37.むかしの音楽の方がよかった、の正体
AIはなんとなく信用できない、みたいな記事を以前書いたが、
そのAIが、こんなことを可能にしていた。↓
要は、この曲は、AIを使ってこのラップ↓ を50年代風にアレンジしたものらしい。
そのあまりの完成度の高さに、再生回数は500万回に迫ろうとしている。
筆者はラップの良さがちょっとわからない人間なので、どう考えても50年代verの方がいい曲だなと思ってしまったのだが、
前者のコメント欄をよく見ると、驚くべきことに、
「こっちの方がずっといいじゃん」みたいなコメントがたくさんついていた。
なんで、むかしの音楽の方がよかった、と思ってしまうのか。
反発
筆者のように、むかしの音楽が好きな人の多くは、現代の流行に何かしらの反発心を持っていると思う。
今の洋楽ヒットチャート
米国でもっとも権威のあるチャートのひとつ、ビルボードの今週のヒットチャートトップ5が、これだ。↓
なんと、ケンドリック・ラマーという同じラッパーの曲が、5位まで占めていた。
10位にマライア・キャリーが入ってきたりしているところは季節感があっていいけれど、6位のShaboozeyもラッパーだ。
いま、アメリカ人にいちばん聴かれているのは、間違いなくラップなのだろう。
ラップが微妙、という人の立場
数年前に、自分の性的魅力だけをあけすけな言葉でひたすらラップした曲が米で流行した時は一体何事かと思ったけれど、
そもそもラップはミュージック・ビデオで裸みたいな女性が腰を振っている映像ばっかりだし、
なんというか、リアクションに困るというか、内容云々以前に聴いていて(見ていて)心地よくない。
ミュージシャンに品行方正を求める気はさらさらないけれど、
裸がミュージック・ビデオに出てくると、なんかそれはだめだろ…っていう気持ちになって、音楽どころじゃなくなる。
ラップの文化を否定する気はないし(日本でもCreepy Nutsの曲が流行語に食い込んだし)、
言葉遊びみたいで面白いと感じるときもある。
でも、やっぱり筆者は、ミュージック・ビデオのいかがわしさがちらついてしまい、なんとなく苦手だ。
上のチャートのように、とにかく、最近の洋楽はラップに支配されているので、
筆者のようにラップが「なんとなく苦手」な人は、流行りの洋楽にノリにくい。
もちろん、サブリナ・カーペンターみたいな、ラップじゃない曲で流行っているミュージシャンもいるけどね。
一曲の情報量
歌詞に意味を求めるかどうか
筆者が初めてYOASOBIを聴いたとき、最初に感じたのは、「すごい早口の曲だなあ」ということだった。
確か、『夜に駆ける』だったと思うが、今、確かめようとしたら、
なんと自殺を想起させるということで、youtubeでは規制されているらしい。
ええ…じゃあyoutubeで『暗い日曜日』が聴けるのはなんでなんだよ…
ちょっと話がそれたが、とにかく、最近流行る曲には、歌詞がたくさん詰めこまれた曲が多い気がする。
あと、すごく凝った意味が込められている。
前述のYOASOBIも、「小説を音楽にするユニット」というコンセプトを掲げているし。
筆者は映画と同様、音楽も何も考えずに楽しめればそれでいい=あまり歌詞に意味はいらないと思っているので、
正直、歌詞の意味に凝られてしまうと、たいして集中して聴いていないことが申し訳なくなる。
歌詞に意味のない名曲
↑ 映画『ボヘミアン・ラプソディ(2018)』では、ロジャー・テイラーが「ガリレオって誰だよ!」と困惑するシーンが描かれていた。
のちにフレディも、「みんなインタビューのたびに歌詞の意味について聞いてくるから、ちょっと辟易してる」みたいなことを語っていたし。
でも、Bohemian Rhapsodyは、紛うことなき名曲だ。
メロディがいかに聴き心地がいいか、
それに歌詞の歯切れが合っているか。
この二つが満たされていれば、たとえ歌詞の意味がからっぽでも、それはもう「いい曲」でいいんじゃないか。
音楽の趣味のむずかしさ
インターネットの発達で人々の趣味はどんどん細分化しているけれど、中でも音楽はその流れを特に顕著に受けているものの一つじゃないだろうか。
現在の流行曲について色々書いてきたけれど、今チャートで上位だからって誰でも知っている、というわけではないし。
そんな世相だからこそ、流行りの曲を聴いた事なくても、
「えぇ、知らないの?」と驚かれることは、だいぶ減った気がする。
これは、趣味の細分化を社会が受け入れてよかったことかもしれない。
でも、音楽の趣味が合う人と出会うのは、ずいぶん難しくなってしまった。