第1 立法措置①について
 1 虚偽の事実を流布する自由
 立法措置①は、虚偽事実の流布を禁止し罰則を科すとしている(法案第6、25条)が、虚偽事実の流布は憲法(以下省略)21条1項で保障されるか。
 21条1項は、表現により政治参加をするという自己統治の価値および表現が交流することにより人格を発展させるという自己実現の価値を含むことから保障される。虚偽事実は、政治を混乱させることから自己統治の価値を含まず、また虚偽の表現が交流しても言論の積み重ねでよりよい表現へと変貌するようなものでもなく自己実現の価値も含まないため、21条1項では保障されないとも思える。
 しかし、結果的に事実と異なる表現であったとしても、真実の表現との対比において対抗言論としての価値がないとはいえない。また、何が虚偽であるかは、真実である表現が出現するまでは断定することはできず、未確定の段階で虚偽表現を理由に排除されることになれば、運用者が恣意的に表現を選別するおそれがある。
 そうであれば、虚偽事実の流布も21条1項で保障されると考える。そして、立法措置①は、虚偽事実の流布に対し罰則を加えるものであるから、その自由を侵害する。
 2 不明確ないし過度に広汎性
 立法措置①が罰則の対象にする「虚偽」の流布を禁止することは、不明確ないし広汎性があり違憲ではないか。
 (1)規範
 禁止される行為が不明確であれば、何をもって禁止されるか予測がつかず表現に対する委縮効果が生じる上に運用者が恣意的に禁止措置を取るおそれがあるため違憲となる。また、禁止行為の範囲が過度に広汎である場合、禁止される範囲がどこまで及ぶか予測がつかずやはり表現に委縮効果が生じるため違憲となる。
 判例は、通常の判断能力を有する一般人の理解において、具体的場合に当該行為がその適用を受けるものかどうかの判断を可能ならしめるような基準が読みとれるかどうかによってこれを決定すべきであるとしている。
 (2)検討
 「虚偽」であるかは、「真実」との対比において確定されるものであるが、そもそも「真実」という概念自体が不明確であるといえる。歴史的な「真実」とされている事実さえ、調査によって発見された資料から推測される中で矛盾なく説明できるという意味で「真実」とされているものもあり、その「真実」と矛盾する資料が発見されれば、別の事実が「真実」として扱われることもある。そうであれば、何が「真実」であるか、裏を返せば何が「虚偽」であるかは状況に応じて変化し、かつ評価が入り込む余地のある抽象的な概念といえ明確とはいえない。そうであるにもかかわらず、立法措置①の「虚偽」について、誰が、いつの時点で判断するか等について何らの基準も定めておらず、運用者が自己に都合の悪い表現を恣意的に「虚偽」と断定し禁止するおそれがある。したがって、通常の判断能力を有する一般人の理解において、具体的場合に当該行為がその適用を受けるものかどうかの判断を可能ならしめるような基準が読みとれるとはいえない。
 また、「虚偽」の内容は「公共の利害」に関するものに限定されているとも思えるが、「公共の利害」自体が非常に曖昧かつ広汎な意味を有するため、合憲限定解釈も認められない。
 (3)小活
 よって、立法措置①は「虚偽」の内容が不明確であるため違憲である。
 3 目的手段審査
 上記を理由に違憲といえないと仮定し、侵害が正当化されるか検討する。
 (1)審査基準
 立法措置①は、表現が虚偽であるかという内容に踏み込んだ規制であり、運用者が表現内容の優劣を恣意的に決めるおそれがあり侵害の危険が高い。そうであれば、厳格な基準により判断すべきである。
 (2)検討
   ア 目的(必要不可欠)
 立法措置①の目的は、虚偽表現の流布により社会的混乱を防止することである。
 しかし、「社会的混乱」の内容が不明確である上に、虚偽の事実が流布すれば必ず「社会的混乱」を招くとも限らず、危険が差し迫ったものではない。
 そうであれば、表現の自由を侵害してまで保護すべき必要不可欠性は認められない。
   イ 手段(厳格な合理性)
 また、スーパーに住民が殺到したというケースにおいても、虚偽の情報である旨を何らかの手段で周知させたり、入場規制をしたりすることにより混乱を避けることはいくらでもできる。虚偽表現の流布を規制することに厳格な合理性は認められない。
 (3)小括
 よって、目的・手段共に侵害を正当化することはできない。
 4 結論
 以上により、立法措置①は違憲である。
第2 立法措置②について
 1 SNS事業者について
 (1)SNSを運営する自由
 インターネット上での表現は、費用・手間等の過度の負担なく多数人に対し表現を発信することができ、現代の表現に必要不可欠な手段となっている。また、SNSは不特定多数の閲覧者間でインターネット上の表現の交流を可能にする場であり、同様に表現に不可欠の手段であるといえる。
 そうであれば、その場を提供するSNSは、直接の発信者と共に表現を不特定多数に届ける役割を担っていえるといえるため、SNSを運営する自由は表現の自由(21条1項)に含まれるといえる。
 そして、立法措置②は、SNS事業者に対し、特定虚偽表現の削除義務を課す(法案第9条1項)ことで自由な運営を妨げるものであるから、SNSを運営する自由を侵害する。
 (2)審査基準
 立法措置②は、①と異なり、「虚偽表現であることが明白」、「選挙の公正が著しく害されるおそれがあることが明白」と限定している(法案第9条1項)ため、文面上は違憲とはいえない。
 しかし、特定虚偽表現という内容に着目した規制であり、やはり運用者により表現の優劣が恣意的に決められる危険性を有していることからすれば、厳格な基準により審査すべきである。
 (3)検討
   ア 目的(必要不可欠)
 立法措置②の目的は、選挙の公正を保つことである。
 しかし、「選挙の公正」の内容が不明確な上、虚偽の発信により選挙の公正が害されるという現実的な危険は差し迫っていない。なお、乙県知事の例においても、選挙は様々な要因で結果が決まるものであり、虚偽のニュースが原因で落選したとは断定できない。
 また、選挙は言論活動そのものであり、虚偽のニュースがSNSで投稿されても、それに対し対抗言論を行えば済むことである。
 そうであれば、選挙の公正を保つことは必要不可欠な目的とはいえない。
   イ 手段(厳格な合理性)
 また、仮に公正が害されたとしても、その段階で虚偽だと断定された投稿の削除を検討すれば足りる。上述のとおり、選挙では対抗言論により名誉を回復することが可能であり、プライバシー侵害のように一度広まってしまえば事後的な回復が困難なものとは異なる。
 さらに、SNS事業者は、削除命令に従わない場合には処罰される(法案第26条)が、弁明手続きがない(法案第20条)ことから予防的に処罰を避けようと過剰に削除しようと委縮してしまう効果がある上に、削除によって損害が生じたとしても一定の場合を除いて免責される(法案第13条)ことが逆にSNS事業者に対して削除を行うインセンティブを与える効果を生じさせ、同様に過剰な削除行為を誘発させることとなる。
 そうであれば、立法措置②による規制は必要最小限度とはいえないため、厳格な合理性は認められない。
 (4)結論
 よって、立法措置②は違憲である。
 2 SNS投稿者について
 (1)表現の自由の侵害
 SNS投稿者は、上述のとおり、インターネットを通じて効果的に表現を発信できることができ、また、インターネットは生活する上で必須のインフラとなっていることからすれば、インターネット上での表現が保障される。また、上述のとおり、SNSはインターネット上での表現をさらに効果的にするものであることからすれば、SNS投稿者がSNS上で表現する自由は表現の自由として保障される。
 SNS投稿の削除は、直接的にはSNS事業者によって行われるものである。しかし、上述のとおり、SNS事業者は、立法措置②により削除違反により罰則を科されるおそれがあり、またその他の仕組みから削除を強制される立場にある。
 そうであれば、SNS投稿者は、SNS事業者を通じ、間接的にSNS上で表現する自由を侵害されているといえる。
 (2)審査基準
 SNS投稿者に対しても、特定虚偽表現という内容に着目して規制されるものであるから、やはり厳格な基準により審査されるべきである。
   ア 目的(必要不可欠)
 上述のとおり、選挙の公正という目的は必要不可欠とはいえない。
   イ 手段(厳格な合理性)
 上述のとおり、選挙の公正はSNS投稿の規制以外の手段でも達成可能である。
 (4)
 よって、立法措置②は違憲である。  以上

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