イチジクの思い出
ロンドン。隣の家のイチジクの木。枝が折れそうなくらい鈴なりになっている。あと1ヶ月もすると実が真っ赤になる。
鳥たちのルール
すると、まずムクドリの大群が押し寄せて、ギャーギャー歓喜の声を上げながら、イチジクを突っつき食べ散らかす。彼らが去ると、次にスズメやブラックバード、キジバトが群れでやってきて、残りを食べ干す。決してフライイングはしない。鳥たちにもルールがあるらしい。
畑の中のイチジク
イチジクを見ていて思い出した。
昭和30年後半の高井戸(ぼくの実家=東京都杉並区)には空にコウモリが舞っていた。近くの池にはアメリカザリガニや雷魚がいて、よく穫りに行った。夕方には豆腐屋さんのラッパの音。
家のまわりは空き地だらけで、子供たちには格好の遊び場だった。となりの畑でイチジクの形のものが土にまみれてコロコロ転がっているのを見付けた。ここにもあそこにも。両手に持ち切れないほど集めて家に持って帰ったら、母からえらく叱られた。記憶に残っているくらいだから、よほどこっぴどく怒られたに違いない。
それにしても畑になぜイチジク?
なぜ拾ってはいけないのか、理由を親から教えてもらえなかったと思う。あるいは説明が難しすぎて理解できなかったのだろうか? イチジクを拾って叱られた記憶だけが残って大人になった。
先日ある人とオーガニック食品の話をしていて、あの時の記憶がゆらゆらと蘇ってきた。繋がった。イチジクの正体。そうか、当時の高井戸はまだ人糞だったんだ。思わず手を鼻に当てて、匂いを嗅いでしまった。
あの時の少女はスクスク成長しただろうか?
ミーちゃん、確かそう呼ばれていた。近所に住む女の子。ぼくより少し年上で、むしろ四つ上の兄と仲良く遊んでいた。ある日、ミーちゃんが肥溜めに落ちたという噂で持ちきりになった。井戸端会議で集まったおかあさん方も、子供たちの間でも、ミーちゃんが肥溜めに落ちたことが話題になっていた。当時ぼくは肥溜めが何だか分かっていなかったので、どこの池に落ちたんだろう? 溺れ死ななくて良かったなと思ったくらいだった。50年前の高井戸には肥溜めがそこら中にあったのだろう。その日、兄が両親からすごい勢いで叱られていたのだが、兄はこの事件と何か関係があったのだろうか?
オーガニック野菜
ユーロトンネルでフランスに入ると、地平線上に一面の広大な田園風景が連なる。さすが農業国。そして車の窓を閉めたくなるような強烈な肥やしの匂い。これが北フランスのお迎えの印である。アイルランドの田舎も、やはり肥やしの匂いがする。オーガニック農業大国の証拠だろう。残念ながら、イギリスの田舎には肥やしの匂いがするところは多くない。
Good old days of Takaido. 昭和30年の野菜はオーガニックで、今とは比べ物にならないほど美味しかったに違いない。
|松任谷愛介 Aisuke Matsutoya|
英国在住32年。慶應大学経済学部卒・シカゴ大学卒(MBA)ミュージシャン/銀行マン/留学を経て英国マーチャントバンクGuinness Mahon社に入社。取締役副会長歴任後、音楽・映像・イベント制作・リサーチ・執筆等を主業務とする自身の会社をロンドンに設立。|Cross Culture Holdings Ltd.代表|