第1 勾留の形式的要件
 勾留が認められるためには、犯罪の嫌疑が必要である(刑事訴訟法(以下省略)207条1項、60条1項柱書)。
 本件事件は、令和元年6月(以下省略)5日午後2時頃、H市L町内のV方において発生したが、甲は、6日午前2時30分頃、V方から8キロメートル離れた場所にいた。甲が本件事件を発生させて移動したと考えても説明のつく距離および時間であり、場所的時間的近接性が認められる。本件事件の被害物品はV名義のクレジットカードであり、甲はそれを所持していた。クレジットカードは容易に流通するものではないから、甲が直接V名義のクレジットを奪った可能性が高い。そうであれば、甲には窃盗(刑法235条)の嫌疑が認められる。
 また、甲は、6日午前9時10分に通常逮捕され、7日午前8時30分に検察官に送致され(203条1項)、さらに同日午後1時に勾留請求されている(205条1項)から、時間的要件もみたす。
 よって、形式的には勾留はその要件をみたす。
第2 逮捕前置主義
 もっとも、5日午前3時5分頃、甲をパトカーに乗せたことが実質的な逮捕(199条1項)に該当し令状主義違反であることを理由に勾留が違法であると主張できないか。
 1 実質的逮捕該当性
 (1)規範
 逮捕は強制処分であり、強制処分(197条1項但書)とは、憲法35条に定められた令状主義という厳格な手続きに服する処分であるから、個人の意思に反し、個人の重要な権利を制限する処分をいう。
 (2)あてはめ
 甲は「俺は行かないぞ」とパトカーに乗らない意思を明確にしている。甲は、パトカーの屋根をつかんで抵抗したが、Qがパトカー内部から甲の腕を引っ張り、Pが甲の背中を押して甲をパトカーに乗せた。そうであれば、Pらの有形力行使により、甲は、その意思とは無関係に無理やりパトカーに乗せられたといえる。また、パトカー内では甲を挟むようにPらが座った上で出発している。これにより、甲はドアを開けて外に出ることができなくなったといえる。
 したがって、Pらの行為は、甲の意思に反し甲の身体・移動の自由という重要な権利を制限したものといえる。
 (3)結論
 よって、Pらの行為は強制処分である逮捕といえる。そして、Pらは当該逮捕にあたり令状を取得しておらず、当該逮捕は令状主義に反し違法である。
 2 勾留への影響
 (1)規範
 207条は逮捕前置主義を採用しており、その趣旨は、勾留という長期の身柄拘束に先立って短期の身柄拘束である逮捕においても司法審査を要求することにより、二段階の審査をもって身柄拘束に対する司法的抑制をはたらかせることにある。そうであれば、勾留に先立つ逮捕が違法であれば、身柄拘束は前段階の審査で排除されるべきであるから、勾留も違法になるのが原則である。
 もっとも、同時に緊急逮捕(210条)が可能であり、違法な逮捕が行われた時から勾留までが時間的要件をみたす場合は、手続き選択を誤っただけであり違法性は軽微であるといえる。そのため、捜査の実効性からその場合は、勾留は適法であると考える。
 (2)あてはめ
 上述のとおり、甲には窃盗罪の嫌疑があり、同罪の法定刑は長期10年の懲役刑がある(刑法235条)から「長期三年以上の懲役」にあたる罪の嫌疑がある。
 甲が所持していたクレジットカードは、その形状から隠匿・処分が容易であり、証拠を隠滅されるおそれがある。甲は「仕事も家もなく」と発言している上にPらの前から立ち去ろうとしていた。そのため、甲の身柄を確保しないと、甲の行方がわからなくおそれがあった。したがって、身柄拘束について「急速を要し」、裁判官の逮捕状を求めることができなかった。さらに、実質的逮捕が行われたのは6日午前3時5分頃であるが、そのわずか6時間後である同日午前9時に通常逮捕状の発付を受けている。したがって、緊急逮捕は可能な状況であった。
 また、実質的逮捕が行われたのは6日午前3時5分頃であり、7日午前8時30分に検察官に送致され(203条1項)、さらに同日午後1時に勾留請求されている(205条1項)から、時間的要件もみたす。
 (3)結論
 よって、勾留は適法である。   以上

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