。

「あの、不躾ですが…ロビンさんは武人、ですか?」
 ウズウズするのを隠しきれずに尋ねてしまった。手合わせ…してみたい。
「訊くと思った。この体格だからそう思うのも無理ないわね。」
 バレバレだった。…私は隠し事が得意になれそうにない。
「いえ、それもありますけど、足運びに無駄が無かったと言いますか…」
「よく見てるわね、昔は賊をやってたからね。前はもっとバレエダンサーみたいにスリムだったのよ?でも挑んで来る輩が絶えなくってねぇ…モテ過ぎるのも考え物よね。」
 実戦で鍛え抜かれた筋肉という事か…、羨ましい。
「…明後日の夜なら空いてるけど。どう?刹っちゃん。」
 私がロビンさんと手合わせしたくてウズウズしているのはお見通しのようだ。

「いけません。」
 ピシャリとフリージアさんが差し止めた。
「刹さんはただでさえ不安定な状態ですのに…。人間ではないんですよ。それにロビンさんが戦闘すると器物破損の補填が大変なんですよ…。」
「じゃあ本気は出さないから。看視も付けるなら良いでしょ?最近運動不足なのよ~、アタシのメンタルケアも含めると思って、お願いよ~」
 食い下がるロビンさんに、フリージアさんは難しそうな顔をしている。
「…頭首に掛け合って了承を得たら許可します。…もう、ロビンさんは本来好戦的なお方ではないでしょうに…珍しいですわね。」
「そうなんだけどね。久々に殺し合わないような、真っ直ぐそうな子の相手をしてみたいと思ったのよ。ふふふ…然も子どもっぽいところがあるから、手合わせ出来そうね…」
「調子に乗らないでくださいよ…。」
「もし了承を戴けたら宜しくお願いしますっ!」
 まだ決まった訳ではないが、ちょっと嬉しい。
「場所は刹っちゃんが体力測定をやった広いトレーニングルームでね。それじゃ、アタシは上がるわ、またね。」

 ロビンさんは踵を返して食堂から出ていった。
 ぶれない体幹に見惚れていると、フリージアさんが咳払いをした。
 フリージアさんは私をじっと見ている。ちょっとだけ怖い。

「…済みません…。」
「ロビンさんが相手なら大丈夫でしょうけど。心は女性とはいえ、体は男性なんですよ?手合わせ以外でも気を付けて対応しなければなりませんよ。刹さんは女の子なんですから。」
 フリージアさんは溜め息混じりに諫《いさ》めてきた。

「私が言っている意味は解りますね?いくらこの施設が外より安全とは言っても、絶対ではないんです。目の届かない場所だって在りますし…刹さんが意識して自身を守ろうと行動していなければ、私達が助けようとしても助けきれませんからね。」
 その通りだ。言葉も無い。

「…嬉しい時も悲しい時も…怒りや不安を覚えたり、焦っている時は特に足を掬われ易いですからね…。なるべく感情は客観視して、心を穏やかに平静に保つように気を付けましょうね。ごめんなさいね、厳しい言い方で…。それだけ私も、刹さんを助けたいんです。」
 フリージアさんは改めて自分自身にも言い聞かせるようにそう言って笑みを浮かべた。
「…有り難う、ございます…」
 謝るのは変な気がして、お礼を言った。

 …フリージアさんを芯が強い人、と思ったのは、そういう所なんだと思った。

『ボロが出るぐらい抑圧してるのが見てられないのよ…』
 ロビンさんの言葉が過る。

 フリージアさんは完璧そうに見えて…とても危ういバランスで自己を律しているのではないか…?大丈夫なんだろうか。

 また自分を措いて他人を気にしている自分には気が付いているが、こういう性分なのだろう、何か出来る事は無いのだろうかと思いを巡らせたまま、私は食事を終えて、フリージアさんと共に彼女の部屋へと足を運んだ。

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