設問1
第1 小問1
 1 逮捕
 甲は、本件業務上横領の被疑事実で逮捕されているが、実質的には本件強盗致死の被疑事実で逮捕されているとして違法とならないか。
 (1)規範
 裁判官は、逮捕状請求書に記載された被疑事実について逮捕要件をみたすか判断し逮捕状を発する(刑事訴訟法(以下略)199条2項)ため、当該被疑事実について逮捕要件(同条1項本文)をみたす限り逮捕は適法であると考える(別件基準説)。
 (2)あてはめ
 被害者であるAによれば、自宅に集金に来た甲に3万円を渡した、とのことであり、またAから集金した3万円がX社に入金されたことを裏付ける帳簿類は見当たらなかった旨の捜査報告書がある。それらの事実からすれば、甲は、業務上占有を開始した3万円について横領したことが疑われる。また、X社社長によれば、甲は顧客Aから集金した3万円を着服したことが発覚して退職した、とのことであり、甲自身がその事実を認めていることになる。そうであれば、業務上横領罪を「犯したことを疑うに足りる相当な理由」が認められる。
 次に、甲は単身生活かつ無職であるから逃亡の決意を阻害する要因がなく、そのおそれが認められる。また、甲が3万円の占有を開始したか否かはAの供述が重要な証拠であるところ、甲がAに偽証させるおそれもあることから、証拠隠滅のおそれもある。そうであれば、逮捕の必要性も認められる。
 (3)結論
 よって、逮捕は適法である。
 2 勾留
 上記別件基準説の考え方は同様に身柄拘束手続きである勾留にも適用されるため、勾留の要件(207条1項、60条1項)が備わっているか検討する。
上述のとおり、甲には業務上横領罪を「犯したことを疑うに足りる相当な理由」が認められる。また、同様に「罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由」(60条1項2号)および「逃亡すると疑うに足りる相当な理由」」(同項3号)が認められる。
 よって、勾留は適法である。
 3 勾留延長
 (1)規範
 同様に、勾留延長の要件(208条2項)のみ検討する。起訴不起訴の判断は原則として当初の10日以内(同条1項)にすべきであり、「やむを得ない事由」があるかは、供述の食い違い等の事件の複雑性および証拠収集の困難性から判断する。
 (2)あてはめ
 上述のとおり、甲には本件業務上横領の嫌疑があるが、甲自身はAから集金した事実自体「覚えていない」と主張し関係者供述と食い違っているから事件は複雑といえる。
 次に、甲はYから借金の返済を迫られており、本件業務上横領事件があった3日後に、Yと待ち合わせる約束があった。この約束の内容が借金の返済に関するものであれば、甲が返済資金を確保するために本件業務上横領事件を起こしたという動機が認められるから、Yの事情聴取は重要な捜査といえる。しかし、Yの出張等の都合で取り調べは平成31年3月16日に予定されたため、当初の10日以内に証拠収集することは困難であったといえる。
 よって「やむ得ない事由」が認められる。
 (3)結論
 したがって、勾留延長は適法である。
 4 結論
 以上により、甲の身柄拘束は適法である。
第2 小問2
 1 異なる理論構成
 捜査機関が被疑事実として明記されていない本件を捜査する目的で、別件を被疑事実として身柄拘束をしている場合、本件については令状主義を潜脱しているといえる。そこで、捜査機関がこのような目的を有している場合、本件について身柄拘束の要件をみたさなければ身柄拘束は違法であると考える(本件基準説)。
 2 検討
 本件強盗致死事件は、逮捕するに足りる証拠が不十分であった。
一方で、身柄拘束の根拠となった本件業務横領事件は、被害額3万円であり、被害者であるAは、被害届の提出を渋っていた。そのため、本来ならば、このような軽微な被害額かつ被害者から自発的に被害届が出されていない事件が立件される可能性は低い。
 次に、Pは、何か別の犯罪の嫌疑がないかと考え、Aを説得することより被害届を提出させるに至っている。実際の取調べも、身柄拘束期間20日の内、半分以上の12日を本件強盗致死事件の取調べに使っている。そうであれば、逮捕時において、本件強盗致死事件の取調べをする目的を有していたといえる。
 また、上述のとおり、本件強盗致死事件を逮捕するに足りる証拠は揃っていない。
 よって、甲の逮捕は違法である。また、逮捕が違法である以上、適法な逮捕を前提とする勾留および勾留延長も違法である(逮捕前置主義)。
 3 当該理論構成を取らない理由
 上述のとおり、令状裁判官は、請求書に記載された被疑事実について身柄拘束の要件をみたすかを判断しており、捜査機関の隠れた目的を知ることはできない。そのため、隠れた本件を基準に身柄拘束の適法性を判断する本件基準説は採用しない。
設問2
第1 訴因変更の可否
 まず、公訴事実1から同2への訴因変更は、312条1項の要件をみたすか。
 1 規範
 同項の趣旨は、1つの刑罰権について別訴提起をする場合は二重起訴禁止(338条3号)によって遮断されることから、その裏返しとして1つの刑罰権に関する事件を1回の手続きで審理させることにある。そうであれば、「公訴事実の同一性」が認められるかは、1つの刑罰権に服する関係にある事実であるがによって判断する。
 2 あてはめ
 公訴事実1は、平成30年11月20日、G市J町1番地において、Aから受け取った3万円を横領した、というものである。一方、公訴事実2は、同日同所において、Aの3万円を詐取した、というものである。両者は、発生日、発生場所、被害品を同一にしている。そして、Aの3万円について、委託を受けて預かったものを横領したのか、詐取したのかは評価を異にするにすぎず、両者が事実として両立することはない。
 そのため、仮に両者を別々に起訴した場合、二重起訴となるから、両者は1つの刑罰権に服する関係にある事実といえる。
 3 結論
 よって、両者には「公訴事実の同一性」が認められる。
第2 訴因変更の許否
 では、公判前整理手続きを経た後でも訴因変更は可能か。
 1 規範
 刑事訴訟法においては、訴因変更の時的限界に関する規定はない。しかし、公判前整理手続きは、事件の争点を明らかにし、充実した公判の審理を継続的、計画的かつ迅速に行うことができるようにするための制度であり、その趣旨を没却するような訴因変更を認めるべきではなく、訴訟の一回的解決の要請との調和を図るべきである。
 そこで、公判前整理手続きを経た後の公判においては、充実した争点整理や審理計画の策定がされた趣旨を没却するような内容・意図による訴因変更請求は許されないと考える。
 2 あてはめ
 本件訴因変更は、公判前整理手続きを経た後の公判において行われている。
 公判前整理手続きにおいては、公訴事実に争いはなく、量刑のみが争点とされ、弁護人からも甲の集金権限に関する主張はなかった。そのため、公判前整理手続きにおいては、甲の集金権限の有無について争点とされておらず、この点について公判で争わないことが明示的・確定的に計画されたものではない。
 一方で、当初の公訴事実においても甲がAから3万円の交付を受けたことに争いはない。次に、公判期日において、Aは、甲による「集金に来ました。合計で3万円です。」という欺罔行為があったことを証言している。また、X社社長は「甲には集金権限がなかった。」と証言し、甲自身も「集金権限はなく、それは分かっていた。」と認める供述をしている。そのため、公訴事実2の訴因については、欺罔行為およびその故意等について立証されているといえ、新たに証拠調べをする必要はないから、充実した争点整理や審理計画の策定がされた趣旨を没却するような内容の訴因変更ではない。
 さらに、検察官が訴因変更請求をしたのは、公判廷においてX社社長が甲に集金権限がないと供述したことが理由である。この事実は、公判前整理手続きについて顕出されていなかったため、検察官は公判前整理手続きにおいて詐欺の訴因に変更することは困難だったといえる。そうであれば、公判前整理手続きの趣旨を没却するような意図もなかったといえる。
 3 結論
 よって、訴因変更は認められる。   以上

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