通過儀礼
この一年は大きなライフイベントが多かったです。
今後長い目で見ても、かなり大きな転換期だったと思い返す気がします。
今のおしごとに就いて自立したのが最も大きな変化ですが、その過程で一人暮らしをしていること、生まれた家を手放したこと、後輩が亡くなったこと、色々ありました。
それらが全て、一年前の自分にはとても、考えられないことばかりです。
他にも沢山あります。大きな悩みを幾つかお金で解決してしまったこと、大切な趣味が続けられなくなったこと、恩人と疎遠になったこと等です。
今のおしごとは、学生の頃にやってみたかったことの内の一つでした。特に大きな夢ではありませんでしたが、ある意味、小さな一つの夢を叶えたと思っています。実力で勝ち取ったというより、ご縁の形に近いです。
気に入っているのは、勉強することが尽きない点です。同時に悩みの種でもありますが。
向いているかはわからないが、ある程度以上の成果を残すまで続けたいと、人に聞かれたら話しています。やっぱり、職業について聞かれることって、年々増えてくるものですね。
人生の内の大部分を占めるものが仕事であるということですね。そう考えると、本当はもっとやりたいことがあるような気がしています。
今後、病気で倒れたときや年齢の節目に、より強く実感することでしょう。その時までは目の前のことをやろうかなと思っています。
そんな機会が無ければ、気がつけば転身できない頃合いになっているかもしれません。そうなったらそれもそれで良いのかもと、今は思っています。
良くしていただいている部分が大きいので、自分の性格上、当分辞めない気がします。不義理な形は避けたいですね。
一人暮らしに関しては、本当に始めてよかったです。
体調をはじめとして、全てが好転しました。一方でまるで新鮮さが無くて、もうずっと一人で暮らしてきた気がしています。そもそも家族とのコミュニケーションが不足していたかもしれません。その辺の距離感も、一度離れることで整理できれば良いなと考えていました。
そのためにも、もう少し物理的に距離を離れるべきだと思っています。しかし高齢の家族や犬もいるので、少し寂しいです。どう計算しても、もう今後の人生であと5回も会えることは無いはずです。それについては思うところがあります。
遠方の不動産を手放したことは、しょうがないの一言に尽きます。それ以外に現実的な選択肢が無かったので、大人の選択ができたと思っています。
今の自分は大人の選択をできた自分を褒めてあげたいですが、大好きなおうちだったので、子どもの頃の自分が自分を許してくれないような精神状態です。うまく言えませんが。
子どもの頃は、しょうがないって言葉が嫌いでした。そんなこと言っても、しょうがないですよね。
あれこれ書いてみましたが、一番刺さっているのは後輩の死です。
これらは非常に大きなストレスであり、成長材料でもあります。
去年の自分では耐えがたい苦痛だったかもしれません。しかし今”普通”に生活しているのは、おしごとのおかげだと思っています。
目先のことに埋没していたいです。
カウンセリングの代わりにはならないでしょうが、もう少し書いていこうと思います。