やっぱりヴァージンがいい
ロンドンと日本を行き来していた僕にとって、飛行機が飛ばなくなると、ここまで不自由になるとは思っていなかった。いま利用している日系航空会社も9月に入って、ようやく定期便が動き始めた。と言っても週2〜3便で、機内はガラガラの状態。いつになったら昔の賑やかさが戻るのだろう。
そんなこんなで、今日は飛行機にまつわる話です。
ヴァージンとのお付き合いはこうして始まった
ロンドンに住んで30年。当時、日本系2社と英国系2社が直行便を持っていた。どこを選ぼうかなと試してみることにした。エコノミー座席での比較。英国フラッグシップ航空会社は問題外(今は違うかもしれません)。サービス悪く食事不味くキャビンアテンダントも感じが悪い。まともなサービスを受けたいならエグゼクティブクラスへどうぞということらしい。日系2社はサービスがとても良い。和食も充実している。でもどこかマニュアル通りなのが気になった。キャビンアテンダントはいつもスマイルで、飛行中12時間ずっとニコニコしている。機嫌の悪い日もあるだろうに、そんな作り笑いを見続けるのは忍びないし、こちらも疲れる。ヴァージンアトランティック航空は、当時日本便が就航したばかり。そもそも音楽からスタートした会社なだけに、機内の音楽や映像コンテンツは充実。室内ライトは落ち着くパープルカラー。アテンダントも若くてフレッシュ。シロウトっぽさ漂い、ちょっと勘違いしてない?と思えるくらい妙に馴れ馴れしいサービス。そして客が少ない。これで決まりだ。以来、日本への旅のお供はヴァージンアトランティック航空となる。
ヴァージンからのお誘い❤️
忘れもしない、5年前の2月のある日、前触れもなく吉報がやってきた。
「オメデトウ! 長年のご愛顧にお応えして貴君を永久ゴールドカードメンバーにします。 リチャード・ブランソン(ヴァージンアトランティック航空)より」
毎年カード更新時になるとティアポイントが足りないことに気付き、あわてて本末転倒の日本出張を繰り返してきただけに、乗らなくても死ぬまでゴールドというのは僕にとって最高のプレゼント。ちなみにこのカードを持っているとチェックインに並ばなくても良く、席があればアップグレードしてくれ、ラウンジもパートナー共々使い放題という優れもの。30年間ウワキせずにヴァージンひとすじ、乗り続けた甲斐があった。 そして輝かしきゴールドカードとともに送られてきたのが写真の品。
ご覧のとおりクリスタル製のヴァージンジェットは重くて大きくて、倉庫にしまうのにも手こずるし、かといって名前まで刻まれているのでチャリティーショップで引き取ってもらうことも出来ない。仕方なく家の隅っこに飾られることとなる。さすがリチャード、やることがオシャレですねえ。ほくそ笑む。
さてヴァージン❤️のどこが良いのかというと
30年に渡るお付き合いで、ヴァージンとの蜜月関係が築かれた。長いフライトで退屈になると、知り合いのキャビンアテンダントと他愛もないお喋り。第○期生の○○さんが寿退職したとか、ロンドンで新しい店を見付けたとか。「始めまして。○○です。これからよろしくお願いします」と、新人アテンダントがわざわざ挨拶に来てくれるまでの関係。これはまるで社外取締役待遇じゃないか、と優越感。
食事が正直いまいちなこと(廃線直前はとくに)を除けば、僕にとってほぼパーフェクトなヴァージンアトランティック航空。機内が暗くなり、さて、ひと休みしようと床を整えていると、お友達アテンダントがやってきて、他社のように床に膝をついてお話しすることもなく、隣の客席にちょこんと座ってきて自然体の会話。キャバクラのような親密感。悪くない。
加えてもう一つ。彼女たちの住まいはイギリスなので、僕の会社が企画するコンサートやイベント、レセプションで動員が必要なときなどは、声をかけると挙って集まってくれる。若き麗しき女性たちが集まれば会場も華やぐ。僕も鼻が高くなる。いや、鼻の下が長くなるかな?
自慢話が止まらない。話を戻そう。何もかもお気に入りのヴァージン航空から永遠ゴールドを授与されたのだから、もう有頂天である。こんなに幸せで良いのだろうかと、上機嫌な日々を過ごしたのである。
が、しかし・・・・
ロスト・ヴァージン - 痛〜い思い出
永久ゴールド会員になった年の9月初め、ヴァージンからメールが届いた。
「ヴァージン航空では今後アメリカ路線を拡充していきます。アフリカにも飛びます。新たなサービスも始めます、こんなに便利になります・・・・」ナニナニ、いいじゃないか、そのうちヴァージンに乗って、アメリカの新路線やアフリカにも行ってみようじゃないか、と余裕のゴールドカードメンバーとは僕のこと。
最後の1行が目に飛び込んできた。
「・・・ところで、ロンドンー日本間の路線は来年2月1日をもって終了します」
えっ! 何度読み返しても、文章は変わってくれなかった。つまり僕が先日得たばかりの永久ゴールドカードのステイタスは、使えぬまま何の意味もなくなってしまうということだ。
フツフツと涌く悲しみ。極楽から地獄に突き落とされた気分。しかし自分のことも然ることながら、ヴァージンで働いているスタッフたちはどうなっちゃうのだろうか。言っちゃ悪いが、英語も達者にしゃべれないスタッフもチラホラいて、彼ら彼女たちはアメリカ便に転勤することも不可能だろう。シロウトっぽさを売りにしていただけに他のサービス業に転職することもできないだろうし・・・
9月11日、成田のチェックインカウンターの女の子たちは今までになくサービスが良く、背筋が伸びて、そして不自然なほどハツラツとしていた。心配になり成田の地上スタッフに本音を聞くと、案の定、9月初めの突然の知らせに職員一同落胆し右往左往している最中という。外資系の辛さを今さらながらに知ったそうだ。
その中で成田支店長のH氏は言った。「しかし僕たちは最後の便が成田を飛び立つまで頑張ります。」 通常なら路線が無くなることが決まると、ひとり欠けふたり欠け、スタッフが歯抜けになるのが業界の世界的常識らしいが、ヴァージン成田のスタッフは「最後まで砦を守る覚悟です!」と言い切る。
よく言った。さすが日本人。そうでなくちゃ。
感激したので、「僕も最後までヴァージンに乗り続けます」と約束した。マイルも貯められないし意味は成さないけれどもここは心中である。強いて言えば、30年間の「感謝とご恩返し」だ。そして2015年2月1日、最後のヴァージン機は、成田を飛び立った。
<my last flight with Virgin for London - Virgin Reds の仲間たち>2015年1月
ヴァージン❤️を失った今
いま僕はANAに乗っている。辛うじてプラチナカードを維持しているが、またもやカードのために日本往復を考えねばならないという本末転倒生活。サービスは格段に改善した。広くて快適なシート、邦画やドラマ満載の機内エンターテインメント、機内食はヴァージンとは天と地の差。ラウンジはいつも混み合っているけれども、ラーメンやうどんが注文できる。本当に申し分ないのであるが、しかしヴァージン喪失というポッカリ開いた心の穴はANAでは埋まらない。
数年前、東京オリンピックに合わせてヴァージン日本直行便が復活するかもという風の便りがきた。期待すると裏切られたときにショックが大きいので、静かに待ちわびたが、しかし憎きコロナのせいで夢は泡となり消えた。ヴァージンアトランティック航空の経営は悪化。英国で必死の再建計画を進める中、8月にはアメリカで破産申請を行った。残念だ。いつかまた新生ヴァージンアトランティック航空でロンドンと東京の空を行き来できる日が来ることを夢見て。
|松任谷愛介 Aisuke Matsutoya|
英国在住32年。慶應大学経済学部卒・シカゴ大学卒(MBA)ミュージシャン/銀行マン/留学を経て英国マーチャントバンクGuinness Mahon社に入社。取締役副会長歴任後、音楽・映像・イベント制作・リサーチ・執筆等を主業務とする自身の会社をロンドンに設立。|Cross Culture Holdings Ltd.代表|