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正しい教え

道場の奥のうすくらがりに
天窓から街灯が斜めにさしこんでいた
かたくにぎった両のこぶしをふとももの付け根におしつけて
師範はそこに正座をしていた

かわいそうな師範
弟子に恵まれない師範
教えの正しさをみずから確信しながら
聞く者をもたないあわれな教えが
師範の胸をほとばしりでて
狭い道場をいつまでも循環している

おもての駐車場には
ダイハツのムーヴ
(色はシルバーだ)
がエンジンの熱を
ボンネットから夜にむけて急速に
放出している
(カンカンカンという放熱の音が聞こえた)

こうしているあいだにも
世界は悪しき方向へと
ころがりおちているというのに
師範はにぎりこぶしを
さらにふかく股におしつけ

(ムーヴにのって師範は職場にむかう
営業部の係長
高圧的なバイヤーの不条理な要求に
応えようと応えられまいと
いずれにしてもすいません
すいません
すいませんと
頭をさげて)

学んだ教えで武装して
戦うわけにもいかず
教えの正しさを
引き継ぐものもなく

無意味な正しさが
道場のなかをいつまでも循環して
ときおり師範の方をふりかえり
こっちにおもしろいものがあるよ
とばかりに
にっこりしてみせるので
師範はゆっくり立ち上がり
どうしたんだい?
と、
ただしい教えのうしろから近づいていく

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