円安に思う

 最近、円安が急激に進み日本の国力低下が心配されている。円の価値が下がっているということは、日本の価値が低くなっているということを意味しているという論理にはおよそ納得できる。
 日本の価値は、何故低くなってしまってのだろう。失われた30年と言われる、バブル崩壊後の時代に日本はどうして世界と戦えなくなったのだろう。
 よく政治の失敗が取り上げられる。成長産業を育てられなかったということのようだ。確かに、世界で戦えるはずだった産業や技術に対する政治の向き合い方は消極的で、育てるよりも規制する事で発展を後押しできなかったという面はあったのかもしれない。すでに力のある既得権益を守る事を重視したようにも見える。これは今となっては非常に残念な事だったと思う。日本は自らチャンスを潰してきたのかも知れない。ただ、政治の世界にも一般市民にはわからない多くのしがらみがあることもまた想像に難くない。
 ところで、この30年の間にも日本の産業界が何も産んでこなかったわけではないと思っている。ガラパコスとある意味揶揄もされた日本の家電や携帯電話には、日本らしい個性を持った面白い製品がたくさんあったのではないかと思っている。多機能、高性能と一時的には海外からも注目されていたようにも記憶している。しかしながら、携帯電話に象徴されるように、世界でのシェア争いでは優位に立てず、日本のメーカーの携帯電話やスマートフォンは一つ一つ姿を消していくことになった。
 ここで改めて思うが、ガラパコス製品たちは日本の生き残る道だったのではないかと思っている。世界で大きなシェアを獲得出来なかったとはいえ、オンリーワンの製品や技術を産んだこの国の力はまだまだ残っているのではないかと期待している。
 子供の頃に、社会の授業で習った日本の加工貿易。資源のないこの国は資源を輸入し、付加価値を付けて世界に製品を送り出す。その付加価値は日本でしか作れないオンリーワンのガラパコス製品たちなのではないかと思う。産業技術は日々向上し、昔とは違い、日本でなくても安くて良い製品を作ることができるこの時代に、コストの高い日本が生み出せるオンリーワンは何なのか。世界で最大シェアを奪うことばかりが成功ではなく、日本からしか買えない商品を産むことがこれからも大切なのではないか。そう思わずにはいられない。
 失われた30年が一瞬にして取り戻せるようなことは無いだろうが、1日も早く取り返さないと、取り返すためのエネルギーさえも日々失われてしまう。そんな危機感を持っている日本人も少なくないはず。そう感じている。日本のオンリーワンの魅力が世界からもう一度注目されるために、日本らしいガラパコスに注目していたい。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?