「三日月よ、怪物と踊れ」副読メモ
黒博物館シリーズについて
「三日月よ、怪物と踊れ」は、藤田和日郎による、ヴィクトリア朝のロンドン警視庁にある犯罪資料館に眠る奇妙な証拠品を題材にした傑作怪奇譚『黒博物館』シリーズの第三段だ。
第一弾「スプリンガルド」では1830年代に世を騒がせた都市伝説・バネ足ジャックの真実を、第二段「ゴースト・アンド・レディ」では白衣の天使ことフローレンス・ナイチンゲールを巡る伝奇的半生を描いた。
そして、第三弾である本作では、『フランケンシュタイン あるいは現代のプロメテウス』の作者、メアリー・シェリーを主人公にして、彼女の眼前に現実のものとして現れた「死体を繋ぎ合わせた怪物」との奇妙な関係が描かれることになる。
ピグマリオンという源流
本作の内容を簡潔に表現したフレーズに「『フランケンシュタイン』で『マイ・フェア・レディ』する」というのがある。「死者の肉体を繋ぎ合わせた人造の怪物が、教師役とマンツーマンの指導を受けて淑女になる」のだから、確かにその通りだ。
だが、そもそも『フランケンシュタイン』と『マイ・フェア・レディ』は、同じ物語を源流に持つ作品だ。その源流こそがギリシャ神話『変身物語』のひとつ「ピグマリオン」だ。
現実の女性に失望したキプロスの王・ピグマリオンが、理想の女性像としてガラテアという女の像を彫刻し、自身の彫刻したガラテアに恋するようになる。美と愛の女神アフロディテは、その想いに応えてガラテアに生命を与え、ピグマリオンはガラテアを妻に迎えた。という筋書きだ。
「命無き人形(ヒトガタ)に生命が吹き込まれる」という点において、これは間違いなく『フランケンシュタイン』の源流だ。
ギリシャ神話において「愛と美が起こした奇跡」としてポジティブに描かれたそれは、キリスト教社会においては「神の御業を真似ようとする不遜で邪悪な行い」という禁忌として描かれている。
この善悪の違いを神と人の違いと理解することもできる。だが、あるいは女神が命を与えることは善にして美であり、男たちが命を生み出そうとすることは不遜にして邪悪、という風に読むこともできる。
また一方で、「男がArt(芸術/教養)でもって、女性を淑女に仕立て上げる」という点において、これは確かに『マイ・フェア・レディ』の源流だ。
『マイ・フェア・レディ』はバーナード・ショーの戯曲『ピグマリオン』を原作としており、この原作はまさしくピグマリオンの伝説を題材に、(階級社会への皮肉と)女性の自立について書いたものだった。
このプロットは数多くの翻案が作られたが、この翻案の歴史は「教育の力で自立した女性を尊ぶフェミニズム」と「主役の二人が実につまらない理由で破局する顛末への反抗」の歴史だ。
フェミニズムとメアリー・シェリー
先述で、本作のプロットの源流である『フランケンシュタイン』に女性賛歌的な原本への反動を見出せることと、『マイ・フェア・レディ』にはフェミニズム的問題意識があることを説明をした。
実際、第三話では屋敷の使用人たちが男と女の間で対立(というか男が一方的に女相手に傲慢な態度で接し、女が辟易している)する様が描かれている。『黒博物館』の別シリーズにここまで明確な差別描写は無かったわけで、これが本作のテーマとしてあるのは明白だ。
で、メアリー・シェリーは、フェミニズムと深いかかわりがある人物だ。
彼女の母はフェミニズムの先駆者として知られるメアリー・ウルストンクラフト。第一話でキュレーター相手に叱責するのも、第二話で父から渡されていた『女性の権利の擁護』も、メアリー自身がフェミニズムに基づいた教育を受けてきたことをあらわしている。
一方で、メアリーに対するダンヴァース大尉やコンラッド博士が『フランケンシュタイン』を馬鹿げていると評したり、科学知識に乏しいと貶めるのも(SFの先駆であったがゆえに理解されないというだけでなく)女は馬鹿げた空想ばかりしている、というような差別のニュアンスがあるという読み方もできる。
そして、戦う女たち
まとめ。
本作は『フランケンシュタイン』の作者、メアリー・シェリーが、現実に存在しちゃった〈怪物〉相手に、舞踏会で女王陛下を護衛できるように『マイ・フェア・レディ』する話だ。
『フランケンシュタイン』も『マイ・フェア・レディ』の源流は『ピグマリオン』にあって、牧歌的な源流に対して「現代的」な意識が持ち込まれた結果、フェミニズム的観点が持ち込まれた。
そもそもメアリー・シェリーはフェミニズムの先駆者を母に持つ人物であり、過去の『黒博物館』と比べても女性蔑視の描写が多いので、この辺がテーマになるだろう。
(余談)源流にあるのがピグマリオン=アフロディテ=エーロス(生)なのに、死者の蘇生、「死」で生きているメアリー、女殺し屋「7人の姉妹」とタナトス(死)の要素が強い。単純にメアリー・シェリーをテーマに活劇アリの展開にした結果、かもしれないけど。「生と死」はコジツケ分析において万能すぎるし。
全体的にまとまりのない文章になったし、もっと頭のいい人がこの辺の豆知識をうまいことまとめてほしい、正直。