0825:インテル、TSMCが新工場 アリゾナが「半導体・EVの街」に(日経ビジネスより)
米国の産業地図が大きく塗り替えられようとしている。シリコンバレーから企業や人材、マネーが抜け出し、テキサスやアリゾナなどの内陸部で化学反応を起こしつつある。その結果生まれるのが、EVやエネルギー、バイオなどの新たな集積地だ。一方のシリコンバレーも、幅広い地域や業種での構造変化を加速させる役割を強めている。米国各地、さらには中国やアジアの現場から、企業の新たな生態系を探る。 (写真:Steve Proehl / Getty Images)
米国の地方都市で熱を帯びるイノベーションの生態系。世界の自動車生産がいまだに深刻な半導体不足から抜け出せていない状況のなか、あらゆるメーカーが固唾をのんでその進捗を見守っているのがアリゾナ州だ。
アリゾナでは今、「空前の半導体投資ブーム」が起きている。
2021年3月、インテルが200億ドル(約2兆2000億円)を投資し、フェニックス近郊のアリゾナ州チャンドラーにある既存の2拠点に工場を追加して生産能力を増強すると発表した。稼働を始めるのは24年の予定だ。半導体受託生産で世界最大手の台湾積体電路製造(TSMC)も6月、120億ドルを投じる新工場建設に着手した。
半導体のサプライチェーンを米国内に構築することは、バイデン政権の対中国戦略の要の1つ。フェニックス一帯が、ハイテク分野の新たな経済圏を担うことは確実だ。半導体だけではない。この地で集積が進むのが、電気自動車(EV)の生産拠点だ。
「次のテスラ」の有力候補、新興EVメーカーの米ルーシッド・モーターズはフェニックス近郊のカサグランデに工場を建設し、21年春から試作品の生産を始めた。3輪EVを開発したカナダのエレクトラメカニカ・ビークルズも5月、フェニックスの国際空港の近くで新工場建設に着工している。
このほか、自動車のアルミ部品や車載バッテリーなど、関連企業の進出も目白押し。このまま発展を遂げればフェニックスが、米自動車大手が集積する中西部の牙城を崩すかもしれない。
そんなフェニックスの息づかいを感じるため、ルーシッドが稼働させたばかりの工場と、インテルとTSMCが工場建設を予定する場所を自動車で回ってみた。
現地でまず気づいたのが、サボテンや低い草木しか生えない乾燥地帯のど真ん中に工場がある点だ。工場では大量の水を消費するため「本当にこんなところに工場があるの?」と半信半疑になった。
ルーシッドの工場があるカサグランデは特に、フェニックス中心部から自動車で1時間弱と離れている。それでもいったん街の中に入ると、「ミドル・オブ・ノーウエア(人里離れたさみしい場所)」という雰囲気はない。
湖のほとりには美しい住宅街が広がり、食品スーパーやおしゃれなカフェもあり暮らしやすそうだった。ルーシッドの製造担当シニアディレクターを務めるマイク・ボイケ氏も「中西部から引っ越したが、家族もこの場所が気に入っている」と満足げだった。
ルーシッドよりもフェニックス中心部に近いチャンドラーの既存工場を拡張するインテルの敷地周辺に至っては、ロサンゼルスのビバリーヒルズと見間違えるほどの近代都市がすでに出来上がっていた。多くの移住希望者を受け住宅価格が高騰しているテキサス州オースティンと同様に、高級住宅はまだ建設ラッシュの様相だ。「こうしてフェニックス近郊にはボコボコと街が生まれていくのだな」とその成長ぶりを肌で感じた。
もちろん半導体やEVの工場建設ラッシュが起こっているのは、こうした環境だけが原因ではない。アリゾナが先端工場の誘致に成功したポイントの一つに優遇税制がある。
州経済開発部門、アリゾナ・コマース・オーソリティーのサンドラ・ワトソン社長兼CEO(最高経営責任者)によると、アリゾナ州には「100%セールス・ファクター」と呼ばれる制度がある。
これは、先端製造技術を持つ企業が同州に工場を建設し、そこで生産した製品のほぼすべてを州外で販売するなら、通常は4.9%の法人税を最少50ドルまで下げられるという優遇策だ。
ちなみに米国にはテキサス州など法人税が0%の州がいくつかあるため、アリゾナ州の魅力はこの税優遇だけでもなさそうだ。
州が進出企業と地元大学との連携を促し、進出企業のニーズに合わせた人材育成プログラムを学生向けに提供する仕組みもある。TSMCアリゾナのリック・カシディーCEO兼社長は、「アリゾナ州立大学には全米最大規模の技術者教育プログラムがある。全米から人材は採用するが地元の人材が豊富な点は魅力だ」と話す。
半導体工場にとって乾燥地帯のアリゾナで進出時の懸念材料になるのが水だが、この点も州は対策を打っている。最大の水源である地下水、2番目のコロラド川の水位を常に把握し需給バランスを管理しているほか、緊急時対応計画も策定。長期的なダムや貯水池の建設への投資も継続している。前出のワトソン氏は「知事を初めとする何代にもまたがる長期的なリーダーシップのおかげで、アリゾナ州の人口は1957年に比べて6倍に増えているにもかかわらず、水の消費量は当時よりも減っている」と胸を張る。
EVメーカーなどがアリゾナ州に工場を建設するメリットはなんと言っても「半導体工場の近さ」だろう。工場の集積は、進めば進むほどその磁力は増す。このプラスの連鎖を導き出したことこそ最大の勝因だろう。
テキサスにコロラド、そしてアリゾナ。各地の政府や大学、そしてスタートアップなどは、知恵を絞りながら個性を磨き、人・物・カネを取り込もうとしている。そのことにより、世界最大の経済大国であるアメリカが、さながら発展途上国のような成長余力を手にしようとしている。
見方を変えれば、こうした現象はシリコンバレーから人や企業、マネーが「脱出」しているから起きているようでもある。ハイテク産業の世界の中心、シリコンバレーはこのまま沈んでしまうのか。次回はシリコンバレーで「アメリカン・ドリーム」を実現したある北欧企業を紹介する。
https://business.nikkei.com/atcl/gen/19/00339/082300007/