読書会にたどりつかない
1ヶ月前から楽しみにしていた『アントンが飛ばした鳩』の読書会。
奈良から特急を使って名古屋に行くルートだったのだが、大和八木駅で特急券を購入した後、なんと別の急行列車に乗ってしまった。急いで大和八木駅に引き返そうと駅の反対のホームに走ったものの、ちょうど目の前で電車が去っていくところだった。途中駅でじりじりと15分待機して、やっと大和八木駅に到着した頃には、私の特急は出発した後。いつまでここでもたもたしているんだろう…。絶望しかけて、藁にもすがる思いでチケットを購入した窓口にいくと、受付の女性が持っていた特急券にスタンプを押してくれて、「これで証明できたので、後続の同じ特急に乗ってください。空いている席に座っていいです」という。
意外な展開に、自分のポンコツぶりを責めて落ち込んでいた状態から、不測の事態にワクワクを感じる状態まで浮上した。
言われた通り後続の特急に乗り、好みの窓際の席に陣取り、通り過ぎていく大自然を眺める。のどかな田園風景から、切り立った崖、山、不意に現れる勢いよく流れる川。
名古屋という都会へ向かうのに、このような旅情あふれる風景を目にできるとは思っていなかった。
本来の目的を忘れそうになりながら、ふと、自分が今ここにいる不思議に浸る。
通路を挟んで左側の席には60代ぐらいのマダムが2人で座っていて、小声で誰かの悪口を言っていた。小声なので、そこまで気にならない。
このようなきちんとしていそうな人達の隣に、特急を逃してパニックになっていた自分が座っていることに改めて変な感じがして、おかしな気持ちになってくる。
そしてふと、また行き先の違う特急に乗ったのではないか、という不安に襲われる。
私は何度トライしても正しい行き先の電車に乗ることもできない、本当にダメな人間なんだと思えてきた。
前日の睡眠時間が短かかったせいかもしれない、などとグダグタ考えながら、最終的に途中停車駅の駅員さんに確認をして、正しい特急であることが確かめられた。
田舎駅の駅員さんは、優しい。余裕があっていいなあとほかほかした気持ちで今度は違う座席へ向かう。
せっかく空いている席ならどの席に座ってもいいのだから、いっそ楽しんでしまおう。
睡眠不足も手伝って、自分が法の外にいるような、外国から来たルールを知らない観光客のような、妙な気分だった。
伊勢中川駅という駅から、名古屋駅行きの特急に乗り換える。
何気なく1号車を選んだら、どうやら1号車だけデラックスシートだったようで、気づくまで「最近の特急はすごいな」と呑気に構えて、ふかふかの座席シートをリクライニングしたりしていた。
すべてのボタンを掛け違えてしまうような日だった。
ようやく名古屋駅から現地へ向かうと、途中でどうしようもなくお腹が空いてきた。
8時に朝ごはんを食べてから、13時過ぎまで売店で買ったグミしか口にしていない。これまで移動で精一杯だったが、空腹を感じて当然だ。
目の前に古びた中華料理屋さんがあったのだが、胃の弱いわたしには油っぽい匂いがこたえた。
サクッと食べられるカフェでもないか、Google Mapで探したが、どうしても近場で見つからない。
読書会の開始時間はとうに過ぎている。これ以上時間を無駄にできないと判断して、中華料理屋に入ることにした。
入店して券売機で冷やし中華を買おうとしたら、売り切れ。仕方なく注文したジャージャー麺が届くまで、世界一無駄と思える時間が過ぎた。
ふと、大学生だった頃を思い出した。その頃睡眠のコントロールがうまくいかなかった私は、よく寝過ごして午前中の講義を逃した。決して裕福ではない親が必死で払っている学費をまた無駄にしてしまった、と自分を責めたけれど、結局また寝坊するのだった。
今でこそ寝坊しなくなったものの、あの時のバツの悪さ、なんとも言えない罪悪感や劣等感が中華料理屋さんの固い椅子の上で蘇ってきた。皆が有益な時間を過ごしている間に、私は一体何をしているんだろう。世界から取り残されたような、私が世界を取りこぼしてしまったような、きゅっとした孤独感。
お店を出て、ようやく読書会の会場であるジャズ喫茶の方向へ足を進めると、なんと道路を挟んで20メートルほど離れたところにおしゃれなカフェがあった。どうしてGoogle検索で出てこなかったのか… ここならサクッと食べられそうだったのに。悔しさを感じる間もないまま、会場へと足をはやめた。
つづく