掌編:ひたすら灰を集める仕事(どこにでもいる平凡な錬金術師の、退屈で辟易するような日常の話)
錬金術工房の朝は早い。
クラマは、窓から差し込む朝日を見上げながら、ひたすら暖炉で灰を掻き混ぜている。
まだうす寒い外の空気とは対照的に、工房の暖炉の前に陣取るクラマの額にはうっすらと汗が浮かぶ。灰色の瞳に、暖炉の火がちろちろと瞬いている。
(こういう作業は心を無にするのがコツだ……)
ひたすら淡々と火掻き棒で暖炉の炭を掻きまわして、細かな灰を積み上げていく。
灰。
一般的なご家庭からも日々排出される廃棄物のひとつだが、錬金術においては重要な触媒のひとつである。
焚べる樹木の種類や、燃やす時の星辰、あるいは着火する方法によって、灰の錬金術的性質は大きく変わる。日用品の調合・製作に使うなら竃の下の灰でも構わないが、価値ある〈黄金〉を作ろうというのなら、灰の一つまみにも品質が必要になる。
こうした単純作業は弟子に任せるのが錬金術師の常識だが、いない相手に仕事は頼めない。
〈工房持ち〉のクラマが弟子を取ることに妨げはないが、無理に弟子を取ったところで何かを教えられるほどの腕前や知識もない。前途ある若者を弟子という名目で小間使いのようにこき使うのも気が引ける。
巷にはそういう工房もあるらしいが、クラマは幸運にも師に恵まれた。
(錬金術師としては師の足元にも及ばないが、せめてそういうところは真似ていきたい)
と思うのだった。
(しかし、師匠の元でやってきたことを振り返れば、得意なのはこういう単純作業ばかりだった気がする。いっそ、錬金術師の助手としての道を究めるほうが、自分にはよっぽど向いてるんじゃないだろうか)
もちろん、そんな道はない。
門外不出の知恵を授けてまで錬金術師が弟子を取るのは、錬金術という偉大なる御業を受け継いでいくためであって――
(――オレもいずれは誰かに教わったことを伝えていかなければならないのだ)
悶々としながら、作業は止まることがない。
手を止めずに思索を続ける「技術」は、錬金術師としての精神修養の過程で身につけたものだ。錬金術とはあらゆるものを〈黄金〉に――つまり、価値あるものへと作り変える学問だ。
鉄クズを黄金に、石コロを宝石に――そして人を神に。
これは心から悩み事から切り離し、精神を〈黄金〉に近付ける技術だ。
(といっても、悩み事で日々の仕事が滞らない、ぐらいしか役に立ったことはないのだが)
偉大な技術の無駄遣いと言わざるを得ない。
クラマは錬金術師の端くれとして、自身の学ぶ学問を重んじてきたつもりだ。
その技術の偉大さと、我が身の不甲斐なさを思うと、恥じる気持ちもある。
太陽は天頂に昇り、暖炉には灰が積もっていた。
これを師匠に買い取ってもらえば、一週間分の貯えにはなるだろう。
その間に、どうにかして研究を進められるだろうか?
これはどこにでもいる平凡な錬金術師の、退屈で辟易するような日常の話だ。
What's This?
小説書こうとして、書き出しとして書いたもの。
書いていくうちに、主人公のキャラがズレてきて「直そうとすると生産性のない作業に時間を割くことになるしなあ」とやる気が削げたので投げる。多分、再起するときはキャラが変わってると思う。