第1 〔設問1〕
 Hは、Pの得票数を集計した時点で、Q及びRの得票数については議場で集計しないで、B、C、D、Pの4名だけが取締役に選任された旨を宣言した。Q及びRの集計をしないことは不当ではないか。
 1 役員は、株主総会の決議により選任される(会社法(以下省略)329条)。この総会決議においては、「役員選任の件」が議題であり、個々の取締役の選任案は、全て独立した議案である。そうであれば、原則として、全ての取締役について集計を行う必要がある。
 もっとも、残りの集計を行ったとしても決議に影響を与えない場合、集計する利益がないため、不当とはいえない。
 2 22年総会は、取締役を4名選任することが議題であった。たしかにPの得票数を集計した時点で、出席株主の議決権の過半数の賛成を得た候補者が4名に達しており、総会の目的は達成しているとも思える。
 しかし、乙社から、P、Q、Rの3名を候補者として追加する旨の議案が提出されている。そして、実際の得票数を見ると、集計されなかったQは41万個の議決権を得票しており、取締役に選任されたBより得票数を上回っている。このような場合、再議決するのか、得票数が多い者から順に4名が選任されるかは定かではないが、少なくとも、B、C、D、Pが選任されたとした決議に対し、何らかの影響を与えるといえる。したがって、少なくともQについては集計する利益があったといえる。
 3 よって、Q及びRの集計をしないことは、不当である。
第2 〔設問2〕
 1 小問(1)
  (1) Fの手段
 Fは、甲社の監査役であるため、385条1項に基づいて、取締役であるHに対し、本件貸付けの差止請求を行うという方法が考えられる。その要件は、取締役が①目的の範囲外等の行為をすること、②会社に著しい損害が生ずるおそれがあることである。
   ア ①目的の範囲外等
 Hは、乙社に貸付けを行おうとしている。しかし乙社は、実際の事業活動は、ほとんど行っていない。そうであれば、乙社に貸付けをおこなったとしても、なんら甲社に利益を生じさせないから、当該貸付は、主に情報サービス事業を営む株式会社である甲社にとって目的の範囲外の行為であるといえる。
   イ ②会社に著しい損害が生ずるおそれ
 本件貸付けは、15億円という甲社の資本金30億円の半分に値し、高額である。また、上述の通り、乙社はほとんど実際の事業活動を行っていないから、返済不能になる恐れがある。
 そうであれば、甲社にとって著しい損害が生ずるおそれがあるといえる。
   ウ 結論
 以上により、Fの差止請求は認められる。
  (2) Aの手段
 Aは、甲社の株主として、360条1項に基づいて、Hによる貸付けの差止めを請求したい。Aは6か月前から引き続き株式を所有しており、Hの行為が甲社の目的の範囲外であることは上述の通りである。
 ここで、甲社は監査役設置会社であるから、Fの差止要件の「著しい損害」は「回復することができない損害」(同条3項)である必要がある。
   ア 監査役設置会社で株主の差止要件が加重されるのは、著しい損害の範囲についての差止めについては専門的知識を有する監査役の裁量に委ねることにある。そうであれば、「回復することができない損害」とは、監査役の裁量に委ねることができないほどの重大な損害であると考える。
   イ 上述の通り、本件貸付けによって高額の貸付金が返済不能になるおそれがある。甲社の業績及び株価は、共に下落の一途をたどっている。このような状況で重大な損害を被れば、甲社が倒産するおそれがある。そうすると、Aの株価は価値を失う。これは、監査役の裁量に委ねることができないほどの重大な損害であるといえる。したがって、「回復することができない損害」があるといえる。
   ウ よって、A差止請求は認められる。
 2 小問(2)
  (1) Fの手段
 Fは、監査役として、甲社を代表(386条1項)し、Hらに任務懈怠責任(423条1項)を追及することが考えられる。
 Hらは「役員等」であり、貸付けに「よって」返済ができなくなったという「損害」が生じたといえる。「任務を怠ったとき」(任務懈怠)とは、善管注意義務違反(330条、民法644条)をいうが、本件貸付けが利益相反取引(356条1項2号)にあたり、423条3項により、Hらの任務懈怠が推認されると主張する。
   ア 乙社は、Pの一人会社である。そうであれば、乙社はPと同視できる。本件貸付けは、甲社の「取締役」であるPが、Pの利益のために(「自己・・・のために」)、甲社(「株式会社」)と「取引」したといえる。したがって、利益相反取引である。
    (ア) Hについて
 Hは、甲社の代表取締役であり、本件貸付け(「取引」)を「決定した取締役」(423条3項2号)である。
 したがって、任務懈怠が推定される。
    (イ) Dについて
 Dは、本件貸付けに「賛成した取締役」(同項3号)である。
 したがって、任務懈怠が推定される。
    (ウ) Pについて
 上述の通り、Pは「356条第1項の取締役」(423条3項1号)である。
 したがって、任務懈怠が推定される。
   イ 以上により、Fは、Hらに責任追及することができる。
  (2) Aについて
   ア Aは株主代表訴訟(847条1項)により、Fと同様にHらに任務懈怠責任を追及できる。
   イ では、429条1項に基づいて、Hらに第三者責任を問えないか。株主であるAが「第三者」に該当するか問題になる。
    (ア) 上述の通り、会社に損害を生じさせた場合、423条1項により任務懈怠責任が問えるから、間接損害を負ったにとどまる株主は「第三者」に含まれないと考える。
    (イ) Aは、本件貸付けの返済がなされなかったことにより、甲社に損害が生じ、それによって株価が下落したという間接損を負ったにとどまる株主にすぎない。
    (ウ) したがって、「第三者」に該当しないため、429条1項に基づく責任追及はできない。
第3 〔設問3〕
 1 Pが甲社の株主である乙社を代表して、E、Q、Rを候補者とする監査役選任議案を要領の招集通知に記載することを請求したことについて
 Pは、甲社の取締役であるから、監査役の選任に関する議案を株主総会に提出するには、監査役の同意を得なければならない(343条1項)。それにもかかわらず、乙社の地位を利用して、監査役選任に関する議案を提出することは、「決議の方法が法令・・・に違反」(831条1項1号)したといえないか。
  (1) 取締役が監査役選任議案を提出するのに監査役の同意が要求されるのは、監査される立場にある取締役が、自己に都合のいい監査役を選任することを防ぐことにある。そうであれば、他の地位を利用して、監査役選任議案を提出することは、343条1項の趣旨に反し許されないと考える。
  (2) 上述の通り、乙社はPの一人会社であり、乙社の請求はPの請求と同視できる。そうであれば、Pは他の地位を利用として、監査役選任に関する議案を提出したといえる。
  (3) したがって、343条1項に反するため、決議方法の法令違反による取消事由に該当する。
 2 Hが、Fの発言を制止したこと
  (1) Hは、議長であり、株主総会の秩序を維持し、議事を整理する権限を有する(316条1項)。しかし、権限の濫用に当たれば、「決議の方法が・・・著しく不公正」(831条1項1号)であるといえる。
  (2) Hは、提案が可決されなかったものの、23年総会に提出する監査役選任議案の候補者は、E、Q、Rの3名としたい旨を伝えている。これは、議案②と同内容であり、Fの議案①と対立している。このような状況下で、HがFの意見を制止することは、自らの意見の議決を得ようと対立意見を妨害していると評価できる。このような目的での議長権限の行使は濫用であるといえる。
  (3) したがって、著しく不公正な決議方法として取消事由になる。
 3 なお、意見の制止はFに対してなされたものであり、Aに対してなされたものではないが、決議取消しの訴えは、公正な総会決議を担保するものであるから、第三者に対する取消事由をAが主張することも可能である。  以上

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