あれから二年。#1
2019年9月8日 深夜に台風15号が来て、丸二年になる。
ひどい暴風で目が覚めて、家が浮いた・・・?と思ったら、すごい大きな音がした。
二階ベランダは雨水がたまってしまい、一階リビングに向かって浸水。
電気の傘に雨水がたまり、雨漏り。
傘をはずすのも重くて、泣く泣く割った。
たまたまそばにあったハサミの柄で、バリン と割って、中の水を排出。
バケツ、バスタオルなどたくさん引っ張り出して、床上にあふれた水と、バケツを見ながら途方にくれていたのは、明け方の4時だったと思う。
2018年1月に引っ越した。
頑張ってたくさんの不動産屋をあたったり、ネットで調べたり、たくさんの方に会って情報収集して、銀行にも何度も足を運んで、中古住宅を購入した。
小さい家でもいいから、その時は本当に今買わなきゃいけないような気持ちで、一生懸命だったと思う。
義父が、自分のことが出来なくなってしまって一緒に住むことになったのが2019年6月。
被災した9月は、デイサービスに嫌々行っていて、なにかというと
「この家の周りは、なんにもない。集まるような場所もない。つまらない」
が口癖で、「俺の家に帰る」をしょっちゅう言っていた。
被災した朝。
家の屋根は棟ごと飛ばされて、瓦が散乱。
飛んだ瓦が車に当たり、リアガラスや屋根はぼこぼこに。
もう一台の車は、お隣の物置が倒れたことでボンネットにへこみができていたが、問題なく動かせた。
夫はリアガラスが割れた車で仕事へ。私は仕事を休んで市役所や火災保険の申請や、必要な物資を買いにいくために走り回っていた。
停電は10日間近く続いたと思う。
広報無線も最後はならなかったので、市役所で携帯の充電と、遠方に住む両親に連絡、情報収集が日課になっていた。
火災保険の業者さんと話をするため、日中、義父をおいて出かけることも多々あった。
ある日、義父に言われたことが、私をいらつかせた。
「いいなぁ、あんたはいろんなところに行ってよぉ。俺は毎日、うさぎと一緒で、家に閉じこもってばっかりだ」
私は、
家をなんとかしないと。
早く手続きして修理に入らないと大変な事になる。
っていう焦りにも似た思いで毎日奔走しているのに。
この違和感、なんだろう・・・
そして別の日には。
ボイラーが壊れてしまい、
電気も、停電が復旧して通電したときに、天井のさんが水で湿気った状態で通電しても大丈夫かどうか心配だったので、電気業者さんに来てもらうことに。
業者さんが外のボイラーを見て、他の業者さんと電話で話している最中、義父はリビングでラジオを聴いていたけれど、急にボリュームを大きくしだしたので
「すみませんが、今だけボリュームしぼってもらえますか。これから業者さんが入ってきて、お話するので」
と言ったら、いきなりラジオを床に叩きつけた。
「こんなものこうしてやる!」とも言った。
幸い業者さんには聞こえていなかったようだった。
電話で話してる声が聞こえる。
でも、義父の癇癪はとても怖く。
私の体は震えてしまって声も出ない。
ここから逃げたい思いでリビングの扉を開けて、思いっきり閉めた。
業者さんのところへ行こうとしたとき、義父がリビングからでてきて
「なんだ、いまの態度は!!ふざけんな!」
と今にも襲ってきそうな態度でこっちにきて、
「俺の家にお前の友達を呼ぶなーーー!」と大声で叫んで来た。