【没】世界は陰謀に満ちている 第1話・レプリティアンとお嬢様

 以下は掲題の小説の第一話として書いたものだ。その後も、色んな陰謀論を信じ込んでるお嬢様のボケ倒しトークをする話を書く予定だったのだが、第二話の「地震兵器とお嬢様」がどう書いても不謹慎な方向から抜け出せない(真澄に不謹慎であることをツッコませてなお、個人的な線引きを超えてしまう)ために没ることにした。その供養である。


 その日、わたし――水道橋真澄が図書室にいたのは、まったく必然的な理由だった。
 わたしは図書委員で、その日は図書当番の日で、わたしはクラスメイトとの付き合いを引け目なく合法的に断っても角の立たない図書当番の日が好きだった。
 だから、その日、わたしが図書室にいたのは、まったく当然のことだった。

「ねえ、図書委員さん。少しお聞きしていいかしら?」

 この学校の図書室は昇降口とは反対側にある、俗に「旧校舎」と言われる空き教室しかない西棟の一階にあって、人が来ることは滅多にない。
 思いがけない呼びかけに、わたしは手元の本に栞を挟んで、顔を上げた。
 そこにいたのは、まごうことなき美少女だった。

「はぃ、なンでしょうか?」
「うふふ、緊張して。あなた、素敵な人ね」

 思いがけない来訪者に、声が裏返る。
 眼前の美少女は、そんなわたしの様子に、上品な笑みを浮かべる。

「あら。こんな場所で、あなたのような人に会えるとは思わなかったわ」
「ひぇ、そんな、光栄です?」

 素っ頓狂な受け答えをしてしまう。
 人となりも知らないのに、認められることが嬉しいと思ってしまうような、そんな人間がいるなんて知らなかった。
 カリスマというのは、きっとこういうことを言うのだろうか。

 そんなわたしの様子に嫌味の無い笑みを浮かべる少女。
 そして、彼女は言葉を続けた。

「――この学校で、レプリティアンでない人に会えるなんて」
「……はい?」

 沈黙。
 どうにか問い返しの言葉をひねり出す。

「ご存知ない? レプリティアン。人間に成りすましてマインドコントロールによって人々を支配している、恐ろしい宇宙人よ。人類の三分の一は、もうレプリティアンにすり替わってしまっているのよ」
「ああ、いや……はい。そういうお話しは、あります、ね」
「よかった。ご存じなのね。やっぱり図書委員などされる方は聡明なのね。お父さまもお母さまも、どんなに説明しても全然真面目に聞いてくださらないのよ。もしかして、もうレプリティアンにすり替わってしまったのかしら。だとしたら、私はもう天涯孤独……悲しい話よね」
「そう、ですね……色んな意味で」

 レプリティアン。
 それは、「悪い宇宙人が人間に成りすましていて、催眠術で無知な人々を操っている」という、20世紀から存在する古い陰謀論のひとつだ。
 宇宙人の種類には色々とバリエーションがあるが、現代で一番メジャーなバリエーションのひとつが、宇宙から来たヒト型爬虫類――レプリティアンだ。そのイメージの源流は、ロバート・E・ハワードの怪奇冒険小説に登場する、古代アトランティスに巣食っていた人々に擬態して潜む邪悪なヘビ人間に遡るのだという。

「ふふ、喋り過ぎてしまいましたわね。新世界秩序の実験のための箱庭として作られたこの学校で、まさかあなたのような魂を同じくする光の戦士に出会えるだなんて、思いもしなかったものだから。はしたないところをお見せしてしまいましたわね」

 と、口元を抑えて恥じらいの表情を見せる。
 彼女は完全に陰謀論に脳味噌やられちゃってる人だった。
 だのに、その振る舞いは慎ましく、驚くほど美しく、言葉は小鳥の囀りのようだった。

(こんな子が、陰謀論なんかにハマることがあるんだろうか……)

 陰謀論というのは、大体「どうしようもなく弱い人」が縋るものだ。
 「自分が今の状況にあるのは世界そのものが悪いからだ」という責任転嫁と、「賢い自分はそれに気付いているのだ」という偽りの万能感。そして「それは邪悪な陰謀によってもたらされている状況であり、その陰謀を挫けば状況が逆転するのだ」というニセモノの希望。
 目の前の少女に、そういうものが必要なようには見えなかった。

(それは、彼女のような人のためのものじゃなくて、もっと……)

「あの。図書委員さん? 大丈夫かしら?」
「あ。はい……それで、図書室には、どのような御用で?」

 呼びかけられて、わたしは気を取り直して図書委員の勤めに戻る。

「まずはこちらをお返しに来ましたの。手続していただけるかしら?」
「ああ、返却ですね。ありがとうございます」

 少女は学生鞄から文庫本を三冊取り出し、カウンターの上に置いた。
 ロバート・E・ハワードの『英雄コナン』シリーズ。血沸き肉躍る古典的冒険小説は、いかにもご令嬢然とした彼女の見た目からは意外なようにも見えたが、鋼の大剣を振り回すマッチョの大暴れに憧れる深層の令嬢というのは、それはそれで納得ができるものだった――少なくとも、学校中がレプリティアンに支配されていると妄想するお嬢様よりは。

(って、そうやって事実より「納得できる真実」を求めちゃうのも、典型的な陰謀論っぽい考え方だよなあ……)

 かぶりを振って内省し、本を開いて貸出カードを確認する。
 カードの最後尾には少女の名前――「神宮つばめ」と流麗な筆記で書かれていた。

「それと、もしこちらにあるなら、お借りしたい本があるのですけれど……」
「はい、探してみますね。どんな本でしょう?」
「ハワードの『失われた者たちの谷』をお借りしたいのですわ」
「分かってやってます!?」

 図書委員にあるまじき失態。
 思わず大声で突っ込んでしまった。
 その本こそ、まさしく件のヘビ人間が出てくる怪奇冒険小説だった。

 これが、陰謀論大好きお嬢様・神宮つばめと出会った最初の日の出来事だった。

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