見出し画像

憧れが叶った日

小さなころからずっと、俺は彼に憧れている。
この時期になると必ず注目の的になる彼に、その存在の真偽すら疑わず、俺は紛れもない尊敬の念を抱いていた。
その彼とは―――そう、クリスマスになると子供たちにプレゼントを届けに来る、いわゆる「サンタクロース」だ。
だって、考えても見ろ。一晩だぞ。たった一晩で世界中の子供たちにプレゼントを配るんだぞ。すごいとは思わないか?!一体どうやってるんだ……?

とまあ、俺はこんな具合に、ガキの時からサンタという存在に憧れていた。誰から聞いたわけでもないのに子供たちの希望のおもちゃを知り、クリスマスの夜に世界中を飛び回ってプレゼントを届けるサンタの姿を想像しては、「いつかは俺もあんな風になりたい」と思いを馳せたものだ。
そんな俺、麻岡春人(あさおかはると)の手には今、信じられないものが握られている。

『        急募!!サンタクロース!!!

 私たちと一緒に子供たちの夢を叶えてみませんか?
 お仕事は簡単!誰でもすぐに覚えられます!
 先輩サンタが親切丁寧に指導してくれるので初心者の方でも安心して働けます!

 給料:出来高制(時給制ではありません)
 待遇:制服貸与、交通費支給
 応募資格:大人(プレゼントをもらう年齢でなければ学生でも可)
 仕事内容:プレゼントの手配、プレゼントの集配、事務所清掃など
 期間:12月1日~12月31日まで
 応募締切:11月25日まで

 興味のある方は今すぐ下記の電話番号までお電話ください!
 子供が好きな方、元気な方大歓迎です!

(有)聖夜 関東支社 TEL 03-××××-×××× 人事担当 三田』

そう、サンタクロースの求人チラシである。
なんでこんなものがうちのポストに入っていたのかはわからないが、これはチャンスだ。

もしかしたらイタズラという可能性もあるが、なりふり構っていられない。俺は今すぐサンタになりたいのだ。
俺はサンタになれるかもしれないという感動と、本当にこんな求人が実在するのだろうかという不安に震える指先で電話のボタンをプッシュした。番号に間違いはない。
少しの間があって、コールが始まった。
1コール、2コール、3コール目が終わろうとした時、電話がつながった。

「『はい、こちら有限会社聖夜、関東支社の人事課です』」
「あ、あの、うちにチラシが入ってて、そちらでサンタになれると聞いたんですけど」

声は上ずったりしていないだろうか、緊張で手汗がひどい。

「『はい、面接希望の方ですね。お名前をお願いします』」
「あ、麻岡です」
「『はい、アサオカさんですね。面接は11月26日の日曜日に当社で行われますので、
そちらにお越しください』」
「え、あ、ちょっ、ちょっと待ってもらえますか、今、メモします!」

俺は慌てて携帯を肩に挟み、手近にあったスーパーのチラシの裏に面接の日付をメモした。電話口で相手を待たせているので走り書きになってしまったが、まあこれくらいなら解読可能だろう。

「『……よろしいでしょうか?』」
「は、はいすみません。続きをお願いします」
「『面接時には筆記用具と身分証明書をお持ちください』」
「はい・・・筆記用具と、身分証明書・・・ですね。わかりました」

繰り返しながら、チラシに書き足す。

「『面接に関しての注意は以上になりますが、何か質問はございますか?』」
「大丈夫です!ありがとうございました」
「『頑張ってくださいね』」
「はい、じゃあ失礼します」

電話を切って、ふう、と息を吐いた。緊張したが、なんとかなった。メモを片手にカレンダーを見る。日曜日に赤く丸をつけて、面接、と書いた。

―後日、俺のもとに届いたのは、一通の合格通知だった。
名実ともに、サンタクロースになれる。俺の心はそのことへの期待と満足感でいっぱいだった。そう、この時までは……。

現実って、理想とは全く異なるものだと思ったのは、1週間前のこと。
だってそうだろう、子供たちに夢とプレゼントを届けて回るはずのサンタクロースが
こんなに人間じみたことをするなんて俺は知らなかった。いや、知りたくなかった。

サンタクロース募集の求人を見て迷わず応募した俺に待っていたのは、夢や希望といったものとはかけ離れた激務の日々だった。

「いやー、やっぱり12月って繁忙期でしょ?人手が足りなくってさ。
 麻岡君が来てくれて助かったわ、ほんと」
「そうっすか、はあ……」

と相槌を打ちながら俺は流れていく大量の荷物を眺め、重たい息を吐いた。
これらの荷物は現段階でプレゼントとして配送が決まっているもののうち、比較的運搬が容易で長時間保存しても品質に影響がないものだ。主におもちゃやゲームの類である。
そしてこれらは今から届け先ごとに分別されて倉庫に保管される。

「今はどこも機械作業なんだけどね、ラッピングだけは人の手でやるっていうのがうちのポリシーなのよ」

そう言って先輩は次々とおもちゃをラッピングしていった。リボンの色は渡す子が男の子か女の子かで決まっているらしく、資料を確認する。どうやら男の子だったようで迷わず青のリボンを手に取りしゅるしゅると器用に巻いていく。最後に美しいリボン結びがされたかと思うと、先輩は出来上がったそれをベルトコンベアーに流した。
自分もさっきから全く同じことをしているのだが、如何せんまだ不慣れな為か、上手く行かない。上手く行ったとしても明らかに隣で作業している先輩より遅い。

「うぅ、これじゃノルマが……」
「単なる経験の差でしょ、慣れれば直ぐよ」
「慣れるまでやるんすか、これ」
「当たり前。新人のうちはこればっかりなのよ?
 一番手間がかかるのは何と言ってもラッピングだからねー」

てきぱきと確実にノルマを消化していく先輩を眺めつつ、俺も手元に集中するがやってもやっても終わる気がしない。

「あ、でも麻岡君って原付の免許持ってるんでしょ?
それなら配達組に回してもらえるんじゃないのかな、人手が足りないってぼやいてたし」

それは朗報だ。ぜひともそちらに回して頂きたい。この仕事が嫌だというわけではないが、単純作業はどうも苦手だ。

「そうだといいんですけどね」

あと27個で本日分のノルマが終了というところで、先輩は先にノルマを終わらせたらしい。ふう、と息を吐きながら伸びをしている。
その様子を俺がジト目で見ているのに気付いたらしい先輩が「手伝おうか?」と笑顔で申し出てくれた。ありがたい。こんど何か奢らせてもらおう。

翌日。
「―ということで、今日から君にはクリスマスイブ当日の配達に関わってもらうことになった。サンタクロースとして表に出ていく大変責任のある仕事だ、頑張ってくれ」
「は、はい!」

遂に来た。これでようやく俺の夢が叶うのだ。俺は通された部屋で渡された資料に目を通し、説明を受けている。ちなみにこの人はここの配達部の部長さんだ。

「そもそもサンタクロースというのは、サンタ組合に加入している各家庭に一定料金を支払ってもらう代わりにプレゼントを手配、ラッピングして配送、受け渡しするというシステムに携わる全ての人物のことだ」

つまり、この会社に入った時点で正社員だろうがバイトだろうがサンタクロースであるという事だった。全く知らなかった。

「えっと、それって今の俺もそうってことですよね?」
「ああ、そうだが?」

じゃあこの会社の合格通知が来た瞬間から俺の夢は既に叶っていたことになる。

「……そっかぁ」

これは昨日までの意識を改めなければならなさそうだ。

「?続けるぞ。サンタ組合に加入している家庭は今や日本全国の家庭のうちの3分の2にも及ぶ。そこで我々は各地域に支社を作り、より正確にプレゼントを届けられるようにしてきた。
 まあ、夢のないことを言うようだが、ピザのデリバリーと大して変わらない」
「本当に夢もへったくれもないことを……」
「子供たちに夢を届けるのが私たちの仕事だが、私たちにとっては現実なんだ」

なるほど、お金が無ければ生きていけないもんな、と納得した。

「具体的に言うと、君にはうちの担当区画の内の1ブロックを担当してもらう。
 渡した資料の中に周辺の地図と届け先の家の位置、各家庭に届けるプレゼントの詳細が記載されたものがある、あとで確認してくれ。
 当日は夜の間に全ての家を回る必要があるから、当日までに1度、実地へ赴いてシミュレーションをしておいてほしい」
「はい、わかりました」
「あとの細かい対応や仕事内容は大体資料に載っている。他に質問があれば、また私のところに来てくれ」
「はい!」

部長さんが出て行った方をしばらく見届けたあと、俺はしばらく呆けていたが、急に先ほどの言葉を思い出して、顔を綻ばせた。
昨日までお世話になっていた先輩も、今の部長さんも、そして自分も。子供たちの夢の為に頑張るサンタクロースなのだ。そう考えると、昨日までの自分の頑張りが、無駄ではなかったと思えた。そして今日からは昨日以上に頑張らなくてはならない。
今日はこれ以上何もすることが無いので、家に帰って資料の確認と地図を頭に叩き込もう。サンタクロースとしてできる最大限のことをしようと思う。

そして迎えたクリスマスイブ。

「いよいよだ」

今日は17時に出社。プレゼントの最終確認と、そして最大の仕事である配達がある。
実際に届けるのは子供たちが寝てからなので22時以降になってからだが、各地域には21時半までには到着しておく必要がある。俺の担当地域は会社からあまり遠くないが、それでも余裕を持って行動したい。
昨日の夜にさんざん確認したプレゼントの袋の中身を、最後の確認とばかりにもう1度点検する。大丈夫、何も問題ない。
会社から借りているスクーターも準備万端の様子だ。

20時になると、会社のみんなが見送りに来てくれた。ここにいる全てのサンタクロースの思いを、今から俺は届けに行くのだ。他の誰でもない、俺が。
思いが重い、なんて笑えない冗談を心で言って、自分の緊張をほぐす。
今から緊張してどうすんの、と先輩には笑われたけど、緊張するのも無理はない。なんせ初仕事だ。皆に激励されながら、俺は会社をあとにした。

その後、
結果から言うと、俺の初仕事は成功した。
途中で渋滞に巻き込まれたり、寝ていた子供の傍で物音を立ててしまって危うく起こしそうになってしまったりとか、トラブルはあったけど。
一応深夜の3時までにはすべての配達を終わらせて、なんとか会社に帰ることができた。
帰社した俺を待っていたのはその時間まで残っていてくれた見送りもしてくれたメンバーと、あと1週間以内に終わらせなければいけない後片付けや、壮絶な仕事をなし終えたという達成感と疲労感だった。

「お疲れ、どうだった?」
「あ、先輩……。楽しかったです、すごく」
「だろうね、そういう顔してる」
「子供たちの寝顔が可愛くて、やりがいがあったなぁって」
「いいなぁ。私も原付の免許取ろうかしら」
「ラッピングはどうするんすか」
「問題はそこよね。ベテランさんたちに頑張ってもらうか~」

と笑いながら、先輩は絆創膏だらけの手を俺の頭に乗せて、ぽんぽんと撫でた。
ラッピング用の包装紙はよく切れる。だからそれは先輩の努力の証だった。

「よく頑張りました」
「……先輩こそ」

こうして、憧れのサンタクロースとして迎えた初めてのクリスマスは終わっていった。

END

画像1


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?